276話 式典に向けて遂げる変貌 -1-
「ふぉぉ……」
「……こ、これは」
日が昇り、教会への寄付を終えた後、なんでか式典までの待機所のようになっていた陽だまり亭で一応営業を開始し――と言っても、領主やギルド長が
……正直、似合いもしないこんな格好で人前に出るのは躊躇われたのだが。
部屋に閉じこもっているわけにもいかず、思いきって部屋を出ると、廊下にロレッタとマグダがいた。
で、最初のような声を漏らしたわけだ。
「お兄ちゃんが、なんだかきらきらしてるです!」
「……光のヤシロ」
「待て、マグダ。じゃあなにか? 俺は普段闇属性なのか?」
そりゃ確かに、普段はあまり目立たないように日陰者に徹しているけどさ。
詐欺師が目立ちまくるなんてナンセンスだからな。
存在を消し、目立たず、誰にも顔を覚えられない。そういうのが詐欺師の基本スタイルなのだ。
……なのになんで俺はことあるごとに人前へ引っ張り出されてるんだ?
エステラのヤツ、俺がこの街で詐欺師を開業するのを妨害してんじゃねぇだろうな?
「お兄ちゃん、髪の毛を固めると本当に王子様みたいです」
「あぁ、眠ってる姫様にベロチューしまくるヤツな?」
「そんな危険な王子様いないですよ!?」
いや、少なくとも、俺は二人知ってるぞ。
白雪姫と眠りの森の美女の王子たちだ。
どっちの王子も、姫が眠っていることをいいことに、合意も得ずにぺろぺろむっちゅ~んとやりたい放題やりやがったのだ。
チューの前におっぱいを一揉み二揉みくらいしているかもしれない。
いいやきっとしている。
俺ならする!
「乳を揉んで、ベロチューして、結婚するんだろ?」
「順番メチャクチャですよ!?」
「王子は権力があるから、いざとなったら揉み消せるしな」
「お兄ちゃん、いい加減不敬罪で捕まるですよ!?」
事実だろうが。
「ちなみにこれは、俺の故郷で幼い子供たちに語り聞かせる物語の話だ」
「何を語り聞かせてるですか!? だからお兄ちゃんみたいな大人に育っちゃうですか!?」
「ほーぅ、随分な言い草だな、ロレッタ?」
「いひゃい! いひゃいれふ、おにーひゃん!? 頬袋、ひろげないれれふ!」
口を真横にむにーんと引っ張ってやった。
意外と伸びなかった。
俺と同じくらいか、若干柔らかいくらい……要するに普通だった。
「普通頬め」
「頬にオモシロ属性求めないでです!?」
なんて、ロレッタが面白おかしく騒いでいる間、マグダはじっと俺を観察していた。
「なんだよ? そんなに変か、俺の顔?」
「……逆。今日のヤシロはカッコいい」
おぉっと、なんだかさらっと褒められた。
「……ただ、マグダは少しくらい影がある方が好みなので、ここまで光属性は出ない方が好ましい」
マグダは影がある男が好きなのか。
残念だったな、ウーマロ。
あいつ、影なんかないし。出来ないし。いっつもノーテンキに笑ってるしな。
「……ただ、店長が心配」
「あぁ、店長さんは……」
マグダとロレッタが視線を交わす。
ジネットが俺の格好を見てどうにかなるってのか?
別にどうにもならねぇよ。
まぁ精々「よく似合いますね」とか言って、にっこり笑うくらいだろう。
エステラなら、指を差して笑い転げるかもしれん。
あまり腹を立てないように、心づもりをしておこう。
「じゃあ、下に降りるか」
「はいです! みんなに見せてあげるです! 光のお兄ちゃんを!」
「……拝観料を徴収することも可」
需要がねぇよ。
そんな軽い気持ちで中庭へと降り、廊下を通って厨房へと入る。
「ジネット、ちょっといいか?」
「あ、は~い!」
いつ食べる料理なのか、何かの下拵えをしていたジネットが包丁を持ったまま顔をこちらへ向けた。
その瞬間、包丁がぽとりと落下した。
「危ねぇ!?」
咄嗟に駆け出して包丁をキャッチした。
お前、あのまま落ちてたら足に刺さってたぞ、絶対!?
「ジネット、気を付けないと危ねぇだろう、が……」
「…………」
ジネットが固まっている。
目をまん丸くして、瞬きもしないでこちらを見ている。
お~い?
ジネット?
電池でも切れたか?
「そんなに変か?」
「いえっ、素敵です!」
咄嗟に叫んで、「あ、いえ、今のは……あのっ」っと、両手で口を塞ぐ。
素敵……かねぇ?
「正直、似合ってはいないと思うんだが……」
「そんなことないです、よ? あの、本当に、……素敵、です」
両手で胸の真ん中をぎゅっと押さえ、若干緊張しているような上擦った声で受け答えするジネット。
いやいや、いつもと違う服を着ただけだぞ?
「……店長は、ヤシロへの評価が他人の四倍ほど良くなっている」
「若干イラッてするお兄ちゃんのふくれっ面を『可愛い』って言えるのは店長さんだけですからね!」
「へぇ~、イラッてしてたんだ~。どの辺が? この辺?」
「お兄ちゃんっ、鼻は回らないですから、ねじらないでです!? ごめんです! イラッてしてないです! もうしないです!」
鼻を解放すると、鼻を押さえて蹲るロレッタ。
一言多いんだよ、お前は。
「おっぱいは過不足ないサイズのくせに」
「……ヤシロはいつも一言多い」
なんか、ロレッタに思ったセリフが自分に返ってきた。
解せぬ。
「あ、そうだ。ほらジネット、包丁。もう落とすなよ」
「あっ、はい。あの……ありがとう、ござい、ます……」
めっちゃ照れられてる。
なんだろう……なんか複雑。
「ジネットって、こういう金持ってそうな男が好みなのか?」
「いえ、そんなことはないですよっ。ただ、あの……いつもと違うヤシロさんが新鮮だなぁ~って……というか、ヤシロさんは、どんな服を着ても似合うな~って……」
ぽそぽそと、口の中で呟くように音を漏らし、そして、祭りの熱に浮かされた一時の気の迷いとばかりに、普段は絶対言わないような言葉を口にした。
「今日のヤシロさんは、特別カッコいいですよ」
……ん。
…………うん。
そう、か…………うん。
あれ、俺、ジネットにカッコいいって言われたの、今が初めてか?
なんだろう、あんまり言われないよな、カッコいいって。
男にも女にも、大人にも子供にも当てはまりそうな褒め言葉は何度かもらったことはある気がするが……「素敵です」とか「似合います」とか。
でも、こう、男に特化した褒め言葉って、珍しい、かも?
くっ、なんでだ。
無性に照れる……っ!
「じゃあ、普段からこの格好でいようかな」
そんな俺の照れ隠しに。
「だ、ダメです!」
ジネットは咄嗟に食いついて――
「普段の、いつものヤシロさんが一番落ち着いて、一番いいです! いつものヤシロさんが一番素敵です!」
――熱で暴走した口がいろいろ爆弾を無差別投下していった。
お前な……抱きしめるぞ。
「…………はぅっ!?」
そして、気付くのが遅い!
「い、今のは、あの……特に、そういう意味ではなく……あの、素直な気持ちと言いますか……いえ、素直なというか、あの……そうではなくて、毎日カッコいい格好だと、ドキドキしっぱなしで大変だなと……いえ、これも違いますっ! あの、うぅ……わたしも着替えてきます!」
いろいろ暴走して、処理落ちして、思考回路がフリーズしたのだろう。
再起動まで、ゆっくりと時間をかけるといい。
……俺も再起動しに部屋に戻りたいんだが?
「あたしも、普段のお兄ちゃんが一番好きです。こういうきらきらしたのは、たまにだから価値があるです! あ、でも、普段のお兄ちゃんに価値がないって言ってるわけじゃないですよ!? ほっぺたつねらないでくださいね!?」
言わんとすることは分かるから、両手でほっぺたをガードすんな。
「俺だって同じだよ。浴衣姿や水着姿のお前らは可愛くて見ていて癒やされるが、普段からビキニや浴衣でいてほしいかって言うとそうじゃないもんな」
「……店長の水着でも、同じことが言える?」
「…………ジネットは、毎日ビキニでもいい、かも」
いやいや。
俺だけが見るならそれでもいいが、ジネットは店に立つからな。
常連客のオッサンどもにはもったいない。
やっぱり、普段通りが一番だ。
「だが、寝る時はビキニがいい!」
「……ヤシロ、否定するなら徹底的に否定するべき」
「お兄ちゃん、『ビキニでいいかも』の後に『だが、ビキニがいい』って、ビキニがいいしか言ってなかったですよ、今。まぁ、心の中で一回否定したのはなんとなく分かったですけど」
「ビキニじゃなくていい」なんて、冗談でも口にしたくない。
なので、心で思うに留めておく。
「ビキニって素晴らしいよな」
「……おそらく、心に留めておくべきセリフがヤシロの中で逆になっている」
「お兄ちゃんは建前を隠して本音を前面に出すタイプですしね」
要するに、だ。
こういう特別な格好をするとジネットは喜んでくれるが、普段通りの俺が一番落ち着けるからこういう格好はたまにでいいと。
……なにそれ、めっちゃ照れるんですけど。
なんか、褒められ過ぎてお腹いっぱいだ。
そろそろ、ルシアやエステラに小馬鹿にされたくなってきた。
ぜんざいの合間の塩昆布みたいな感じでな。
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