286話 決断の時 -4-
昼前になり、ウーマロが戻ってきた。
「ヤシロさん。ちょっとお話があるッス」
真剣な表情には、焦りや不安、怒りや憎しみといった感情は見られなかった。
ただ、これからのことを見据えた男の、潔さだけが見て取れる。
腹を括ってきたのだろう。
「トルベック工務店は、組合を抜けることにしたッス」
「「「「でかした!」」」」
「え!? ……え?」
ウーマロの宣言に、俺、エステラ、マグダ、グーズーヤが声を揃えて賞賛を贈る。
「っていうか、なんでお前がそんな偉そうな口利くッスか!?」
「痛い、痛いですって、棟梁!? ノリじゃないですか、ノリ!」
「どんな時でも、上下関係は絶対ッス!」
調子に乗ったグーズーヤがお仕置きされ、俺たちは素知らぬ顔を貫いた。
「うぅ……やっぱ、みなさん薄情っすね……」とか、恨み節を垂れるグーズーヤは放置して、ウーマロの話を聞くことにする。
「どうだった?」
「どうもこうもないって感じッスね。結論ありきで、『そちらの話を聞くつもりはない、決定は覆らない、言うことが聞けないなら謹慎の後トップの首を挿げ替えろ』ときたもんッスよ」
「それは、『上からの命令があるので、臨機応変に対応が出来ません』って意味だな」
「あぁ……そんな感じだったッスね、言われてみれば」
組合が本当にトルベックの行動を問題視しており、自己の判断と裁量で構造を改革させようとしているのならば、ウーマロの話をきちんと聞くべきだし、きっとそうしただろう。
それが出来ないってことは、『上』から言われたことには逆らえませんって言っているようなものだ。
答えは一つしかなく、それを変更することは出来ないのだから。
「それで、どうしたんだい?」
「以前ヤシロさんが言っていたことを参考にさせてもらったッス」
「『無用の長物と無乳のチューブトップは似ている』か?」
「それじゃないッス!」
「……『テメェらの乳首は何色だー』?」
「え、マグダ。俺、いつそんなこと言った?」
『血』なら聞いたことあるんだけどなぁ、そのセリフ。
「だから、アレっすよ。ノートン工務店とトラブルを起こしたことは事実ッスから、その部分は素直に非を認めて頭を下げてきたッス。『責任を取って、組合を抜けさせてもらうッス』って、言ってきたッス」
じゃあ、これから先は突っぱねまくりの突っぱね祭りだな。
「それで、向こうはなんて言っていたんだい?」
「『好きにしろ』だそうッス」
「そうか……」
組合は、トルベック工務店を引き留めるようなことはなかったらしい。
「組合から紹介した仕事はすべて取り上げると言われたッス」
「お前ら、組合からの仕事ってなんかしてたか?」
「ん~……まぁ、貴族の馬車の制作とか、領主の館の修繕とか、これまではいくつか振ってもらったッスけど……でも正直、それは組合に振ってもらった仕事というより、ウチを名指しで指名してきた案件ばっかりッスよ。組合は窓口になっただけッス」
それを、恩着せがましく「俺たちが紹介してやった」と言い張るのか。ただ通過しただけのくせに。
廊下がスイートルームの威を借るようなもんだな。
「廊下がなきゃスイートルームには行けないんだぞ」ってのが事実だとしても、廊下自体にスイートルームと同等の価値はない。
むしろ、虎の威を借る狐が増長すれば、虎の威厳すら損なってしまう。
『スイートルームへの廊下、通行料1万円』
そんな制度を設ければ、そのスイートルームの価値すら地に落ちる。
阿漕だ、せこい、感じ悪いとな。
「じゃあ、組合経由でトルベック工務店に依頼してきた貴族とは縁切りだな」
「そうッスね。個別にコンタクトを取ってくれれば、考慮するッスけどね」
「けれど、組合はトルベック工務店の悪評をここぞとばかりに喧伝するだろうから、貴族は声をかけにくくなるかもしれないね」
「なら、それでもいいッス。オイラたちは、オイラたちを必要としてくれる人と仕事をするッス」
「うん。ボクはまだまだ君たちに働いてもらうつもりだから、覚悟しておくようにね」
「やはは。それは最高の誉め言葉ッスね」
と、背中合わせで話すエステラとウーマロ。
お前ら、その奇妙な光景に慣れるなよ。
「あと、組合から得た知識や技術は使用しないように言われたッス」
「組合から得た知識や技術ってなんだ?」
「さぁ……、その辺はいまいちピンとこないんッスよねぇ……何かあったッスかね?」
「カンナの刃のメンテナンス」
ドアからぬっとヤンボルドが顔を出す。
……いつからそこにいたんだよ。ウーマロと一緒に帰ってきたはずだから、ずっとそこにいたんだな? 入ってこいよ、すんなりとさぁ。
「そんなの、もう大工の間じゃ常識レベルのことじゃないですか」
グーズーヤが歯茎をむき出して怒り狂う。
トップ2が戻ってきた途端、顔に余裕が戻ったな、こいつ。
「それを使用したければ、毎年決まった額の使用料を払えときたもんッスよ」
「まさかその条件、飲むんですか、棟梁!?」
「…………」
ウーマロは軽く俯き、黙って……にっと口角を持ち上げた。
「突っぱねてやったッス!」
「出た! 最初の突っぱね!」
「これから突っぱね続ける……オレ、楽しみ」
盛り上がる大工たち。
そうかそうか。突っぱねてきたか。上出来だな。
「だったら、オイラたちが教えた技術と知識にも使用料を払えと言ってやったッス。これまでになかった技術を、明確にトルベック工務店の名の下に情報提供したッスからね。書類も揃ってるッス。向こうが有耶無耶な状態でそんな横暴を通すなら、こっちはきっちり証拠も揃えて堂々とそれ以上の使用量を徴収してやるって言ってやったッス!」
「棟梁、カッコいい!」
「結婚してあげてもいい」
「いらないッスよ、ヤンボルド! ……こっち見るなッス!」
組合の偉いさんは大層悔しそうにしていたが、トルベックのもたらした技術を失うのはイヤだったようで、使用料の話はなかったことになったそうだ。
「甘いなぁ。それはそれとして、使用料はもらうって言ってやればいいものを」
「ヤシロさんがいたら、そう言っただろうなって思ったッスけど、やっぱりオイラにはまだハードルが高かったッス」
なんの準備もない中、相手のホームに連れていかれて、高圧的に上からあれこれ言われたら誰だって委縮してしまう。
まぁ、きっちりと突っぱねられただけでも及第点か。
「きっとこれから、いろいろ嫌がらせされるんッスよね」
「平気。棟梁にはオレたち、いる」
「そうっすよ、棟梁! 何言われようと、僕たちは技術力のトルベック工務店です! 存分にその力を見せつけて、嫌がらせなんか吹っ飛ばしてやりましょう!」
「頼もしくなったッスね、グーズーヤ」
「はい! それに、ヤシロさんとエステラさんもいますし!」
「……急に頼りなくなったッスね」
はぁ……っとため息を漏らすウーマロ。
まぁ、エステラは言えば助けてくれるだろうよ。
俺はどーだか分かんないけどなぁ。
「今、ロレッタちゃんがルシアさんのところに行ってるんですよ。エステラさんの手紙を持って」
「あぁ、それはよかったッス。きっとカワヤ工務店にも迷惑をかけるッスから、ちゃんと挨拶に行かなきゃって思ってたところッス。エステラさん、返事が来たらオイラに教えてほしいッス」
「うん。その辺のことはこっちでも調整しておくから、会えるように言っておいてあげるよ」
決断すれば行動は早い。
それが、四十二区の強みかもしれないな。
「ヤシロさんにエステラさんにルシアさんまで揃えば、こっちは無敵ですよ!」
拳を振り上げグーズーヤが声高に叫ぶ。
「見かけとは裏腹に、腹の中真っ黒な三人が味方なんです! もう、怖いものなしですよ! ね、棟梁!?」
「……いや、オイラはヤシロさんもエステラさんも、そこまで腹黒じゃないと思ってるッスから」
「オレも、そこまで黒くないと思う」
「え、なんでですか!? 前に『エステラさんも、なんだかんだヤシロさん化してきてますよね』って話してましたよね!?」
「さぁ……記憶にないッスねぇ」
「オレ、今朝転んで頭打ったから……」
「なんでっすか!? なんで二人ともこっち向いてくれないんですか!?」
騒がしいグーズーヤからそそそと距離を取るウーマロとヤンボルド。
三人とも、こちらに背を向けている。
背を向け遠ざかろうとするウーマロたちに追い縋るグーズーヤは気付いていない。
俺の隣に佇む、般若のような領主の顔に。
「「グーズーヤ」」
「はい? ……ってぇ!? 鬼が二人も!?」
「「誰の腹が黒いのか、ちょ~っと、話を聞かせてくれるかな? くれるよね? ねぇ? ちょっと顔かせやコラ」」
「恐ろしいセリフが、恐ろしいまでに完璧なハモリを!?」
困った大工たちの助けになってやろうと考えていた心優しい俺とエステラは、助力の妨害になる災いの元となる口をことさらしっかりと閉じさせておいた。
感謝の気持ちを忘れたらいかんぜよ。
人間、仁義を欠いたらおしまいじゃけぇのぉ。
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