276話 式典に向けて遂げる変貌 -2-

「ふむ。化けたな」


 なんともあっさりとした感想を寄越してくるルシア。

 無遠慮に頭の先からつま先までをじろじろ眺めて、「上出来だ」と素直に称賛をくれる。


「もっと笑い転げるかと思ったんだが」

「笑わせたいのなら、もっとユニークなメイクをしてくるのだな」

「でなきゃ、ぽぉ~っと見惚れるとか」

「誰が貴様になど。百年早いわ」

「そっか、ルシアってジジ専なんだな」

「そーゆー意味ではないわ!」


 港の恩恵を受ける三十五区は貴族界隈ではうま味のある区のようで、そこの女領主であるルシアには求婚がひっきりなしに来るのだそうだ。

 最近は落ち着いたなんて言っていたが、今もゼロになったわけではないのだろう。

 行く先々で小綺麗な男に言い寄られ、それを袖にし続けているルシアにとって、格好だけを小綺麗に仕立て上げた男など取るに足らない存在なのだろう。


 目の肥えたお嬢様にとっては、この程度の男は掃いて捨てるほど身の回りに溢れているってことか。

 まぁ、おかげで冷静な判断をしてくれそうだ。


「新しいそのスーツは、貴族らの好む毒々しいほどの飾りがなくてスッキリしている。好感が持てるぞ」

「ウクリネスに伝えとくよ。ルシアの太鼓判だってな」

「あら、じゃあ私も一ついいかしら」


 言いながら、マーゥルが俺の上着の裾を摘まむ。


「ここの部分はもう少しシンプルにした方がいいわ。確かに貴族はこういう広がったりひらひらしたものを好むけれど、これは貴族用の衣服ではないのだし、ヤシぴっぴたちに似合うようにした方がいいと思うの」


 確かに、装飾過多であると俺も思う。

 そういう意味を込めて、胸元についている装飾のためだけに取り付けられている紐やら飾りボタンを摘まんで言う。


「この辺もいらないよな?」

「それはいるわよ」

「そういうものが威厳を見せるのだ。なくせばみすぼらしくなるぞ」


 ん~……伝わらないかぁ。

 言うなれば、これでもかと肩パットの入ったスーツを着せられて、「その方がウェストがスマートに見えて素敵ですよ」とか言われてる気分だ。

 いや、スマートの前に肩パットデカ過ぎない!? みたいな、な。


「いい格好だな、オオバ」


 リカルドが口角を持ち上げながらやって来る。


「口さえ開かなければ、貴族に見えるぞ」

「口を開けば王族に見えちゃうってか?」

「はっはっはっ! 貴様のような王族がいて堪るか」

「分かんねぇぞ~? 王女様に見初められて、王族の仲間入りしちゃうかもよ?」

「ふん。貴様がそんな人生を選ぶかよ」


 一生遊んで暮らせるなら、選択肢には入るっつーの。


「貴様には四十二区が似合っている。ここにいて、俺やエステラと新しい事業を興しているのがお似合いだ」

「いや、エステラとはやるかもしれんが、お前とはもうないぞ」

「なんでだよ!? 素敵やんアベニューも完成間近だし、そろそろ次のことを始める頃合いだろうが!?」

「自分のとこでやれ!」


 なに、その待ちの姿勢!?

 なんで俺がお前のために知恵と体力を使わなきゃいけないんだよ。

 何か始めたいなら、自分で動け。


「お前らは着替えないのか?」

「式場のそばの家屋を借りて着替えることになっている」

「そばの家屋? ……あぁ、NTAか」


 なんかやる時にとりあえず集まる場所だな。


「どんな服だ。ハーフパンツにタンクトップか?」

「なんでそんな露出が多いんだ!?」


 それでリュックでも背負ってよ、「ぼ、ぼくは、おにぎりが好きなんだな」とか言えばいいのに。


「まぁ、俺の肉体美は正装に匹敵するって言いたいのかもしれんが――」

「いや、言いたくないが。言いたいわけがないが」

「男なら憧れちまうよなぁ、分かるぞオオバ!」

「ちっ、面倒くさいスイッチを押しちまったみたいだ……」


 この筋肉信者め。

 俺はそんなもん信仰してねぇから。

 適度にあればいいんだよ、筋肉なんぞ。


「マーゥルたちもNTAで着替えるのか?」

「バカなことを申すな、ヤシぴっぴ!」


 マーゥルに声をかけたら、なんでかドニスに詰め寄られた。

 デカいデカいデカい!

 お前、無駄に背が高くてガタイがいいから早足で近付いてくんじゃねぇよ。

 圧だけで言えばリカルド以上だからな?


「貴婦人が男と同じ場所で着替えなど出来るわけなかろう! 万が一のことがあったらどうするつもりだ!?」

「もし覗きが発生したら、俺、犯人すぐ捕まえられるけど?」

「ばっ……覗きなんかするわけないだろ~怒るぞ~こら~」

「なんでそんな小声なんだよ……」


 めっちゃマーゥルを意識しながら小さぁ~い声で抗議してくるドニス。

 ちょっと想像してんじゃねぇよ。耳、赤くなってんぞ。


「ミズ・エーリンたちは、領主の館を借りる予定だそうだ」


 そっかそっか。

 気になっちゃって、事前に確認してたのか。

 ……好きなオバハンの着替え場所を事前に確認してんじゃねぇよ、危険人物め。


「それなんだけれどね、エステラさんの館は遠いでしょ? 式典の会場とは逆方向だし」


 確かに、エステラの館から街門までは結構距離がある。

 オバハンの足にはつらいかもしれない。……まぁ、このアグレッシブなオバハンは足腰の衰えなんか無縁なんだろうけれど。


「だからね、ここで着替えさせてもらえると助かるわ」

「うむ、私もジネぷーの部屋を借りるつもりでいたのだ。マーゥルもご一緒しようではないか」

「まぁ、店長さんのお部屋に入れるの? 楽しみだわ~」


 本人が居ないところで勝手に話が決まっていく。

 ジネットが「は? イヤに決まってんだろヴォケが!」とは言わないだろうし、それで決まるんだろうな。


「あら? そういえば店長さんは?」

「……店長は今着替え中。店長が済めばマグダを着付ける予定」

「その次はあたしです! 店長さんに可愛く仕上げてもらうです!」

「あらあら、そうなの? ならちょうどいいわ。私が貴族のオシャレを教えてあげる」

「ホントですか!? それは嬉しいです!」

「……マグダは、ワンランク上の可愛さを手に入れる」

「じゃあ、そうねぇ……ロレッタさん。悪いけれどシンディを呼んできてもらえるかしら? もう準備は出来ているはずだから」

「任せてです! 帰りは負ぶって全速力で戻ってくるです!」


 言うが早いか、ロレッタは陽だまり亭を飛び出していく。


「マグダちゃんは、店長さんのお部屋に行って、私たちが入ってもいいか、確認してきてくれるかしら? ご迷惑じゃないなら、お手伝いがしたいわって」

「……任せて。店長も、もう一段可愛くなるべき。話を付けてくる」

「それじゃあ、行きましょうか、ルシアさん」

「うむ。では参ろう」


 ルシアがマーゥルをエスコートするようにして歩き出す。

 ギルベルタが急いでその後に続く。


「それでは、我らもそろそろ準備をしに行くとしよう。イネス」

「はい。控えております」


 呼ばれるのを待っていたのか、イネスが陽だまり亭のドアを開けて入ってくる。

 そして、俺をジッと見つめて。


「素晴らしいです」


 と、短い称賛をくれた。

 運動会で、すっかり打ち解けてくれたようだ。


 ゲラーシーに続き、リカルドとドニスが出て行く。

 ドアの向こうに爺が二人立っていた。

 こいつらの執事も外で待機していたのか。入ってくればいいのに。


「ハビエルはどうするんだ?」

「むろん、イメルダのところで着替えるさ」

「近いもんな」

「あぁ。ついでにメドラにも部屋を提供する予定だ」

「あぁ、あの加工場か」

「そこまでデカくなくても着替えられるだろう、さすがに!?」


 いやいや、メドラだぞ?

 着替える間際に巨大化したって俺は驚かない。


「ダーリン、アタシの晴れ着、楽しみにしていて・NE☆」

「露出ありませんように露出ありませんように露出ありませんように」


 是非とも、直視に耐え得る範囲に収めてほしいものだ。


 そうして、ハビエルもメドラと共に陽だまり亭を出て行った。


 ……で。


「エステラ」

「……え? あ、な、なに?」


 ずっと放心してたな、お前。


「気絶するほど似合ってないか、この服」

「そ、そんなことないよ。うん。いい……と、思うよ」


 慌てて視線を逸らし、チラッとこちらを見て、また視線を外す。

 ……やめろ。

 背骨がむずむずする。


「エステラ。おっぱいと一緒でチラ見よりガン見した方がバレないぞ」

「バレるよ!? おっぱいガン見は全員が気付くから!」


 と、ようやくいつものこいつらしい顔を見せる。

 そんなに変化ないだろうに。


「お前なら、『似合わない』って指差して笑うかと思ったぞ」

「うん、似合わなければそうしてやるつもりだったんだけどね」


 ……にゃろう。


「悔しいかな、すごく似合っているよ」


 それはとても無防備な笑みで、不覚にもちょっとドキッとしてしまった。


「ホント、ヤシロは性格をひた隠しにすれば貴族にだって見えそうだね」

「ひた隠さないと顔ににじみ出してくるってか?」

「ほら、口を開けばあくどい顔になる。ま、その顔の方が落ち着いちゃうボクも大概だけどね」


 あははと笑うエステラ。

 なんだか、いつもよりちょっと素直じゃないか?


「今日も頑張ろうね」


 唐突にそんなことを口にする。

 なんか調子狂うなぁ。


「あぁ。適度にな」


 人が減って静かになったフロアで、エステラと見つめ合う。

 二人きりじゃないんで、おかしな空気にはならないけどな。

 ナタリアもいるし、何より――


「エステラ」

「ん?」

「トレーシーが腰に巻きついてるけど――」

「あはぁ……よく見知った異性の友人の素敵な変貌に思わず放心してしまうなんて、なんて無垢でピュアで純真なのでしょう……エステラ様……尊いですっ!」

「――気付いてるか?」

「あぁ……うん。この感じもね、慣れるとなんとか平静を保てるようになるもんだよ」


 盛大に引き攣った顔のまま、エステラはナタリアを引き連れて館へと戻っていった。

 あいつも着替えがあるしな。


 当然、トレーシーはエステラについていった。






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