281話 式典の後には -4-

「ヤシロぉー!」


 翌早朝。

 陽だまり亭にデリアの声が響く。


 バッと飛び起き、寝間着のまま部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。


「ヤシロさん、あの、一体?」


 厨房で、仕込み中だったジネットを追い抜き、二人でフロアへと向かう。

 鍵を開けて陽だまり亭のドアを開けると、そこにはデリアとノーマが立っていた。

 その足下には四人の男が縛り上げられて転がっている。


 ……四人もいたのか。


「ヤシロの言ったとおりだった」


 デリアが、幾分力強さの戻った笑顔で言う。

 寝込みを襲われ、相手は荒くれ者四人……


「怪我は?」


 デリアとノーマに向かって声をかけると、デリアは目を丸くして、足下に転がる男たちをじろじろ見始める。


「そんな大怪我はさせてないと思うけど……」

「いや、こいつらはどうでもいいんだよ。デリアとノーマは、平気か?」

「え、あたいらの心配してくれてたのか?」

「当たり前だろう」


 誰がこんな見ず知らずのオッサンの心配なんかするかよ。


「あたいは平気だぞ! ノーマもいたし」

「正直、アタシはいなくてもよかった気がするさねぇ」


 気怠げに、庭先で煙管をふかすノーマ。

 疲れというより眠気が勝っている様子だ。


「三人をデリアが一瞬で鎮めて、アタシがしたのは逃げ出そうとした最後の一人を縛り上げただけだからねぇ」


 そうか。

 デリア、三人を一瞬か……やっぱすげぇな。


「さすがだな、デリア。おかげで助かったよ」

「あたい、役に立てたか?」

「あぁ。これで、四十二区はしばらく安全になるぞ」

「やったぁ! お姐ぇ扇情だ!」

「汚名返上さね」


 なんだ、そのちょっとエロティックなお姐さん。いい言葉だな『お姐ぇ扇情』。


「あの、ヤシロさん。これは?」

「あぁ、悪い。ちゃんと説明するよ」


 状況が飲み込めていないジネットに説明をしてやる。

 まぁ、一応昨日のうちに「俺が狙われると陽だまり亭が奇襲されるかもしれない」とは言っておいたのだが、どうやら敵は俺の読みどおりデリアへ矛先を向けたようだ。


「マグダを起こしてくる」

「……もう起きている」


 陽だまり亭が狙われるかもしれないと聞き、マグダは昨晩ずっと警戒をしていてくれたらしい。

 これは、きっと寝不足だろうな。今日はゆっくりと昼寝をさせてやろう。


「ありがとな、マグダ」

「……平気。ただ、安心したら眠たくなってきた」


 言いながら両腕を俺に向かって伸ばしてくる。

 はいはい。いくらでもやってやるさ、抱っこでもおんぶでも。


 マグダを抱きかかえ、ドアの前に立つデリアとノーマに顔を向ける。


「お前らも入ってこいよ。ジネット、何か温かい物を食べさせてやってくれ」

「はい。デリアさんには甘い物もお持ちしますね」

「やったぁ!」

「店長さん、手伝うかぃ? アタシ、なんだか不完全燃焼でねぇ」

「では、副菜をお願いします」

「任せるさね」


 煙管をくるくるっ、さっ、っと谷間へしまい、ノーマがジネットと共に厨房へ入っていく。


「ヤシロ、こいつらどうする?」

「そうだな……」

「あたしが、エステラさん呼んでくるです」

「お、いたのかロレッタ」

「当然ですよ、デリアさん! 陽だまり亭のピンチにあたしが不在なんてあり得ないです!」


 言いながら、なぜかデリアとハイタッチを交わして陽だまり亭を飛び出していくロレッタ。


「今日じゃないかもしれないって言ってなかったか、ヤシロ」

「あぁ。あいつらにもそう言ったんだが、『心配だから見張ってる』って言ってな」


 通常営業もあるし、ジネットには普通に眠ってもらい、俺とマグダ&ロレッタは交代で仮眠を取り、一応侵入者に対して気を張っていた。

 今はちょうど俺が仮眠を取る番だったんだが……結局ほとんど眠れた気はしない。


 今回の襲撃失敗で連中に釘を刺せれば、明日からは枕を高くして眠れるだろう。



 それからしばらくして、エステラとナタリアが揃って陽だまり亭へとやって来た。

 その頃にはジネットとノーマの共作朝食も完成していた。

 美味そう……


 マグダはずっと俺の腕の中で眠ったままだ。


「ふふ。今朝は、ヤシロさんに食べさせてあげましょうか?」


 昨日、エステラへの褒美としてジネットにあ~んしてもらえる権をやったので、夕飯時エステラはジネットに飯を食べさせてもらっていた。

 性別が違ったら間違いなくアウトであろうでれでれフェイスだったなぁ。


 で、性別がジネットとは異なる俺があの顔を晒すと懺悔室か牢屋行きになるので、慎んで辞退しておく。


「やめておく。牢屋は寒そうだ」

「ふふ。そんなことにはなりませんよ」


 いやいや、エステラなら問答無用で捕まえに来るだろうよ。


「それで、下手人はこの四人かい?」

「あぁ。これで全員だ」

「君の読み通りだったね」


 ウィシャートは俺を邪魔だと認識した。

 そして、俺を排除することを決めたらしい。

 だが、俺の言動を見たウィシャートは俺を脅威と判断したようで、直接俺を暗殺するようには動かなかった。


 もし仮に、今朝俺が暗殺されれば怪しまれるのは昨日の式典で盛大に面子を潰されたウィシャートになるだろう。

 証拠はなくとも、あの場に集結していた領主たちはそう思うだろう。

 四等級貴族と五等級貴族のすべてが。


 また、三大ギルド長やルシア、ドニスといった領主と親密に見えた俺を単純に排除するのは悪手だと考えた。

 ウィシャートの目にエステラはまだまだ頼りない新米領主に見えただろうし、今回の港の工事を先導しているのはマーシャ率いる海漁ギルドと三十五区領主であると認識されているはずだ。

 そして、狩猟ギルドと木こりギルドが全面バックアップをしている。

 おまけに、ニューロードと港の完成によって流通が活発になれば利益を上げることが確実視されている『BU』の連中も四十二区に助力するだろう。



 それらを繋いでいるのが、オオバヤシロという男なのだ。



 ――と、そんな風に見えただろうな。

 だからヤツはこう思ったはずだ。


「排除するのではなく、こちらの手駒にしてやればいい」とな。


 ウィシャートにしても、港が出来れば利益は見込めるのだ。

 中止に追い込んでもメリットはない。

 ヤツが狙っているのは、中止をチラ付かせながら利益を吸い上げることだ。

 もっと言えば、利権に食い込みたいと考えているのだろう。


 であるならば、ウィシャートにとって俺は必要な人材になる。

 俺を生かし、俺の力を今のまま発揮させ続けることが出来れば、港は完成するだろうし、うまくすれば俺が持つ太いパイプをタダで利用できるかもしれない。


 俺に言うことを聞かせられれば、な。



「それで、狙われるのは『オオバヤシロの大切にしているか弱い女性』――デリアだと踏んだわけだね」

「あぁ。昨日のデリアは可憐に見えたからな」

「そっ、……そんなこと、ないだろぅ」


 いやいや。

 大きなリボンを頭に着けて、間違って舞台に上がった時なんか顔を真っ赤に染めて狼狽えて、怪我をしたら俯いて泣きそうになって、どこからどう見ても儚い可憐なお嬢様だったぞ、昨日のデリアは。


「メドラの近くにいたから、背も低く見えたしな」

「うん。ボクもびっくりしたよ。メドラさんや狩人に囲まれたデリアが子供に見えたもん」


 対比効果だ。

 同じ濃さの灰色を、白と黒の中に置けば、白の中の灰色の方が濃く見え、黒の方は薄く見える。

 周りがデリアよりデカイ人間ばかりになると、対比でデリアが小柄に見えるのだ。

 おまけに、昨日のデリアはずっと背を丸めていたからな。


「か弱いデリアなら簡単に拉致監禁できると踏んだんだろうな」


 四十二区では、そんな無謀なことを考えるヤツは皆無だろうけどな。

 知らぬが仏というヤツだ。

 オメロに「デリアを誘拐しようとしたヤツがいるんだぞ」と教えてやれば、犯人に代わって泡を吹きながらひっくり返るだろう。驚き過ぎて心臓が止まるかもしれん。


「怪我をして泣いているか弱いデリアを心配する素振りを見せた俺は、デリアを盾に取られれば逆らうことは出来なくなる。なにせ、花も恥じらう乙女なデリアだ。傷一つでも付けたくないだろう? そこに付け込んで、俺をいいように操ろうとしたんだろうな」

「あは、は……デリアを人質にしてヤシロを操ろうって? ……聞いてるだけで胃が痛くなるような作戦だね」


 エステラが胃を押さえて頬を引き攣らせる。


「それで、どうするの? あの暴漢たちは全員牢屋に入れておくかい?」

「いや、あいつらは返してやろう」


 どーせ、昨日ウィシャートに雇われたどこかの区のゴロツキどもだ。

 捕まえたところで、食費がかかるだけでメリットは何もない。

 このクズ連中は更生なんか絶対しないし、エステラがこいつらを苦しめるような厳罰を下せるとも思えない。

 中途半端に拘束して、適当な罰を与えて野に放つなら、もっと効果的な利用方法を採用したい。


「デリアのスペシャル体操を今日一日みっっっっっっちりやってもらって、雇い主のところへ帰ってもらおう。きちんと報告してもらうためにも、な」

「うわぁ……ご愁傷様」


 ドアの外に転がるゴロツキどもに同情の視線を向けるエステラ。

 ロレッタも青ざめている。


「このまま連中が行方知れずになれば、『オオバヤシロが守った』と思われるだけで脅威はなくならない。だが――」

「人質にしようと思ったデリアに返り討ちに遭ってヘロヘロになって帰ってくれば、向こうは驚愕するだろうね」

「理解が及ばない者を相手にする時、人の心には躊躇が生まれる」


 うまくいくはずの作戦が思いも寄らない大失敗をした時、人は続けて同じ作戦を立てにくくなる。

 つまり、オオバヤシロを利用して港の利権に食い込もうという目標は取りに行きにくくなる。


「当分は動けなくなるさ。人質にお誂え向きなか弱いデリアに返り討ちに遭うような訳の分からない区にはな」

「予想ですが」


 ナタリアが、ウィシャートの行動を予測して説明してくれる。


「ミスター・ウィシャートは『精霊の審判』対策のため、執事ですらない側近の誰かに命じて面識のないゴロツキに今回のことを依頼したのでしょう。『デリアという女性を誘拐せよ』と。か弱い女性だという情報くらいはあったかもしれませんが、所詮は人を介しての依頼。ヤシロ様やデリアさんの関係を調べ上げて慎重に作戦を練るようなことは出来ず、ゴロツキたちはただ『デリアさんを誘拐する』というミッションを受け実行した――そのデリアさんがどのような女性かも知らずに。といったところでしょうか」


 概ねその通りだと思う。


 そして、今日の夜にでも連中は思いがけない事実を突きつけられるのだ。


「しばらくは、俺たちのことを嗅ぎ回る輩が増えるかもしれん」

「領民には注意を促しておくよ。領民の個人情報をみだりに口外しないように」


 エステラがそう約束をし、早朝のミーティングは解散となった。


 その後は、始まった港の工事を軽く見学して、昼過ぎに昼寝をして、夕方デリアのところを訪れた。

 ゴロツキ四人は血の気のまったくない真っ白な顔をして地面に転がっており、『デリア』と囁くだけで「ひぃいいい!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃいい!」と泣いて土下座するくらいにまでオメロ病を発症していた。


 これをウィシャートのもとへ届けてやれば、あいつもちょっとは考えるだろう。



 スズメバチの巣を突くような危険な行為は、するべきではないってな。






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