276話 式典に向けて遂げる変貌 -3-
ばたばたと人がいなくなり、陽だまり亭のフロアには俺一人が残った。
この時間にこの場所で一人ってのは、なんか不思議な気分だ。
いつもは大勢人がいてもっと賑やかなのに。
なんだか、夏休みに学校に行って教室に入った時のような感覚だ。
「まぁ、俺がここに来たばかりの頃は、人がいないのが当たり前だったけどな」
随分と変わったなと思った。
陽だまり亭がなのか、俺の感じ方がなのかは分からないけれど。
これで、イベント前でなければ郷愁に浸れたのかもしれないけれど……
こんな窮屈な服を着てノスタルジーもないよな。
「ヤシロー、店長ー! いるか~!」
若干の暇を持て余していると、ドアを開けてデリアが陽だまり亭へ入ってきた。
こちらをチラッと見て、ぺこっと頭を下げ、すぐに厨房の方へと向かう。
「ヤシロー! 店長ー! いないのかー?」
って、いやいや。
今、目が合ったよな?
「なに面白いことしてんだよ、デリア」
「へ? ……ぅおう!? ヤシロか!」
俺以外の誰に見えるんだよ。
「なんかマーシャがさぁ、『領主とかギルド長はきっと陽だまり亭にいるんだからぁ! も~ぅ、ズルいズルい~!』って言ってたからさ、どっかの領主かと思ったよ」
「うん、その前に。胃にもたれそうなモノマネやめてくれる?」
なんか、どんどん似てない方向へパワーアップしていくな、デリアのモノマネ。
似せる気ないだろ?
面白さを求め始めてないか?
誇張し過ぎて原型をなくしてしまう感じで。
「その領主どもは、みんな式典の準備をしに行ったよ」
「そうか。いや~、でもヤシロ、すごいなぁ」
目をキラキラさせて、俺の姿をじろじろ眺めるデリア。
「そうしてると、本当に貴族みたいだ」
「あんまり嬉しくないな、それ」
「そうなのか?」
「貴族って、性格のひん曲がったヤツが多いだろ?」
「そっかなぁ? あたいの知ってる貴族はみんないいヤツだぞ。エステラとかイメルダの親父さんとか」
デリアが知ってる貴族に限定すればそうかもしれんが、貴族というのは往々にして性格がひん曲がっているのだ。
見栄と虚勢を張ることに心血を注ぎ、他人の成功を嫉み、足を引っ張り、蹴り落として自分の地位を上げる。そーゆー連中なんだよ。
「でもまぁ、そうだな。普段のヤシロの方がカッコいいもんな。その格好もカッコいいけど」
デリアに言われると、妙な裏を感じなくて素直に受け止められる。
こいつはいいものはいい、好きなものは好きと素直に口にするヤツなのだ。
「あたいも、お姫様みたいな格好をしたら、今のヤシロの隣に並んでも変じゃなくなるかなぁ?」
ん?
見劣りとか、釣り合いとか、周囲の目なんかまったく気にしそうもないデリアがそんなことを言うなんて、ちょっとびっくりした。
「デリアも、そんなこと気にするんだな」
「当たり前だろう? あ、あたいだって……外見とか、気にするようになったんだからな」
相手に釣り合わない姿で並び立ち、自分が見劣りするのを居たたまれないとか感じるのだろうか。
自分は自分であり、他人の評価なんか気にしないタイプだと思っていた。
ミスコンの時に可愛くなりたいって言ってはいたけれど……デリアがどんどん女の子になっていく。
「じゃあ、今日はお姫様みたいな格好をしてみるか? 出席するだろ、式典」
「う、うん。式典には行くけど、さ……お姫様みたいな格好はやめとくよ。……どうせ似合わないし」
「そんなことないだろう。ウクリネスのところに行けば、きっと今からでも衣装が手に入るぞ。行ってみるか?」
「えっ!? ヤシロも一緒にか? 忙しくないのか?」
俺は別に、やることはない。
……というか、ここにいればエステラにあれこれと仕事を押しつけられそうだ。
基本的に、エステラが走り回るべきなのだ。領主の対応とか、式場の準備とか。
……けど、あんだけアクの強い面々が勢揃いしているとさすがに大変か。
「まぁ、ちょっと見に行くくらいは大丈夫だろう」
「そっか! ……ぁう、でもなぁ。あたいがお姫様って……」
「俺がこんな格好してんだ。なんだってありだよ」
「ヤシロのは似合ってるもん」
「いや、『もん』って……」
なんで急に甘えた?
俺は似合ってるけど自分はどうせ似合わないしって拗ねてるのか?
女の子だねぇ。それも小中学生くらいの純真さだ。
「大丈夫。俺がデリアに似合うお姫様にしてやるから」
「ホントか!? ……ヤシロが、そう言ってくれるなら…………着て、みようかな」
「ちなみに、もともとどんな格好で行くつもりだったんだ?」
「ん? こんな感じだけど?」
おぉう、普段着。
いや、まぁ。自分に直接関係ないイベントならそれでもいいのかもしれんが……
「今日はやたらと他所の偉いさんが多いイベントだからな、現在ジネットたちがマーゥルの手によってワンランク上のオシャレを始めているんだ」
「そうなのか!? ヤバ!? あたいだけ変な格好になるところだった!」
いや、変ではないけどな。
「もしかして、マーシャくらいすごいのを着ないといけないのか?」
「マーシャに会ったのか?」
「あぁ。外にいるぞ」
「えっ、ここの!?」
危ない危ない!
防衛準備が一切整っていないのに、普段通り外で待たせてるって!
「連れてきてくれ。今日は、マーシャが危ないんだ」
「そうなのか? でもマーシャが、『みんなが注目してる時に登場して驚かせたいの~☆』って言ってたからさ」
「喉渇くなぁ、お前のモノマネ……」
そんなことより、マーシャの身の安全を確保しなければ。
「分かった。俺が盛大に驚いてやるから、連れてきてくれ」
「分かった! でも、きっとマーシャの方が驚くと思うぞ。今日のヤシロ、カッコいいから」
そんなことを明け透けな笑顔で言って――
「あたいも、ちょっとドキッとしたし……」
――そんな、らしくない恥じらいを覗かせてそそくさと出て行くデリア。
……去り際に爆弾落としていくの、やめてくれないか?
「みんないた~?」
「ヤシロだけだ」
「えぇ~! じゃあ、もうちょっと待ってる~☆」
「ヤシロが入れって。なんか今日、マーシャは危ないんだって」
「誰が危険人物なのよ~、失礼だなぁ~ぷんぷん☆」
とかいう会話が聞こえてくる。
いや、マーシャが危ないって、そーじゃないから。
なんにせよ、無事でよかった。
なにやら揉めているので、こちらから出向くことにする。
マーシャがここにいると知れて、陽だまり亭がしょーもない暴漢の襲撃を受けたのでは堪らないからな。
「マーシャ。みんな準備してて手が離せないんだよ。待ってるうちに式典始まっちまうぞ」
「わぁっ! ヤシロ君、貴族みた~い☆」
貴族みたいは、一応褒め言葉なんだろうな。
ありがとうと礼を言っておく。
それよりもだ。
俺のオモシロゴージャスな格好よりもだ!
マーシャがドレスを着ている。
それも、随分とひらひらとした、美しいドレスを。
普通なら、水槽に入っているので水を吸って体に張りついたり、びっちゃびちゃのぐしゃぐしゃになるはずなのに、そのドレスは水と一体化しているように水の中ではゆらゆらと、水の外ではふわふわと風と水に揺らめいている。
特殊な加工がなされているのか、そういう不思議な素材なのか、とにかく『人魚が着るために作られたドレス』であることが一目で分かる特別なものだった。
「マーシャ……綺麗だな」
「えっ、そ、そう? えへへ~、ありがとう」
てっきり、褒めれば「でしょ~!」っと胸を張って見せつけてくるかと思ったのだが、照れたようにはにかんで嬉しそうに微笑んだ。
もしかしたらマーシャも緊張していたのかもしれない。
「ヤシロ君なら『露出が減った』って残念そうな顔をするかもって思ってた☆」
随分と最低な男だと思われているようだ。
「露出がすべてじゃないさ。こんな綺麗なマーシャが見られて、ラッキーだよ」
「そう? えへへ。嬉しいこと言ってくれるなぁ、ヤシロ君は」
女子はオシャレした自分を人に見せる時に物凄く緊張するのだという。
だから、その緊張を乗り越えてきたことには敬意を表し、素直な感想を述べることが礼儀だと言える。
それが素晴らしいものであるなら、なおさらだ。
でも、緊張が続くと心身共にくたびれてしまうから、相応に解してやることも親切だったりする。
「それに、モロ出しもいいけど見えそうで見えないチラリズムも男心をくすぐるしな」
「今の発言は減点だよぅ。はい、懲罰☆」
言いながら、鼻を摘ままれた。
エステラといいマーシャといい、鼻はやめろってのに。
「それより、マーシャ。今日は人目に付くのはマズい」
「うん。エステラから聞いてる」
一応、自分が置かれている立場は理解しているらしい。
その割には無茶なことをしているように感じるんだが……
「エステラのところに行けば、ナタリアとか狩猟ギルドの人たちががっちりガードしてくれるんだと思うんだ。けどね……」
ちゃぷっと、水槽の水を揺らして、マーシャの腕が俺の袖を掴む。
遠慮がちに。
「そんな人たちにがっちりガードされる前に見てほしかったんだ。ヤシロ君に。折角オシャレしてきたから、ね☆」
いつもの人を食ったような余裕に満ちた笑みではなく、少しだけ泣きそうに眉を曲げてなんとか笑顔を保っている――そんな儚い笑みがこちらを向く。
わがままを言っている自覚はあって、それを申し訳ないと思ってはいるのだろう。
けれど、まぁ、そうだな。
一年に一度あるかないかのオシャレをして遠い四十二区まで来たんだ。
ちゃんと見てほしいって気持ちは分からんではない。
だから、そんな泣きそうな顔すんな。
「それじゃお礼を言わなきゃな。すごく贅沢な時間をくれたマーシャに」
これはマーシャのわがままではなく、俺のためにしてくれたことだということにしておいてやろう。
「あはっ。だからヤシロ君って好き☆」
そう言って飛びついてくる。
王子様ルックの正装が濡れる!? ――と思ったのだが、水が付かない。
「大丈夫。このドレスは水を受け付けない素材だから」
俺の首に腕を絡みつけ、頬を寄せるような距離でマーシャが囁く。
だから、こんなに密着しても平気なんだと。
……いや、服は濡れなくても、密着が平気かどうかはまた別問題でだな……
「オシャレしてきてよかった」
風に消えそうなそんな呟きが、マーシャの緊張を物語っているようで、苦言や文句は口の中から消え失せてしまった。
港が出来れば、マーシャももっと四十二区に来られるだろう。
だから、もうそんなに寂しがるなよ。
「悪い人が出てきたら、ヤシロ君が私を守ってね☆」
ぱっと体を離し、照れ隠しのようにいつも以上に明るい声と笑顔で戯けてみせるマーシャ。
その首根っこをガシッと掴む大きな手があった。
デリア――よりも大きなその手の持ち主は、誰あろう大魔神メドラだった。
「安心しな、海漁の。アタシがきっちりと守ってあげるよ……ダーリンを、あんたの毒牙からね」
「あはは~、メドラママが守ってくれるなら安心だね~☆ あ、そのドレス素敵だよ~☆」
「ダーリンより先に褒めんじゃないよ! 気の利かない女だね!」
うん、やっぱ水と油だな、この二人は。
あぁ、それからさ、褒めてほしそうな視線をチラチラこっちに向けてくるのやめてくれる、メドラ?
オシャレした女子の緊張感? 感想を述べる礼儀?
嘘が吐けないこの街で?
その前にストレスで胃に穴が開きそうな俺を労ってほしいんだが?
とりあえず、メドラはいろいろデッカいなぁ~って思いました。
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