281話 式典の後には -3-

「とんでもない物を作ったな、カタクチイワシ!」

「ホント、すっごく広くて驚いちゃったわぁ」


 嬉しそうな顔でルシアとマーゥルが俺に詰め寄ってくる。

 髪濡れてますけどいいんですかい、お二人さん!?


 え、陽だまり亭だからセーフ?

 ねぇよ、そんなルール!


 ドニスやデミリー、ゲラーシーにせっつかれて男湯に入った俺は、連中の「あれはなんだ!?」「これはどうなってる!?」「合体ゴーレムすげぇぇえ!」という質問と騒乱の波状攻撃に湯あたりを起こしかけていたわけだが……風呂を出た後もこの状況は続くのかよ。


「見てみて~! 人魚のオモチャ、買っちゃった☆」

「アタシはままごと人形を買ったよ! しょ、将来の練習のためにね、きゃっ☆」


 マーシャがお風呂のオモチャを手にはしゃいでいる。

 ……見えない。マーシャの隣ではしゃいでいる大きな人影なんか、俺の目には映らない。


「はっはっはっ! 私は合体ゴーレムとポンポン蒸気船を購入したぞ!」

「まぁ、散財ね、ゲラーシー」

「うっ、姉上……、じ、自分のポケットマネーから出しましたよ、もちろん」


 散々好き勝手散財しまくっているマーゥルが弟の衝動買いを責めている。

 血筋だろ、もう。


「姉上は買われなかったのですか?」

「えぇ。だって、湯遊風呂にあったオモチャは品質がよかったけれど、番台で売っていたのは同じ形だけれど仕上げがイマイチだったんですもの」


 湯遊風呂に浮かんでんのは俺とノーマの作品だが、現在販売されているのは金物ギルドの連中の作だ。

 ……そんなもん、見分けんなよ。同じ形ならいいじゃねぇか。


「まぁ、職人に心当たりがあるから、後日個人的にお願いするわ」


 ノーマですようにノーマですようにノーマですように。


「まったく、オオバ君もスチュアートも人が悪い。こんないい物があるなら、もっと早く教えてくれればいいものを」


 湯上がりタマゴ肌どころか、ゆで卵みたいな頭をしてデミリーがえびす顔で難癖を付けてくる。


「エステラに言えよ、『オジ様』」

「エステラはね、自慢になるようなことは言ってこないんだよ。奥ゆかしい娘なんだ」

「言い忘れてただけなんじゃねぇか」


 まぁ、大衆浴場を作りましたとわざわざ手紙を書くのもなぁ。

 完成からこっち、ずっと混雑してたし、言うだけ言って「入れません」じゃ悪いと考えたのだろう。


「まぁ、ワシは入ったことがあるけどな!」

「俺もありますけどね!」

「この二人に出遅れたのが悔しいねぇ」


 イメルダに聞いて早々に入りに来たハビエルと、呼んでもないのにオープンの日に入りに来ていたリカルドが得意気な顔をしている。

 ハビエルもリカルドも、一般人に混ざって風呂に入ることにはなんの躊躇いも見せなかった。そういうタイプだよな、こいつらは。


「ウチの若い連中とはよく風呂に入るからな」

「俺も、狩人連中とたまに入るぞ」


 外の森で泥だらけになる木こりや狩人は、ギルドにある風呂で汚れを落としたりもするらしい。

 見習いが最初に教わるのは洗濯と風呂焚きらしい。


「そうか、リカルドはメドラと……」

「男連中に決まってんだろうが!」

「そんな、遠慮しなくていいのに」

「遠慮じゃねぇよ!」


 ママにお風呂入れてもらえばいいじゃねぇか。メドラママに、……ぷっ!


「ヤシぴっぴよ」


 濡れ髪のマーゥルを見て金縛りに遭っていたドニスが硬直から抜け出したらしい。

 口元に薄ら赤いのが付いてるが、鼻血噴いてないだろうな?


「あはぁ……エステラ様……尊い……尊い……てぇてぇ……」


 と、鼻血の噴き過ぎで床に寝かされているトレーシーみたいな変態は一人で十分だからな。

 欲を言えば一人も欲しくなかったんだが。

 エステラもよくアレと一緒に風呂に入ったもんだ。


 で、ドニスだが、なんだか真剣な表情をしている。


「あの大衆浴場はトルベック工務店が作ったのだな?」

「あぁ。内装は別のヤツだけどな」

「そうか……よし」


 頷いて、ドニスがウーマロの前へと歩いていく。


「二十四区にも大衆浴場を頼む」

「えっ!? いやいやいや、無理ッスよ!?」

「待つのだ、ドナーティ殿! 二十九区が先だ」

「いや、その前に四十区にどうかな?」

「そうだな。トルベックの本部は四十区にあるんだから、区のために一肌脱げトルベック」

「いや、待ってッス待ってッス! オイラたち、明日から港の工事があるッスから!」

「「「「大丈夫、そなた(お前)なら出来る」」」」

「なんか必要以上に重い期待かけられてるッス!?」


 ウーマロが暑苦しくて圧苦しいオッサンの群れから抜け出して俺の背後へ身を隠す。

 さすがに、三つも四つも掛け持ちは無理か。

 港の工事に集中もしたいだろうし。


 それに――


「残念だったな、諸君!」


 リカルドがドヤ顔でドニスたちの前に立ちはだかる。


「最初は四十一区だと決まってるんだ! トルベックの約束も取り付けてある! なぁ、トルベック」

「は、はぁ、そうッスけど…………今言わなくてよくないッスか?」


 あぁ、うん。

 リカルドって、ちょっとアレだからさ。ややこしくなるだろうな~みたいなこと、想像できないんだよ。

 ちょっとアレだから。


「なぜ四十一区なのだ? 四十二区にとって、さほど重要な人物でもないであろうに」

「なに言いやがる、二十四区!? 四十一区は四十二区のマブダチだぞ! なぁ、エステラ!?」

「……あはは」

「見ろ!」

「あぁ、見た結果、重要視されていないと確信したよ、ミスター・シーゲンターラー」


 エステラの愛想笑い、かっさかさだったもんなぁ。

 いや、エステラも四十一区の重要性は熟知してると思うぞ。

 四十区から四十二区の三区で協力体制を敷いて、いろいろ融通し合ってるし、それでうまく回ってるしな。


 ただ、リカルドに「マブダチ」とか言われるとなぁ。

 なぁ?


「四十一区には素敵やんアベニューがあるからな。大衆浴場は必須なのだ」

「あら、なぁ~に、その『素敵やんアベニュー』って?」

「あぁ、ミズ・エーリン。興味があるなら是非訪れていただきたい。『素敵やんアベニュー』は我が四十一区が総力を挙げて改革に取り組んだ『美を作り出す街』なのだ」


 いつお前が総力を挙げたって!?


「へぇ~………………そんなの、あったんだぁ」


 怖いオバハンがこっちを恨めしそうな目で見たぁ!?

「なんで教えてくれないの?」って、明朝体でくっきり顔に書いてある。


 なんで逐一報告しなきゃなんねぇんだよ。


「しかし、画期的な風呂であったな。水道とかいうもの。あれはいい。別の場所で沸かした湯を水道を通して浴槽に送り込むことで、ゆったりと浸かれるのがいいな。我が家の風呂では、風呂釜が熱くなってもたれられぬのだ」

「それは我が家も同じですよDD。ただ、あの設備を自宅用に導入するのは難しいでしょうなぁ」


 ドニスとデミリーは、ゆったりともたれ手足も伸ばせる浴槽が気に入ったようだ。

 なんとか家に欲しいが、大衆浴場のようにボイラー室を設けるやり方は家には導入できないと諦め顔だ。


「ならば、陽だまり亭の風呂を真似ればよい。鉄砲風呂だったか? あれもいい物であるぞ」

「ヤシぴっぴ!」

「オオバ君!」

「「詳しくっ!」」

「ジネット~、オッサンとオバハンに風呂を見せてやってくれ~」

「はぁ~い」


 面倒くさいのでジネットに丸投げをする。

 ……余計なことを言うな、ルシア。面倒が大挙して押し寄せてきたじゃねぇか。

 三十五区の大衆浴場は後回しにするようウーマロに言ってやるからな!


「あぁ……やっと解放されたよ」


 エステラがげっそりとした表情で俺の隣へやって来る。


「ほっそりとした胸元で」

「ボク今、手加減出来そうにないんだ。寸止めが当たったらごめんね」


 ナイフを持って恐ろしいことを口走るな。

 悪かったよ! 謝るからナイフをしまえ!


「女風呂はまだいい方だろう? 『BU』連中、うるさかったぞぉ……」

「マーシャ、メドラさん、ナタリア、トレーシーさん、マーゥルさん、イネス、デボラ、イネスやデボラの胸を見ていじけていたネネ……」

「……あぁうん。一個一個が濃いな、そっちのメンバーは」


『BU』連中はみんな薄味だから、まとめて『BU』で済むが、女子連中は到底混ざらない濃さだな。


「大衆浴場と鉄砲風呂も、外交に有利に働きそうだね」

「特別なご褒美が欲しいところだな」

「そうだね。ご褒美をあげなきゃね~、ウーマロに」

「そこは俺だろ!?」

「じゃあ、撫でてあげるよ。いいこいいこ」


 はぁ……ちっとも嬉しくねぇよ。

 だが、今日は相当疲れたようで、エステラの笑顔が弱々しく見える。

 じゃあ、これくらいで勘弁してやるか。


 へにゃりと笑うエステラの小さな手が髪を梳くのを好きにさせ、俺はこの次の予定に思考を巡らせた。

 今日はゆっくりと休んでおかなけりゃな。


 逆の立場なら、敵対勢力に時間を与えるなんてことさせないもんな。

 仕掛けてくるなら、きっとすぐだ。



 そんな予想は、まったく嬉しくもないのだが、見事に的中することになる。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る