281話 式典の後には -2-

 街門を入り四十二区へ戻ったところでエステラが閉会宣言をし、式典は終わった。

 それからしばらくの間、エステラはルシアやマーゥルに守られながら他区の領主からの質問攻めに対応していた。


 新たな街門。

 そして新たな港。

 知らない者も多かったが、ニューロードも開通している。


 四十二区は、新たな流通路としてその機能を盛大に発揮してくれるだろう。

 領主どもにしてみれば、聞きたいことはいくらでもあるだろう。


「よろしければ、これからそのニューロードというものを見学させていただけますかな?」

「それでしたら、私がご案内いたしますわ。元は私の館の敷地であった場所に出ますのよ」


 エステラの前にぐいぐいと詰め寄っていたオッサン領主の前に、マーゥルが優雅に体を割り込ませる。

 マーゥルを見て、一瞬オッサン領主の顔が引き攣る。

 あの年代なら、マーゥルのことを知っているのだろう。あからさまに狼狽している。


 あの近辺の領主はゲラーシーが生まれた時に喜んだだろうなぁ。

 マーゥルとやり合わなくていいなんて、朗報以外の何物でもないからな。


 だが、ゲラーシーがあまりにもお粗末過ぎたせいでトラブルを起こし、現在はマーゥルが前面へしゃしゃり出てきている状態だ。

 近隣区の領主にしてみれば、「ゲラーシーのバカっ! もう知らない!」な感じかもな。


「今はゲートの周りも華やかになって、なかなか見物ですのよ」

「さ、左様ですか。それは、是非拝見したいものです、な。あは、あはは」


 盛大に笑顔を引き攣らせるオッサン領主。

 どことなく、暴力的な団の人に「事務所こいや」って言われた一般人みたいに見えるのは気のせいだろうか。


 ニューロードへの出入り口を、マーゥルは『ゲート』と呼ぶようにしたようだ。

 四十二区では『入り口』とか『洞窟』って呼んでるけどな。

 二十九区側の出入り口は、地下鉄の入り口のように下り階段になっているので、そんな呼び名がしっくりくるのかもしれない。


 ゲート周りは、マーゥルが指名した二十九区の土木ギルドの者たちによって美しく変貌している。

 足下にはレンガを敷き詰め、至るところに美しい花を植え、近くの川を引き入れて小さな川を作ってある。

 休憩にはもってこいの美しい公園のようになっている。


 マーゥルご自慢の庭園には劣るが、誰でも気軽に見に行ける場所としては、かなりグレードの高い緑の公園だ。


 二十九区にも腕のいい大工がいるんじゃないか――と思ったら、連中は植物関連や庭造りに特化した者たちらしい。

 そういえば『大工』じゃなくて『土木ギルドの者』って言ってたっけな。


 マーゥルの庭園の移動にも一部貢献していたとか。

 木とかも多いしな、マーゥルの庭園は。


 チラッと見に行ったことがあるが、立派な生け垣が公園を取り囲んでいて壮観だった。

 ……で、その生け垣を利用して、何も知らない一般人がうっかりマーゥルの館の方へ足を向けないようにしてあった。

 芸が細かいというか、用心深いというか。

 身持ちの堅いお嬢様だこと。まかり間違っても自分のテリトリーには踏み込ませないって姿勢はさすがだ。


「そうだわ、みなさん。是非歩いて向かいませんこと? 四十二区の街道は美しく整備されていて、歩くととても気持ちがいいのよ。ね、そうしましょう」

「うむ! そうしよう!」


 マーゥルがそんな提案をし、ドニスがいの一番に食いついた。

 お前は、マーゥルと一緒に歩きたいだけだろうが。


 他の領主たちは嫌そうな顔をしたが、マーゥルとドニスに反発するのはちょっと……みたいな顔をしている。

 領主どもはこの会場まで馬車で乗り付けていたからな。

 歩くのがほとほと嫌いなのだろう。


「その途中で、私――」


 言いながら、マーゥルがこちらへ視線を向ける。


「――お話を聞きたいこともあるし、ね?」


 俺を見てる俺を見てる俺を見てる!

 あの怖いオバサンが俺のことめっちゃ見てる!?

 なに!?

 俺、なに聞かれるの!?


「うむ。ワシも気になっておったところだ。ヤシぴ……事情に詳しそうな者に説明を受けたいと思っていたのだよ」


 ドニスもこっち見たぁー!?

 なんだよ、二人して?

 おっかねぇな。


「たぶん、あれのことだよ、ダーリン」

「あぁ~、アレねぇ☆」


 メドラとマーシャにはなんの話か分かっているようだ。

 そんな中、ハビエルだけは「ワシは知ってるもんね~」みたいな余裕フェイスを晒してる。


 こいつらが知らなくてハビエルが知っている、街道の途中にあるモノ……


「妹たちの秘密の水浴び場のことか?」

「そいつはどこにあるんだ、ヤシロ!? 教えろぉぉお!」

「あぁーっと、ハンドアックスが滑りましたわっ!」


 全力の殺気を纏った一撃を、ハビエルが間一髪かわす。

 ……今の、よく回避できたな。


「外壁近くのハムっ子農場で畑仕事をしていた妹さんたちが泥だらけでしたので、ワタクシがお風呂を貸してあげたのですわ。そうしたら、ほぼ毎日借りに来るようになって……まぁ、ワタクシが使わない時間ですから構いませんのですけれど……長女さんには是非『遠慮』という言葉を覚えていただきたいと思っていたところですわ」

「はわゎっ、ご、ごめんなさいです、イメルダさん!? ほら、妹たち! ちゃんと謝るですよ!」

「「「「いつもありがとー、イメルダおねーちゃん!」」」」

「……まぁ、好きなだけお使いなさいまし」

「きゅんときてんじゃねぇよ」


 お前もガキには甘いなぁ、イメルダ。


「でかした、イメルダ! ワシもその水浴び場を使……」

「おぉーっと、デビルアックスが滑りましたわ!」

「なに、その禍々しい斧!? ウチにそんなのあったっけ!?」


 人間離れした動きで呪いの斧の一撃をかわすハビエル。

 ……喰らえばいいのに。


「そ~じゃなくってね☆」


 脱線した話をマーシャが軌道修正してくれる。

 マーシャが指差す先に聳えていたのは――あぁ、なるほど。アレか。


 そんなわけで、俺たちは街門前の広場を離れ、街道を少し歩いて、大衆浴場の前へとやって来た。


「これは大衆浴場と言いまして、誰でも気軽に入れる大きなお風呂の施設なんです」


 エステラが領主たちの前に立って説明をしている。

 どいつもこいつも、天高く聳える煙突を見上げて口をぽかーんと開けている。


 あぁ、やっぱり書いておけばよかったな、『見よ、これがトルベック工務店の技術だ』『→そんなトルベック工務店がリフォームした陽だまり亭はあちら』って。


「風呂だと? 庶民が風呂に入るのか?」

「はい。我が区では、みんなが大切な仲間、友人であると思っています。ですので、貴族や庶民という垣根は取り払っているのです」


 貴族でもない庶民が風呂に入るのかと驚くどこぞの領主に、エステラは笑顔で応答する。


「よろしければ、体験されてみますか? 本日に限り、みなさんの貸し切りにしても構いませんよ」

「いや……」


 どこぞの領主は苦い顔をして周りにいる者たちを見回す。


「大勢の者に肌をさらすなど……」

「じゃあ、ワシは入れてもらおうかな」

「ワシも興味があるな」


 ハビエルとドニスが大衆浴場に興味を示す。


「私も入ってみたいな。いいかね、エステラ」

「もちろんです、オジ様」

「デミリー。番台で使い切りシャンプーもらえるぞ」

「必要ないって分かるよね!? 分かってるよね、オオバ君!?」


 いやほら、もらえる物はもらっておくってタイプかと思って。


「ワシはもらおうかな」

「DD! シャンプーのし過ぎは毛根を痛めますよ? いいんですか!?」


 貴族の間では、洗髪は普通の行為らしい。

 風呂があるって、やっぱアドバンテージあるよな。デリアなんか「しゃんぷぅ?」って小首を傾げていたのにさ。


「あら、じゃあ私も入っていいのかしら?」

「なっ、なななっ!? そ、それはまずいのではなかろうか、ミズ・エーリン!?」

「大丈夫ですよ、ミスター・ドナーティー。大衆浴場は、当然男女で別の建物になります。濡れ髪を見られるのが気になるなら、馬車を入り口の前に着けることも可能ですから」

「そ、……そうか。なら、……うむ」


 なんで一緒に入れると思い込んだんだよ、このエロジジイ。

 最後の一本毛引っこ抜くぞ。


「でも私、馬車は持ってきていないわ」

「で、でで、では、きゅ、旧知の仲であるワシの、ば、馬車に…………いや、馬車を貸そう」


 一緒に帰ろうとは、言えなかったらしい。

 髪の濡れた女性と密室で二人きりはマズいんだっけ?


「それじゃあ、一度ニューロードを見て、それからここへ戻ってきましょう」

「私もこちらの風呂に入るのは初めてだな。期待を裏切る出来であれば承知せぬぞ、カタクチイワシ」

「クレームはウーマロに言え。トルベック工務店が作ったんだから」


 そう言うと、またざわっと空気が波立つ。

 トルベック工務店の悪評を聞いて信じ込んでいる連中が驚いているのだろう。

 こんなとんでもない建造物を建てたウーマロたちの技術に。



 そんな領主のわがままを聞き入れ、俺たちはニューロードの見学会をした後で、来賓限定の貸し切り大衆浴場へ入浴した。

 ……なんで俺まで。


 多くの領主は「他人と風呂になんて」と帰っていったが、顔見知りの領主たちは「四十二区が始めたことには興味がある」と入浴していった。


 男湯には雄々しい武人の彫刻と荘厳な幻獣の彫刻、そしてやっぱり雪だるまの彫刻が聳え立っていた。

 ヨーロッパのどこか古い町に立っていたら観光客が世界中から押し寄せてきそうな巨大さと荘厳さ。


 あぁ、そうか。

 ウーマロたちの陰に隠れてうっかり見落としていた。


 ベッコのヤツも、常人離れした仕事してんだなぁ。






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