288話 貴族というもの -1-
「ウィシャートが三等級貴族と繋がっている……と?」
エステラが険しい表情で尋ねる。
その緊張を解きほぐすように、ルシアは軽く笑ってみせる。
「――という、噂だ」
「噂、ですか」
「うむ。しかし、火のないところに煙は立たぬ。何かしら繋がりはあるのであろうな」
ここで言う繋がりは、エステラとルシアのように『仲がいい』という意味合いのものではない。
後ろ盾。
つまり、「ウィシャートに手を出せば俺が黙ってないぞ」って怖いオジサンが後ろについているわけだ。
「三等級ってことは――」
この街の貴族には等級というものが割り振られている。
中央区と呼ばれる一区に正王家が住んでいて、その周りを囲む二区から四区が一等級。
それ以降、外に向かって二等級、三等級と数字が増える。
『BU』が四等級、エステラやルシアのような外周区の領主は五等級貴族になる。
「『BU』よりも位の高い連中ってわけか」
それはつまり。
「俺と対等ってわけだな」
「ちょっと待って、ヤシロ。君はいつの間に『BU』の上に立ったんだい?」
ん? いつの間にも何も、身分なんて生まれ持ったものだろう?
四等級貴族って、ドニスやゲラーシーやトレーシーだろ?
俺の方が上じゃん。
「どうせ『等級』なんて、上が勝手につけただけのものだろ? 魂の尊さで言えば、俺は間違いなく『BU』の連中より上だぞ」
「ならボクは随分と身分が高くなっちゃうね。君よりも高潔な生まれだから」
「甘い! いや、薄い!」
「なんの話だい!?」
エステラで『薄い』と言えば一ヶ所しかないだろう。
魂の入れ物の話だよ。
それはさておき。
「三等級貴族がナンボのもんなんだって思ってな」
『BU』連中は外周区の貴族よりも位が高いということになっているが、ドニスはともかくゲラーシーやトレーシー、その他のイマイチぱっとしない領主連中を見ても、大した力も知恵も度胸も決断力もない。
出来ることと言えば、せいぜい「俺は位が高いんだぞ~」って言い張るくらいだ。
「四等級貴族は群れを作って必死に自分らの身を守っているようなヘッポコばっかだったじゃねぇか」
「ヘッポコって……。その共同体に、これまでどれだけ泣かされてきたと思ってるんだい。……正直、今のように気軽に交流できるようになるなんて、一昔前までは想像だに出来なかったよ」
なんだ、エステラ。
お前は『BU』ごときにビビってたのか?
『BU』だぞ?
代表が「わ~い、わたがし、んまーい!」って大はしゃぎしている、あの『BU』だぞ?
「貴様でなければ、連中の懐を開かせることなど出来んかったさ」
ルシアが、決して俺を褒めているわけではなさそうな顔で言う。
「弱い者ほど頑なになるものだ。それを貴様はいとも容易く……ふふ」
決して容易くはなかったけどな。
面倒な連中を黙らせるのに、方々走り回らされたもんだ。
「胸元への執着がそうさせているのではないか?」
「まぁ、確かに、胸の内をさらすより、胸の外側をさらしてくれる方が嬉しいけどな」
「強引な手法もほどほどにせんと、刺されるぞ?」
嬉しそうに口元に笑みを浮かべてルシアが言う。
ふん。領主なんてオッサンの方が多いんだろ?
オッサンの胸元なんぞ見たくもない。
「だがな、カタクチイワシ。そういう戯れが通用するのは『BU』までだ。……いや、貴様なら三等級貴族ですら手玉に取るかもしれんと思えてしまうのが恐ろしいところではあるが……」
ルシアの言葉に、エステラが苦笑を漏らす。
「あらかじめ言っておいてやるから、その悪そうな頭にしっかりと刻み込んでおくのだ」
「ウーマロ、ちょっと頭貸してくれ」
「貴様の頭だ! この中で一番悪そうなその頭に刻み込めと言っているのだ!」
超天才ヤシロ君の頭は悪くないもんでな、ついうっかり近くにあった悪そうな頭に刻み込みそうになったぜ、ふん。
「三等級から上には手を出すな」
真剣な瞳が俺を射抜く。
マジなトーンだ。
あのルシアがそこまで警戒するのか。『BU』相手の時は「上等だ、目にもの見せてくれる」くらいの勢いだった、あのルシアが。
「貴様はこの街の成り立ちを完全には理解しておらぬだろうからな、いまいちピンと来ておらぬかもしれんが――三等級以上の貴族は特別だ」
ルシアの瞳が、一切笑っていない。
こんな真面目な顔を見るのは久しぶりだ。
三十五区の亜人差別に触れようとした俺を牽制していた時のあの瞳に近しい。
下手に手を出すなら貴様を排除するぞと、そんな脅しをかけられているような気になる。実際、脅してるんだろうが。
「そんなにか」
「そんなにだ」
ふふっと軽く笑って、ルシアが試すような視線を向けてくる。
「外周区や『BU』辺りまでなら、領主の挿げ替えも簡単だ。替えはいくらでもいる」
問題が起これば切り捨てられる。
その程度のものだと、ルシアは言う。
「だが三等級貴族以上は、そういうわけにはいかぬ者たちなのだ」
「替えが利かない貴族なのか?」
「そういうことだ」
ルシアの自虐的な言葉を拾って投げ返せば、苦笑い一つすることなく打ち返された。
こいつがたまに見せる「それはそういうものだから仕方がない」というような、達観とも諦めとも取れる表情だ。
「一等級貴族が王族であらせられることは、貴様も知っているな?」
「お、おう……」
どうにも、ルシアの敬語を聞くと一瞬脳がパニクる。
こんな傲岸不遜な女が「あらせられる」とか、似合いもしない言葉を当たり前のように使うってのが、どうにもな。
「王族は、この地を他種族から勝ち取り、守り、そして街を築き上げられた方々だ。その身分は揺らぐことはなく、未来永劫我々の頂点に君臨され続ける」
それがこの街の常識。
誰も、王族を蹴落として自分が取って代わろうとはしない。
……ま、出来ないってのが本当のところだろうな。
「そして二等級貴族は、その戦の折に王族とともに前線に立ち武勲を上げた戦士たちの家系なのだ」
「それはまた……王族との繋がりが強固そうだな」
「この国の礎を築いた者たちだ。王族とて、彼らと敵対されることはないであろう……表向きには、な」
王族だって一枚岩じゃない。
中には、王族に対して大きな発言権を持つ二等級貴族を疎ましく思う者もいるのだろう。
ただ、表立って関係を悪化させるようなことをしないだけで。
「それが、この街の要職に就いてる連中だな」
「そうだ。彼らのうちの誰かを怒らせれば、区ごと『お取り潰し』ということだってあり得るぞ」
「随分と振り回しやすそうな権力だこと。さぞ握りやすいグリップなんだろうな」
「ふふ……エステラよ。この男を『BU』より内側に立ち入らせるのではないぞ? 冗談ではなく、外周区がなくなりかねん」
「ヤシロ。……ホンットに、気を付けてね」
めっちゃ釘を刺された。
そんなちょっとした冗談で目くじら立てるような小物なのか?
俺が素敵な小物入れでもプレゼントしてやろうか? きっと中に入ると落ち着くと思うぞ。
「で、三等級はどうなんだ? たしか、大商人や富豪が多いんだっけ?」
「うむ。行商ギルドのギルド長や、魔獣避けのレンガの生みの親などがいるな」
他には、王族御用達の服飾職人に宝石商、最高級の料理を提供する宮廷料理ギルドのギルド長なんかがいるらしい。
……なんだよ、宮廷料理ギルドって。客層、選び過ぎだろ。
「三等級貴族は、この街になくてはならないと判断された者たちだ。金銭的、技術的、その他様々な理由でな」
「つまり、直接こちらをどうこうするほどの権力は持ち合わせていないが、『上の人間に言いつけるぞ~』って脅しが使えるポジションだな」
「ふふ……貴様は、どうしてそうヒネた発想をしているのか……まぁ、そんなところだ」
当たってんじゃねぇか。
貴族なんかそんなもんだ。
や~な感じ~、ってなもんだ。
困ったもんだ、まったく。
で、そんな厄介な貴族がバックについているウィシャートをどう扱うのか……
さすがに王族や建国の立役者たちに楯突くのはマズいだろう。
邪魔者を排除しようとして、逆にこっちが消されちゃ元も子もない。
とはいえ、泣き寝入りも見て見ぬフリも出来ないし……
あ~ぁ。なんか、いろいろ頭を使わなきゃならくなりそうだな。……ったく。
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