287話 手に手を取って -3-

「いや、あの……ルシアさん、……え?」

「まぁ、落ち着くのだエステラ」


 思わず立ち上がったエステラを座らせるルシア。

 ウーマロは呆然としている。


 俺はと言えば、それも選択肢の一つだろうなとは思っていた。


「どうして……いや、それよりも、大丈夫なんですか?」


 カワヤ工務店は、トルベック工務店ほど実績があるわけじゃないのに……とは言えず、言葉を濁すエステラ。

 何が言いたくて、何を濁したのか、ルシアは正確に読み取ったようで笑みを深める。


「我が区の大工も捨てたものではないのだぞ? なぁ?」

「はい。港の修繕や船大工としての仕事はどこにも負けませんし、今後もそれらの仕事がなくなることはない。組合なんかなくたって、十分やっていけますよ」


 枯れたオッサンが爽やかに笑う。

 ほうれい線をくっきりと浮かび上がらせて、日に焼けた顔をくしゃっと丸める。

 白い歯がやけに目立つ。


「まぁ、正直、それだけじゃ到底やってけないんですが……」

「そこは私が補填する。仕事の斡旋も、可能な限り行おう」


 組合を離れることで起こる不利益を領主が負担する。

 四十二区と同じことを、ルシアも言っている。


「本来なら、領主がどこか一つのギルドに肩入れするのは好ましいことではないのだがな」

「大丈夫だ。特定の食堂に入り浸っている領主もいる」

「……それ、ボクのこと?」


 そうだよ。

 お前ほど依怙贔屓の酷い領主もいないだろう。


「ふふ……あはは。そうだな、先達に倣うとするか」

「やめてくださいよ、ルシアさんも」


 ルシアに苦言を呈し、俺を睨むエステラ。


「あ、あのっ!」


 ガタッと音を鳴らし、ウーマロが立ち上がる。

 全員の視線を一身に受け、若干緊張した面持ちでとある提案を持ちかける。


「もし、よかったらなんッスけど……トルベック工務店と提携しないッスか?」

「提携……?」

「はいッス!」


 ウーマロがルシアを見つめて頷く。

 美人の顔を見て話をしている。本気モードのウーマロだ。


「詳しく聞かせてもらえるか?」

「はいッス! え~、つまり、吸収とか合併じゃなくて、互いに仕事を融通し合いましょうって契約ッス」


 さらにウーマロはおのれの考えを述べていく。


 四十二区と三十五区はオールブルームの対角線上、最も遠いところに位置する区だ。

 そうそう気軽に行き来できるものじゃない。

 仕事に通うなんてもってのほかだ。


 だから、トルベック・カワヤ両工務店から数人ずつ大工を互いの区へ派遣し合う。そして、そこで仕事を共にするのだ。

 技術の継承、協力体制の構築、そして収入の調整を行う。


 正直言って、これは完全にカワヤ工務店への救済措置だ。

 今後も、トルベック工務店には仕事が舞い込んでくるだろう。

 直近で、近隣の領主どもが大衆浴場を欲しがっていたからな。

 港の建設が終わるまでは待っていろと伝えてあるが、あいつらがいつまで我慢できるか分かったもんじゃない。


 人手も足りないし、現場監督も足りていない。

 監督だけは、ハムっこ連中では補えない。


「そこで、人材の交換派遣を行うんッス。違う現場、違う監督。きっといい刺激になると思うんッス」


 トルベック工務店が吸収した土着の大工たちの中には、トルベック工務店が主に行っているような仕事に向かない連中もいる。

 そういった連中が、三十五区では力を発揮できるかもしれない。


 逆に、ウーマロが得意ではない仕事もある。

 マーゥルの家の花壇を移設するなんて仕事は、ウーマロ向きではない。

 だが、今後はそんな仕事もお鉢が回ってくることになる。

 組合を抜けた今、四十二区内で起こるすべての大工仕事をまかなわなければいけないのだ。


「互いの得手不得手をうまくやりくりして、なんでも出来る共同体になれればいいと思うんッス」


 トルベック工務店だけでは抱えきれない仕事をカワヤ工務店が引き受けてくれりゃウーマロも助かるし、効率も上がる。


「ついでに、オイラたちに港関連の技術を教えてもらえれば万々歳ッス」


 最後に、自分の旨みを見せることで、あくまで双方にメリットがあるのだというポーズを取る。

 上からの救済ではなく、対等な位置関係の相互扶助として。


「なるほど。キツネの棟梁は、新たな組合を作ろうと言うのだな?」

「そ、そんな大それたもんじゃないッスけど……まぁ、近しいものはあるッスね」


 四十二区三十五区大工同盟、とでも呼べばいいのか。

 トルベック工務店が新たな共同体を作ったりしたら、そっちに入りたいって連中が続出しそうだ。


「組合の創設って、何か届け出が必要なのか?」

「ギルド新設のようにかい?」


 この街では、ギルドを作るのに領主の許可がいる。

 そして、その許可は教会への報告義務がある。

 似たギルドを乱立して飯の種を食い合わないように。

 意味のない争いを起こさないために。

 ――という建前で、教会が睨みを利かせている。


 大々的に活動したければ、教会へ心付けを寄越せとでも言いたいのだろう。

 商売なんてもんは競い合わせることで発展していくというのに。

 独占状態にするから上層部から腐っていくんじゃねぇかよ。


「組合は、あくまで有志が集まって結成するものだからね。教会や領主の許可は必要ないよ。ギルド同士で合意があれば問題はない。……ですよね?」

「うむ。私もそのように認識している」


 ちょっと自信がなかったのか、ルシアに確認を取るエステラ。

 そういえば、ミリィが生花ギルド組合を作る時も、別に教会がどうとかって話はなかったな。

 エステラとルシアには一応話を通してあったようだが。


「それで、組合なんて大層なもんじゃないんッスけど……どう、ッスか?」


 ウーマロが遠慮気味に問う。

 遠慮気味なのは、どう言い繕ってもこれがトルベック工務店からの施しだからだ。

 カワヤ工務店に対して「これから大変だろ? 助けてやるよ」と言って手を差し出している状態に他ならない。

 それを屈辱だとか侮辱と感じるヤツも少なくない。

 そして、大工なんていう、自分の腕一本で仕事をしている連中にはそういうタイプが多い。


 仮に、エステラがドニスあたりに、「ウチの方が儲けてるから助けてあげますよ」なんて言えば、ドニスは「いらん」と突っぱねるだろう。

 ……いや、マーゥルにつられて四十二区に住みつきかねないな。

 そういうのは度外視して、領主として一応は対等な力関係にありつつも、四十二区よりも格上とされる二十四区の領主なら、『じゃ、お言葉に甘えて」とは言えないだろう。


 これまで。

 あの三十五区での餅つき大会の日まで、カワヤ工務店がトルベック工務店を見る目は冷たかった。

 最近頭角を現してきたとはいえ、かつては四十区の一大工でしかなかった。

 カワヤ工務店にしてみれば、トルベック工務店は自身がいる三十五区より格下の、最貧三区に拠点を置く大工だ。

 見下してもいただろうし、歯牙にもかけていなかっただろう。


 それが今や完全に立場が逆転して、お情けで手を差し伸べられているのだ。

 その手を素直に取れるかどうか……それは、俺らには読みようがない。

 面倒くさいけれど、責任者ってのはそういうものなんだ。


 だが、カワヤ工務店代表は違った。


「もちろん、よろこんで! どうぞよろしくお願いします、ミスター・トルベック!」


 いいものをいいと認め、すごいヤツをすごいと言える。

 そして、その恩恵に躊躇いなく与れる。

 こういうヤツの部下は恵まれている。

 変なプライドのせいで不利益を被ることもないし、上司の責任で恩恵が受けられるんだ。


「やはは。くすぐったいッス。ウーマロでいいッスよ、ミスター・カワヤ」

「やめてくれよ。俺のこともオマールでいい」

「じゃ、改めて、よろしくッス、オマール」

「あぁ。よろしくな、ウーマロ」


 男たちが固い握手を交わす。


「よかったですね、ウーマロさん」


 ずっと見守っていたジネットが小さな声で呟く。

 今すぐにお祝いのご飯でも作りに行きそうな雰囲気だ。


「……へ? な、なんですか?」


 俺がじっと見つめていたからだろう、ジネットが照れたような焦ったような雰囲気で言う。


「いや、お祝いの料理でも作りそうだな~って」

「そうですね。是非お祝いをしましょう。ウーマロさん組合の結成祝いです」

「いや、待ってッス店長さん! そんな名前じゃないッスよ!? そもそも組合じゃないッスから! あくまで相互扶助関係で――」

「じゃあ、ウーマロさん同盟でどうです?」

「どうとかじゃないッスよ、ロレッタさん!? そんなご大層な名前にしないッスし、オイラの名前をそんなもんに使わないでほしいッス!」

「……おめでとう、大ウーマロ結社」

「くふぅぅ……っ! マグダたんの案には逆らいにくいッス……!」


 とはいえ、『大ウーマロ結社』はキツいよな。


「いっそのこと、『ウーマロと愉快な仲間たち』にでもしたらどうだい?」


 ウーマロの不幸を、くすくすと笑ってからかうエステラ。

 領主からのいじめだ。いじめっ子だ。


「でもエステラさん。それじゃ、今のトルベック工務店と変わらないです」

「ちょーっとロレッタちゃん!? 誰が愉快な仲間ですか!?」


 お前だよ。

 お前らだよ、グーズーヤ。

 愉快なのしかいないじゃねぇか。


「じゃあもう、こうしとけ。『ウーマロと愉快なウーマロたち』」

「オイラ独りぼっちになっちゃったッス!?」

「いや、ウーマロが複数いるんだ」

「意味が分かんないッス!」


 ウーマロが吠え、エステラやジネットが笑い、俺はルシアと視線を交わす。

「満足か?」と目で問えば、「んべっ」っと舌を見せられた。


 ったく、可愛くない。


 ウーマロならカワヤ工務店に甘い処置をしてくれると期待していたくせに。

 だからこそ、オマールを連れてきたんだろう。

 思い通りじゃねぇか。


 もっとも、こうなると予想は出来ても不安は残る。

 だから、実際そうなると安心するものだ。


 ルシアのあの小憎たらしいまでに明るい笑顔は、きっとそんな安心感が表れているんだろうなと、思った。






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