287話 手に手を取って -4-

「ところでお兄ちゃん」


 話が一段落したところで、ロレッタが眉をつり上げて俺に詰め寄ってくる。


「どうして意地悪領主に何もしないです?」


 意地悪領主って……


「エステラに何か恨みでもあるのか?」

「エステラさんじゃないですよ!? ……違いますからね、エステラさん!? エステラさんのこと好きですからね!」

「あぁ、うん。大丈夫だから、落ち着いて」

「私も好きだぞ、お義姉様!」

「ルシアさんは、ちょっと保留でお願いするです!」


 弟の人生がかかってるもんな。


「そうじゃなくて、三十区の領主です!」

「何もしないってのはどういうことだ?」

「だって、こんなに嫌がらせしてきてるですよね? 何か手を打たないと、嫌がらせは終わらないんじゃないですか?」


 良くも悪くも、ロレッタはまっすぐだ。


「ボクは、君のそういうまっすぐなところが好きだよ、ロレッタ」

「――と、誰よりもまっすぐな胸元のエステラ様がおっしゃっていますよ」

「うるさいよナタリア。」


 特にすることがないからだろう。

 ナタリアがエステラに絡み始めた。

 呼ぶのギリギリにすればよかったかなぁ。


「でもね、ロレッタ。気に入らないからって、ケンカをふっかけるわけにはいかない相手もいるんだよ」

「でも、ケンカを売ってきてるのは向こうですよね?」

「その証拠がないじゃないか」

「ゴロツキを多くの人が見たです!」

「ん~……どう説明すればいいか」


 困り顔で首を捻って「ヤシロ、何かある?」と俺に丸投げするエステラ。

 何かあるかと言われてもな……


「じゃあ、ちょっと実践してみるか」


 こういうことが得意そうなナタリアを巻き込んでロレッタに寸劇で理解させてやる。

 ナタリアと軽く打ち合わせをする。

 ギルベルタも興味深そうに話を聞いている。

 面白がってエステラとルシアも聞き耳を立てている。

 えぇい、ついでだ、ジネットとマグダも混ぜてやれ。


 そして、打ち合わせを終えて、ロレッタを主人公とした寸劇が始まる。


「何年か先の未来。お前はジネットから免許皆伝をもらって、自分の店を出すことになった」

「えっ!? あたし、自分のお店持てるですか!?」

「はい。ロレッタさん。陽だまり亭ののれん分けです」

「すごいです! あたし、頑張るです!」

「……悔しい、マグダよりも先に」

「マグダっちょより先ですか!? これはすごいです! 俄然やる気が出てきたです!」


 と、ロレッタが浮かれている間に、ナタリアが架空の『ロレッタ亭』へやって来る。


「お~、ここが噂の『ロレッタ亭』ですか。では、さっそく入ってみましょう。ガチャ、ぎぃぃぃ~。みしっ、みしっ」

「なんで開店してすぐ、そんな古ぼけた洋館みたいな音するですか!?」


 ショートコントか。

 入りから何から何まで。


「ここのおすすめは何ですか?」

「おすすめは、唐揚げカレーです!」

「では、素パスタをください」

「おすすめ食べてです!? あと、パスタには何かしらかけた方がいいですよ!?」

「では、おすすめのものを」


 言って、席へ座るナタリア。

 本当に出そうかどうしようか迷ったロレッタだったが、「フリでいいから」と言ってやると、カレーを出したフリをした。


 そして、ナタリアが食べたフリをする。

 ――ここから、寸劇は本番を迎える。


「うっわ、マズっ」

「え!? そ、そんなことないですよ!? きっと美味しいです!」

「食べられたものじゃないですね。もう結構です」

「そんな!? ちゃんと全部食べてです!」

「お金、置いておきますね。あ、おつりは結構です。では」


 そう言って、席を立つナタリア。

 ナタリアが退場するのと同時に、マグダとギルベルタがやって来る。

 だが、『ロレッタ亭』に入る前に立ち止まる。


「……美味しくない模様」

「がっかり思う、私は。していた、多大な期待を」

「……別の店にするべき」

「賛同する、私は、永遠のライバルマグダに」

「ちょっと待ってです! 美味しいですから! 店長さんの免許皆伝ですよ!?」


 だが、客は戻らない。


「――と、こんなことを毎日されたらどうだ?」

「怒るですよ!?」

「でもね、ロレッタ。落ち着いて考えてごらん」


 目に涙を浮かべるロレッタを落ち着かせるように、エステラが落ち着いた声で言う。


「ナタリアは、注文した料理の料金はきちんと払っている。『不味い』と言っているのも個人の感想だ。君たちも、ラグジュアリーの紅茶を美味しくないと言っていただろう?」

「そ、それは……」


 ラグジュアリーは、四十区にある貴族御用達の一流(笑)喫茶店で、今でこそ俺の教えたケーキを出しているが、昔は黒糖パンみたいなもっさりしたケーキと、渋みしか感じない紅茶を出していた店だ。

 俺はもちろん、ロレッタやマグダ、そしてジネットまでもがその味を否定した。ジネット、二口目を口にしなかったもんな。


「で、でも! お客さんに美味しくないって……、営業妨害です!」

「直接言ったわけじゃないよね? たまたま、ナタリアの個人的な感想が聞こえちゃっただけだよね?」

「それは……」

「それとも、ナタリアが悪意を持って君の店を貶めたという証拠を提示できるかい?」

「あたしが、この目で見たです!」

「……マグダは、ロレッタがヤシロを悪く言っているのをこの目で見た」

「ぅえぇえっ!? い、いつですか!? 嘘ですよ、お兄ちゃん! あたし、お兄ちゃんの悪口なんて言ってないです!」

「……マグダは確かに見たし聞いた。『精霊の審判』をかけてもいい」

「マグダっちょ……」


 パニックに陥るロレッタに、詳しく教えてやる。


「今マグダが言ったのは、本人の証言が証拠として認められないということだ」


 ロレッタの「この目で見た」が証拠になるなら、マグダの意見も証拠になるということだ。


「で、でも、あたし、お兄ちゃんを悪く言ったりなんて……」

「そんな顔しちゃ、だめPi☆」

「むゎあ! なんかイラッてするです、そのぶりっこ!」

「それだ、それ。俺を『悪く言う』っての」


 悪意の有無には言及していない。

 戯れ程度に悪く言うことは誰にだってある。

 それを、さも『酷い悪口を言ってた』と思わせるのが、マグダのやった方法だ。


「で、そんな方法を使ってくるヤツがいたよな?」

「あ……、三十区の?」


 今の即興寸劇ですら翻弄されまくったロレッタだ。

「こっちには証人がいっぱいいるんだ!」と息巻いて三十区へ乗り込んでもあしらわれて終わり。

 むしろ、それを逆手にとって反撃を喰らうのがオチだ。


「確実な証拠がいるんだよ。一撃で息の根を止められるくらい強力な、ね」

「うぅ……あたしには、ちょっと難しい話です」

「だからこそ、ボクはロレッタのそのまっすぐなところが好きだと思えるんだよ。ボクだって、こんな捻くれた物の見方なんかしたくないんだよ、本当は」

「しかし、それをしなければ領民を守れない。そなたにはじれったく感じるかもしれぬが、エステラを責めてはやるなよ、お義姉様」

「責めるつもりは……ないです。ただ、お兄ちゃんはいつも困ってる人を助けてくれたです。つらい時を終わらせてくれたです。だから、ウーマロさんたちのことも……って」


 ウーマロが苦しんでいたのを見ていたからな。

 だが……


「ロレッタ、さっきの続きだ。もし、うまく証拠を掴んで、ナタリアの行為を営業妨害だと認定させたとしよう。ナタリアに賠償金を支払わせ、二度と店に近付かないように契約させた。これで一件落着、めでたしめでたし」


『ロレッタ亭』の事件はそこで終わる。


「喜んだお前は、ジネットに報告に行くことにした。『あたしは勝ちましたよ』と、誇らしげに。……だが、そこに陽だまり亭はなかった」

「えっ、ど、どうしてです!?」

「私がエステラ様の部下だからです」


 ナタリアが悪人顔でロレッタの前に立つ。

 その背後にエステラが、これまた悪人顔で立っている。


「私をこけにしてくれたあなたに報復をしなければ気が収まらない。けれど『ロレッタ亭』には近寄れない。なら、ターゲットを変えるまでです」

「ナタリアはボクの大切な家族みたいなものだからね――領主の権限で陽だまり亭の営業許可を取り消したよ。ついでに住民登録も抹消した。領主だから、ペン一本で済んだよ」

「そんな……あんまりです!」

「ついでだ。私も参加してやろう」


 そう言って、一層凶悪な顔つきでルシアがロレッタの前に立つ。


「エステラは私と同盟関係にある。エステラの敵は私の敵だ。『陽だまり亭』は『四十二区と三十五区領主に逆らった不届きな食堂だ』と言い触らしておいた」

「なんてことするですか!? そんなことされたら、店長さんは……」

「もう、どこでも商売が出来ないだろうな――お前がナタリアを撃退したせいで」

「――っ!?」


 ロレッタの目に涙が浮かんで、ジネットがぎゅっと頭ごと抱きしめた。


「大丈夫ですよ。お芝居ですからね。ね? ロレッタさん」

「……平気。陽だまり亭はなくならない」

「…………そう、ですね。……うん、分かった、です」


 三人がぎゅっと一塊になり身を寄せ合う。


「怖かったな、ロレッタ」


 声をかけると、憔悴したような声が返ってくる。


「はい……怖かったです」

「でもね、ロレッタ。それが貴族なんだよ」

「質の悪いことに、連中は面子というものを何より大切にしている。『腹が立ったから』という理由で、今のようなことを平気でやるような人間ばかりなのだ」


 貴族自身がそう言うと説得力がすごいな。


「だから、下手に手を出しちゃいけないんだ。……悔しいかもしれないけどね」


 ウィシャートを潰して、それで終わりなら、俺だってそうしている。

 だが、ウィシャートに連なる根っこをすべて断ち切れなければ、必ず報復がやって来る。

 その矛先がどこに向くか、それは俺にも分からん。


「特に、あの男は厄介でな」


 はぁっと、長い息を吐き、ルシアが心底嫌そうな顔で言う。


「あの男のバックには三等級貴族がついている――という噂なのだ」


『BU』よりもさらに上位の貴族がウィシャートのバックに?

 そんな初耳な情報を寄越し、「まぁ座れ」と着席を促すルシア。


「少し長くなるかもしれぬ。ジネぷーよ、美味しい夕飯を頼むぞ」

「はい。任せておいてください」



 そうして、ルシアが自分の持っている情報を教えてくれた。






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