275話 錚々たる面々、続々と -2-
「よぅ、オオバ! 来てやったぜ!」
「私が出席してやることを光栄に思うがいい、オオバヤシロ」
フロアに顔を出すと、リカルドとゲラーシーがいた。
「ジネット。聞いてないのが増えてるんだが?」
「みなさん、着工式が楽しみなんですね」
だとしても、早く来過ぎじゃねって話なんだが……
つか、そもそもなんで陽だまり亭に集まるんだよ。
「エステラんとこで集合すりゃあいいだろうが」
「ボクの館じゃ、美味しい朝食を提供できないからね。どちらにせよ陽だまり亭に来ることになっていたよ」
「シェフを雇え! 金をケチるな!」
「ケチるさ!? どーせこれから先もいろいろ突飛なことをやらかすつもりなんだろう、君は? いくらお金があっても足りやしない……」
その分、十分なリターンをもらってるだろうが。
少なくとも収支がトントンになるくらいには。
「ごめんなさいねぇ、ヤシぴっぴ。こんな朝早くから姉弟で押しかけてしまって」
「マーゥルも来たのか」
「えぇ。新しいお料理があるって聞いたから、私楽しみにしていたのよ」
「……どれの話だよ?」
「そんなにあるの?」
「マーゥルが知らなそうなものだと……ニラ餃子に親子丼、磯辺焼きにゴマ餅スティックに五平餅、あとはふわふわ卵のオムライスとかか」
「まぁまぁ! どれも美味しそう。どれが一番美味しいの?」
「ジネットの料理はどれも美味いよ」
「ぅきゅっ!?」
ジネットが変な音を漏らし、振り返った俺と目が合うと「……えへへ」と照れ笑いを浮かべる。
いや、そんな嬉しそうな顔で照れるな。
咳払いをして、マーゥルへと向き直る。
果たして、マーゥルが何の話を聞いてここに来たのか。
それを白状する前にこっちの手の内をさらさせるあたり、こんなどーでもいい場面でも根っからの領主なんだよな、マーゥルは。ただ、領主になったことがないだけで。
「オオバヤシロ、ぜんざいだぜんざい! ぜんざいというのがあるのだろう? それを提供するのだ」
弟の方は、こっちが何かを言う前に、自分の手の内をさらしてやがる。
そんな簡単に自分が望む物の情報を漏らせば、それをエサに交渉されるだろうに。
ほらみろ、マーゥルが呆れ顔になった。再教育が必要だなって目をしてるぞ。ご愁傷様。
「やぁ、オオバ君。朝から押しかけてしまって申し訳ないねぇ」
「あれ? もう日の出か?」
「はっはっはっ、言われると思ったよ」
お決まりのイジリにはもう笑顔すら崩さなくなったデミリー。今日も頭部が輝いている。
「……『輝きの領主』」
「やめてくれるかい!? そーゆーのはホントびっくりするくらい定着してしまう危険があるんだよ!? 君発信だと特にね!」
「いいじゃないですか、オジ様。素敵な二つ名で」
「道連れを欲する素敵な笑顔になっているよ、エステラ。君はそんな悪い子じゃなかったはずだ。目を覚ましなさい。オオバ君に毒され過ぎだよ」
微笑みの領主が輝きの領主を地獄へ引きずり込もうと手招きしている。
地獄絵図だな。
「やぁ、ヤシぴっぴ、おはよう。女神様の息吹を感じるような素敵な朝だな」
「マーゥルがいるからって、ポエマーな挨拶寄越してんじゃねぇよ、ドニス」
感じたことなんかねぇよ、女神の息吹なんて。
「こら、カタクチイワシ。衣装はどうしたのだ? 着て参らぬか」
ニヤニヤした顔でルシアが俺の肩を小突く。
……お前の差し金じゃないだろうな?
「あんな肩が凝りそうな服、こんな朝っぱらから着てられるか」
成人式の着付けじゃあるまいし、本番直前に着れば十分だ。
女性歌劇のトップスターだって、開演三十分前くらいまで着替えたりはしないだろう。
「というか、お前らな……、俺じゃなくてエステラに挨拶しろよ!」
なんで寄って集って俺に直行してくんだよ。
特にリカルド、ゲラーシー、マーゥル。お前らはまだエステラに挨拶してないだろうが。
主催者はエステラだからな? 俺じゃないからな!
「ところで、お前ら給仕はどうしたんだよ?」
「私ならここに」
「いる、私も、後ろに、友達のヤシロの」
「ぅおうっ、びっくりした!?」
背後にぴったりとくっつくようにナタリアとギルベルタが立っていた。
「ぴったりとくっつくように立っているのに、やんわりとも触れない絶妙な距離感でっ!」
「朝からブレませんね、ヤシロ様は」
「安心する、私は。見ていると、元気そうな友達のヤシロを」
しかし、お馴染みの両給仕長以外の給仕長が見えない。
ゲラーシーのとこのイネスや、マーゥルのとこのシンディ、ドニスんとことリカルドんとこの爺執事も見当たらない。
「なに、早朝から大勢で押しかけると迷惑になると思ったまでだ。式典の前にはやって来るぞ。我らの準備があるからな」
「だったらお前らもその時間に来ればよかったのに」
ゲラーシーが「気が利く俺、どうよ?」みたいな顔で言う。
むしろ、お前が来ずにイネスだけ来てくれた方が嬉しかったけどな。Eカップ美女を見ながら頬張るおにぎりはさぞ美味かろう。
「なんたるオッサン率だ……」
ハビエルがいるのにイメルダが来てないとか。ちゃんと顔を出せよ、美女枠として!
……あぁそうか。このメンツなら幼女がいないんでハビエルは大人しいもんな。
イメルダも、抜くところではきっちり手を抜いてくるタイプだしなぁ。
「それでは、朝食のご用意をいたしますね」
「待てジネット! お前まで厨房に引っ込むと、フロアのおっぱい指数が著しく低下してしまう!」
「手伝うか、私は、友達のジネット」
「では私も」
「待て待て待て! ギルベルタにナタリアまでいなくなったら、残るのは熟っぱいだけになってしまう!」
「メドラさんとマーゥルさんになんて発言をするんだい、君は!?」
おっぱい的になんの戦力にもならないエステラが苦言を呈してくる。
そんな口は、四十二区おっぱいランクで平均点を取れるようになってから言え!
「大丈夫です、ヤシロ様。我々がいなくなろうと、エステラ様がいます!」
「焼け石に水って言葉知ってる!?」
「よし、ヤシロ。ちょっと外に出て二人で話をしようじゃないか」
「二人きりになればおっぱいの平均値が上がると踏んでの提案だろうが……変化ねぇじゃねぇか!?」
「そんな思惑はなかったし、やかましいよ!」
ゼロは何を掛けてもゼロなんだよ!
……と、言う前にエステラに鼻をつままれたので言えなかった。やめろ、耳と鼻は鍛えようがないんだから。
ジネットが給仕長ズを伴って厨房へ向かう。
あぁ、本当に行ってしまった。心なしか、空気が固くなった気さえする。
「それじゃあ、美味しい朝食を待つ間に打ち合わせといこうじゃないか」
メドラが俺を抱えて中央付近のテーブルへ移動し、俺を抱えたままテーブルの向きを変えてくっつけてあっという間に四つのテーブルを繋げた十六人掛けの席を作る。そう、俺を抱えたまま。
「ダーリンは、ここにおっちんだよ」
「え、なんで魔神の隣……」
俺を椅子に座らせ、勝手に隣に座るメドラ。
俺、ジネットとナタリアの隣がいい。美味しく取り分けられたものをどんどん渡してくれるし。
「それじゃあ、ワシが反対の隣に座ってやろう」
「うっわ、魔神に挟まれちまったよ」
反対隣にハビエルが腰を下ろす。
なに、この圧迫感?
若干酸素が薄くなってんだけど?
え、なに? まさかお前らの筋肉って呼吸してんの? 筋肉呼吸? 両生類でも皮膚呼吸止まりだってのに。
「席は自由でいいよね。早くしないと、教会の寄付の時間に遅れてしまうからさ」
「え、あのシスターって、ここに揃ってる領主やギルド長より優先される存在なの?」
すげぇな、べルティーナ。
教会の権力ってすごいんだなぁ~。
「みなさんも、ご自由に座ってください。気心の知れた者同士、今は上下関係を度外視して、有益な場に出来ればと思います」
「うむ、そうであるな。この場で見栄の張り合いをするのも馬鹿らしい」
「DDのおっしゃるとおりね。陽だまり亭は笑顔の咲くお店ですもの。みなさん、フランクにいきましょう」
「……笑顔が、素敵だ」
『BU』の重鎮、ドニスとマーゥルがエステラに賛同したことで、反対意見は封殺された。
……あとドニス? そーゆーことはもっと大きな声で言わないと『聞こえなかったこと』にされちまうぞ。
「ふん。カタクチイワシの前で虚勢を張ることほどくだらないこともあるまい。カタクチイワシ、いつでも気兼ねなく私に給仕することを許してやろう」
「ギルベルタに言え。いや、自分でやれ」
お前の場合、もうちょっと素を隠した方がいいんじゃないかと思えて仕方ないんだがなぁ。
「ミ、ミズ・エーリン。さぁ、こちらへ」
「まぁ、ありがとうDD。さすが、おいくつになっても紳士でいらっしゃるわ」
「う、うむ。……男として、当然である」
椅子を引いて、マーゥルをエスコートするドニス。
むき出しの頭頂部が真っ赤に茹で上がっている。あんまり熱すると一本毛が抜けるぞ。
「オジ様もどうぞ」
「おぉ、すまないねエステラ。私がエスコートしようと思っていたのだが」
「とんでもない。オジ様は、ボクにとって大切な方ですから」
「はぁあ、可愛い! 私の娘(のような存在)めっちゃ可愛い!」
おいおい、エステラ。
ただでさえ濃いキャラが多いんだ。比較的まともなデミリーを壊すんじゃねぇよ。
その後も、エステラが各領主たちを促して自分は俺の真正面の席に座る。
「うわぁ、四面楚歌だ」
「人を壁扱いしないように」
筋肉、筋肉、絶壁に囲まれたらそんな気分にもなるだろうが。
圧がすごいんだよ、圧が。
ホント、おっぱい成分が足りないなぁ~――なんて思っていると、おっぱいが向こうからやって来た。
「エステラ様、おはようございます! 私、エステラ様にお会いできるのが待ちきれずに、こんな早朝だというのに会いに来てしまいまし……みなさん、ズルいですよ!?」
ドアを開け放ち飛び込んできた隠れ巨乳――いや、隠し巨乳のイリュージョニスト、トレーシーが店内にずらりと居並ぶ領主たちを見て愕然とした顔で叫ぶ。
一番乗りのつもりで来たら盛大に出遅れていたわけだ。
給仕長のネネがいないところを見ると、館を飛び出してきたのだろうな。
……ったく、落ち着きがねぇよなぁ、この街の領主どもは。
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