275話 錚々たる面々、続々と -3-

 デミリーが気を利かせて空けてやったエステラの隣の席へトレーシーが座り、デミリーがハビエルの隣へ腰かけたところで、打ち合わせが始まる。


「まずは、街門前の広場で式典を始めることになります」


 エステラが、居並ぶ領主たちに説明を始める。


 街門前広場は割と広くスペースが設けられている。

 ハビエルと木こり勝負をした折、四十区と四十二区の木こりがうじゃっと集まっても狭いと感じなかったくらいには広い。

 木こりがメインで使う門だからな。ドデカい大木を大量に持ち込んでも渋滞しないようにしてある。


「会場は、トルベック工務店が昨日のうちに建ててくれています」


 ……またこき使ってる。

 ウーマロも、そろそろ「三ペタくらいさせてほしいッス!」ぐらいのことは言っていいと思うぞ。

 その権利がいらないってんなら、俺に譲渡してくれてもいいし。


「トルベック工務店が作ったのであれば問題はないであろうな」

「そうね。ここにいる以外にも領主たちが来る会場ですもの。不備があっては困るわ。その点、彼らなら安心ね」


 ルシアとマーゥルがことさら強調するように言う。

 ここにいる他の区の領主の耳に入れておきたいのだろう、『港の建設に携わるトルベック工務店は優良な組織だ』ということを。

 ここにいる連中が『トルベックなら問題ない』という認識で一致していれば、ここにいない領主連中から不安や不満が出ても封殺できる。

 もっとも、ここにいる連中は、わざわざ言うまでもなくトルベック工務店の実力を知っている者たちばかりだけどな。


「街門前広場での式典は簡単なものになります。その後、街門を出てそこで木こりギルドによるデモンストレーションを行います。ミスター・ハビエル」

「あぁ。ここからはワシが説明させてもらうぞ」


 エステラから話を振られて、ハビエルがみんなの注目を集めるように両手を広げる。

 ……隣で腕を広げるな、狭い。

 勢いあまってメドラの横乳でも突っつけばよかったのに。


「メドラ、ハビエルがお前の横乳を狙ってるぞ」

「ダーリンの前でなんてこと考えてんだい、このケダモノ!」

「おぞましい冗談はやめろ!」

「ヤシロ、話の腰を折らないの」


 ふん。

 目の前にぶっとい腕が伸びてきて邪魔だったもんでな。


「ごほん。あ~、気を取り直して。街門の外の森は、昨年から少しずつ切り拓いていたんだ。今じゃかなりすっきりして、初めて見るヤツはきっと驚くぞ」


 俺は街門の外に出ることがないので見たことがないんだよなぁ。

 森を切り拓いてるぞって話だけは聞いていたが。


「街門前に大木を一本、わざと残してある」


 街門の真ん前――といっても50メートルほど離れた場所だが――そこの樹を一本残してあるのだ。

 切り拓いたことで魔獣が走りやすくなって街門に突っ込んでこないようにって理由と、もう一つ、デモンストレーションに利用するためでもある。


「ワシがその大木を切り倒し、港への道が開通するという演出だ」


 街門から港を結ぶ道は、その一本の大木を除いてほぼ出来ている。

 この後、港の建設と併せてレンガを敷き詰めるらしいが、それはまだ先の話だ。

 魔獣が嫌う石をレンガに加工して敷き詰めることで、魔獣が寄ってこないようにするのだ。

 ついでに、道の両サイドも壁で覆う。もちろん、外壁と同じ魔獣が嫌う石で作った壁をだ。

 屋根は付けない予定なので絶対安全とは言えないが、かなりの効果が期待できるとメドラが言っていた。


 おまけに、港と、そこに至る道の途中には狩猟ギルドと衛兵の詰め所も設けられる。

 四十二区の衛兵はともかく、狩猟ギルドの人間が交代で見張りをしてくれることになっているので安心できそうだ。

 顔と頭はともかく、腕っぷしだけはいい。その点では信頼のおける連中だからな。


「道が開通したら、そこから希望者と共に港の予定地へ向かうんだ」

「じゃあ、ここからはアタシが説明をするよ!」


 言いながら、メドラが注目を集めるように両腕を広げる。

 だから、腕! ぶっといのが目の前に「ドーン!」って伸びてきてるから!


「ハビエル、メドラがお前の横乳を狙ってるぞ」

「この大胸筋に目がくらんだか」

「ダーリン、酷いじゃないか。こんなヒゲだるまの大胸筋を触るくらいなら、ダーリンの柔肌をなでなでぷしぷしぺろぺろしたいに決まってんじゃないか! やだよっ、何言わせんだい、ダーリンのエッチ!」

「うぉう、危ねぇ!」


 背後から轟音を響かせて接近してきた巨大な平手を間一髪でかわす。

 小学校の頃から執拗にやらされていた避難訓練が役に立った。一瞬で椅子から滑り降りてテーブルの下に潜り込めたもんな。

 やっぱ、真面目にやっておくと命を救ってくれるんだなぁ、避難訓練って。


「ヤシロ。話の腰を折らないよ・う・に!」


 テーブルから這い出すと、エステラが怖い顔で睨んでいた。

 メドラの大振りが発生させた突風をモロに喰らったのか、髪の毛がもはっと乱れている。


「あ~、こほん。話を戻すよ」


 俺が着席するのを見届けて、メドラが話を再開させる。


「港までの道は、まだまだ未完成だ。というか、何も出来ちゃいない。早急に魔獣除けの対策は講じるつもりだが、それが整うまではウチから若い連中を派遣することになった」


 メドラがエステラと視線を交わし、エステラがこくりと頷く。

 両者の間で契約が取り交わされているのだろう。


「だからまぁ、しばらくは強面の連中が四十二区をうろつくことになるだろうが、ちょっかいをかけなきゃ害はない。まぁ、仲良くしてやっておくれ」


 陽だまり亭前の街道を悪人面のムキムキメンズが行き交うのか……


「女性客が離れていきそうだな」

「大丈夫だよ、ダーリン。不測の事態に備えて、アタシも日参するつもりだからね。ちょこちょこ会いに来ちゃうかも。きゃっ☆」

「あぁ、残念。男性客も離れていくことが決定した……」


 工事が終わるまで、暇になりそうだなぁ、この店。


「魔獣除けの石も、必要な分は揃えられる目途が立った。安心してくれていい」


 メドラの言葉に、エステラがほっと胸を撫で下ろす。

 滑りのよさそうな胸を。

 すとーんと。


 あ、睨まれた。

 目を逸らしておこう。


「狩猟に木こりに海漁、三大ギルドのギルド長と、港からの品と利益で街に貢献している三十五区領主の推薦があったからね、少々渋られたが、話は通ったよ」


 四十二区の外は森の深層部だ。

 魔獣の脅威が他の土地とは桁違いなのだ。

 それ故に、過剰かと思えるほど万全を期そうというわけなのだが、特殊な製法で生み出される魔獣除けの石を大量に発注するのは煙たがられるらしい。

 使えるコネを総動員してなんとかもぎ取ってきたという感じだ。


「魔獣除けの石は王家の管理なので、メドラさんやミスター・ハビエル、ルシアさんの協力があって助かりました。もちろん、マーシャも」


 今ここにはいない、自身の親友にも感謝の気持ちを述べるエステラ。

 石大工たちが加工してくれる魔獣除けの石だが、その原石は王家が管理しているのだそうだ。

 そうでなければ、魔獣除けの石を量産してこの街の外に新たな街を作られかねないからな。

 自身の脅威になり得る物を生み出さないためには、そういうところをきちっと絞っておかないといけないのだ。


 あと、自由にさせておくと行商ギルドが富を独占しかねない。

 魔獣除けの石は外壁にはなくてはならない物だ。それを独占されると、無茶な要求でも聞き入れなければいけなくなるのは目に見えている。


「『BU』のみなさんも、この事業への協賛をいただきまして、感謝の念に堪えません。式典で改めて述べさせていただきますが、発起人のミスター・ドナーティとマーゥルさんには今ここで感謝を述べさせてください。ありがとうございます。非常に助かりました」

「あらあら。いいのよ。四十二区に港が出来れば二十九区も潤うし、何より、私の楽しみが増えるもの」

「その通りだ。今となれば、区が違うからと牽制し合うのではなく、手を取り合い協力をして双方に益を生むことこそが重要だとはっきり言える。礼には及ばぬぞ、ミズ・クレアモナ」

「さすが、DD。素晴らしい考え方だわ。私たちも、互いに手を取り合い、協力していい街を作っていきましょうね」

「う、うむ! 手をつないでな!」

「えぇ、手を取り合って、ね」


 マーゥルと手がつなぎたい思いが前面に押し出されちゃってるドニス。

 マーゥルも狙ってやってんだろうが……マーゥル相手だとチョロいなぁ、ドニスは。

 二つの意味で『チョロりん』だ。


「それで、メドラさん率いる狩猟ギルドに守られながら港の建設予定地へ行って、着工式を行います」


 着工式といっても、領主の挨拶や来賓の紹介などは先に済ませてあるので、セレモニー的なことをちょこっとやって終了となる。

 一度軽く掘り返して柔らかくしてある工事予定地の土に、エステラやウーマロら、関係者がスコップを突き立てるのだ。

 それで「工事が始まりましたよ~」ってわけだ。


「それが終わったらさっさと撤退します。狩猟ギルドがいてくれるとはいえ、万が一があっては困りますから」

「あぁ、そういう時って、余計なことをして怪我するヤツが一人はいるからなぁ」

「自覚があるなら、十分気を付けるようにね、ヤシロ」

「だそうだぞ、リカルド」

「バカヤロウ、俺は怪我なんかしねぇよ。エーリンあたりがはしゃいで怪我をしそうだな」

「なっ!? ふざけたことを言うな、シーゲンターラー!? 子供ではないのだぞ、私は」


 と、ゲラーシーが牙を剥くが。


「よく言うぜ、綿菓子大好きっこのくせに」

「綿菓子が好きだからといって、子供だというわけではないであろうが、オオバヤシロ!?」


 いや、いい大人は好きな食い物に綿菓子をチョイスしたりしねぇよ。

 金物ギルドで販売を開始した綿菓子器ご購入者第一号はゲラーシーだからな。

『エーリン』と『ミズ・エーリン』で随分と違うもんだなぁ、おい。


「みなさん、お話は済みましたか? お食事をお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、いいよジネットちゃん。こっちのことは気にしなくて。どんどん持ってきて」


 エステラは、領主やギルド長よりジネットの飯が優先なのだ。

 こいつがトップで大丈夫なのか、四十二区?

 というか、ここにいる連中を軒並み虜にしているジネットの料理って、もしかしてこの街一番の交渉材料になり得るんじゃないか?

 ジネットの飯で釣れるヤツも、ジネットの飯禁止で折れるヤツもいっぱいいるだろう。


 ジネットお前……相変わらずチート持ちだよな。






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