281話 式典の後には -1-

 いろいろ含むところはあるだろうがそれらすべてを飲み込んで、式典は再開された。

 飲み込んだとはいえ、消化できるかは知らんけどな。


「それでは、四十二区領主エステラ・クレアモナ。三十五区領主ルシア・スアレス様。カワヤ工務店代表オマール・カワヤ様。トルベック工務店代表ウーマロ・トルベック様によります、着工式を執り行いたいと思います。みなさま、前へお願いいたします」


 エステラのところの給仕が各代表を呼び込む。

 エステラのところの給仕なので、エステラだけ呼び捨てなのだ。平社員といえど、他社の者がいる前では社長に敬称を付けないのと同じだな。


 つーか、三十五区の大工代表はオマール・カワヤって名前なのか。

 ルシアの館で見かけたあいつなのだが……『おまる』も『厠』もどっちもトイレじゃねぇか!?

 え、なに? トイレ専門店?


「ふざけた名前しやがって」

「うんうん。エビみたいだよね☆」


 マーシャにとってはそうかもな。

 ……いるんだ、オマールエビ。


「先代は、アモール・カワヤって名前だったんだよ☆」

「トイレ愛しちゃった!?」


 なに?

 親父の名前を一文字もらって~みたいな発想?

 面白一族か!?


「腕はいいんだよ~。船の修繕もやってもらったことあるし☆」

「マーシャとは繋がりが深い大工なんだな」

「うん。港関連はカワヤ工務店が取り仕切っているからね☆」


 マーシャが信頼を寄せている連中なら、まぁ、安心していいだろう。



 簡素な椅子が並べられた簡単な式場。

 領主たちは座っているが、俺たちはその後方にずらっと立っている。

 前に出た四人がスコップを土に突き刺したら終わる程度の式典だ。そこまで豪華に作り込むほどのことじゃない。


 豪華な観客席を作ったら、工事の前に撤去作業が増えちまうからな。

 これでいい。


 ……で、俺たちが立っているのは分かるのだが。


「なんで三人揃って俺の周りにいるんだよ……」

「ダーリンの身に何かあったら困るからね!」

「私は、メドラママに守られてる真っ最中~☆」

「ワシも、向こうはくたびれたんでな。こっちで気軽に見せてもらうぞ」


 メドラにマーシャにハビエル。

 三大ギルドと言われる狩猟ギルド、海漁ギルド、木こりギルドのギルド長が三人勢揃いだ。

 ……圧がすげぇよ。


 盛り上がった筋肉!

 張り出したおっぱい!

 鋼のような筋肉!

 マシュマロのようなおっぱい!

 鍛え抜かれた筋肉!

 磨き抜かれたおっぱい!


 ギルド長ってやっぱり格が違うなぁ。


「筋肉とおっぱいを行ったり来たりしてんじゃねぇよ、ヤシロ」

「視線の話か?」

「頭ごと動いてるよ、お前は……はぁ。少しは隠せよ」

「ほぅ、ハビエルはチラ見せが興奮する派か」

「おっぱいの話じゃねぇ! お前の性癖の話をしてんだよ!」

「お静かになさいまし、お父様。式典の最中ですわよ」


 たたんだ扇子でぴしりとハビエルの肩を叩くイメルダ。


「それから、ヤシロさんの性癖の話でしたら、それは結局おっぱいの話ですわ!」

「お前も静かにしろよ」


 こんな、面識もないに等しい領主が大勢いる中で、年頃の淑女が「おっぱいの話ですわ!」なんて叫ぶんじゃねぇよ。

 お嫁に行けなくなっても俺の責任じゃないからな。


「ヤシロ様」

「んぉおうっ!? ……ナタリアか」


 ぬっと背後から現れたナタリア。

 だから、気配出して! 怖いから!


「静かにしないと、領民の女性すべてにさらしを強要する『ぺったんこ月間』を導入すると、エステラ様が」

「うん、ごめん、もうしゃべらないから全力でやめて」


 領主の権力怖ぇ……

 お貴族様の怒りは恐ろしい。


 少々騒ぎ過ぎたようで、前方の簡易的な椅子に座っている領主たちがちらちらとこちらを振り返って見ていた。

 さすがというかなんというか、俺とがっつりやりあった『BU』の連中は動じていない。

 というか、なんか呆れられているような……うわっ、ゲラーシーが「やれやれ」的なアメリカンなジェスチャーしてやがる。

 今度ウーマロを送り込んで、他所の大工に修繕させた蔵の粗探ししてやろっと。


「ヤシロよぉ、お前はどこにいても目立つよなぁ」

「お前ら筋肉が集まってくるからだろうが……だが、今回に限ってはわざとやっている部分もある」


 さて、ヤツの目にはどう映るだろうか。

 多くの領主が自らの足で話をしに集まってきた俺は。

 三大ギルド長と仲良くしゃべっているこの俺は。

 ――どう見えているんだ? ん?



「それでは、代表者の皆様。御着工ください」


 給仕の言葉に、エステラたち四人が各々手にしたスコップを柔らかい土へと突き立てる。

 その瞬間、会場から拍手が巻き起こる。


 これにて着工式は終了だ。


 たったこれだけのことのために随分と気疲れさせられた。

 四十二区内だけの話なら、もっとすんなり進んだろうに。

 大衆浴場の工事がこのペースだったら、あと半年くらいは完成が延びたろう。

 想像しただけでうんざりするな。


「以上を持ちまして、港の着工式を終了いたします。領主の皆様は狩猟ギルド、木こりギルドの者たちを伴いまして、安全にお戻りください」


 給仕が説明をし、順序よく領主を帰していく。

 ハビエルが先頭を歩き、メドラが殿を務める。

 対魔獣の護衛はこれで万全だろうが、一般人に紛れ込んだ暴漢となるとその限りではない。

 なので、領主と一般人の間は広くあけて帰路に就くことになる。


 ……だというのに。


「さぁ、ヤシロ。帰ろうか」

「なんでエステラがこっちにいるんだよ」


 お前は責任を持って先頭で帰り、門の中で戻ってくる領主を出迎えるべきだろうが。

 お前より先に帰った領主は「このあとどーしたらいーんだろー?」状態になるぞ? いいのか、それで?


「じっくり話を聞かせてもらおうじゃないか」


 絶対離すまいとがっちりと腕を組んでくるエステラ。

 お前それ、『緊張しながら大舞台を乗り切ったんだから、甘えさせて~』に見えてるぞ、絶対。


「話すまで離さないからね」

「こっちこそ、離すまで話さねぇぞ」


 どんなに体を寄せてもヒジに当たらない腕組みなど、ただ歩きにくいだけだ。

 こんなもん、全然嬉しくともなんとも……くっそ、今日は領主モードだからことさらいい匂いさせてやがるな、こいつ!?

 なんの香りだ、それ? 『深窓のお嬢様の香り』とかいう名前で売ってるの、その香水?


「エステラ。仲が悪い風を装えって言ったの、伝わってるか?」

「もちろん。だからボクは、君を糾弾するためにここにいるんだよ。さぁ、白状したまえ!」

「誰がお前を、ここまでポンコツにしちまったんだろうなぁ……」


 俺じゃねぇぞ、絶対。

 こいつのポンコツは先天性のものだ。

 生まれながらにその素質を持ち合わせていたんだよ、こいつは。


 だが、まぁ、だからこそ扱いやすい。


 あの状況で――俺が他の領主やギルド長と親しげにしている中で、「お前とは仲悪いていでいくから」なんて言われたら、エステラならその不満がはっきりと表情に表れて、盛大な膨れっ面で俺を睨み続けると思っていた。

 それは、傍から見れば『話したいのに立場上話しに行けない』風に見え、そんな男女の関係はより親密に見えてしまうものだ。

 人目がなければすぐにでも話しに行ってるんだろうな――ってな。


 そう思わせることで、『エステラの周りには、どうやら厄介で手強い守護者がうろついているようだ』と領主どもに思わせられるだろうと、そう思っていたんだが……

 まさか、ここまであからさまに寂しがるとはなぁ。

 ほっぺたぱんぱんじゃねぇか。ロレッタか、お前は。



 けどまぁ、これはこれで好都合だ。



「…………」


 立ち去り際、ウィシャートがこちらを見ていた。

 怒り顔ながらも俺に接触するエステラと、なんだかんだ言いながらそれを振り解けない俺の関係を。


 あいつの目にはこう映っているだろう。




『あの男が、新米領主と三大ギルド長やルシアたち厄介な領主を結びつけたのだな』と。




 エステラが、全幅の信頼を寄せているように、ヤツの目には映っているだろう。

 情報の秘匿に関しても、俺がしゃしゃり出たことで『俺が指示してワザと情報を開示させなかった』と映っているだろうし。

 これまで、俺が参加していなかった会談では優位に立てていたのに、今日でそれがひっくり返された。これ以上、利権に絡んで工事の妨害が出来なくなった――と。そう思っているだろう。

 まぁ、妨害はまだしてくるだろうが、今までのような『上位領主からの圧力』を見せつけて妨害してくる戦法は取れまい。


 四十二区に粉をかけるには、まず邪魔になる存在を消さなきゃいけない、よな?


 そして、そんな俺の弱点はもう見せてやったよな?

 それを見落としていたならお前はその程度だし、もしまんまと食いついたなら、俺の釘はヤツの喉元に深く突き刺さることだろう。


 手出しはさせねぇよ。

 この街にも、この街の領主にも。


「…………」


 ……この街を詐欺にかけておいしい思いするのは、俺の役目だからな。

「こいつを倒すのは俺だ、手を出すな」的な感じのアレだ。


 ……ちっ。そんなことを言う敵キャラって、結局いいヤツなんだよな。

 俺は違うけどな。

 全然違うけどな。


「ほら、なに一人で考え込んでるのか知らないけど、さっさと帰るよ」

「ジネット~、引っ付き虫とって~」

「はぁ~い。くすくす」


 しがみつくエステラをジネットに押しつけ、「俺は気に入らないヤツを潰したいのであって、こいつらを守るのが主目的じゃない」と自分に言い聞かせながら、帰路に就いた。






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