275話 錚々たる面々、続々と -1-

 朝、目が覚めたら。


「よぉ、ヤシロ! だらしのない寝顔だなぁ。がっはっはっ!」

「おはよう、ダーリン。寝顔、ステキだったよ……きゃっ☆」


 視界がハビエルとメドラに埋め尽くされていた。

 なんて日だ。


「なんだ悪夢か。もう一回寝て起きたら巨乳美少女に変わっているに違いない。おやすみ」

「何を寝ぼけたことを言っているんだい? 早く起きないと、この二人が添い寝することになるよ」


 二体の巨体の向こうからエステラの声が聞こえる。

 エステラがいるなら、せめて寝起きはお前のアップにしてくれればいいものを。


「今日の体力使い果たした。……寝る」

「早いよ、使い切るのが。まだ目覚めの鐘が鳴ったばかりだよ?」


 つまり、まだ日も昇っていない時間というわけだ。

 そんな朝っぱらから、こんな見る者の体力と寿命をごっそり抉り取るような衝撃映像を見せつけるなと言いたい。

 あと、いい加減日も昇らない早朝に鳴る鐘を『目覚めの鐘』と呼ぶのをやめていただきたい。


「目覚めの鐘で目覚めてんの、ジネットくらいだろう」

「そんなことないよ。農業ギルドや川漁ギルド、生花ギルドに行商ギルドなんかは早起きだよ。ナタリアも、この時間には起きているしね」

「お前は起きてねぇんじゃねぇかよ」

「ボクは……たまに起きるよ」


 イベントがある時だけ早起きする、と。お前は小学生か。


「ぶつくさ言ってないで、さっさと起きろ、ヤシロ。お前の望み通り巨乳と美少女が起こしに来てくれたんだからよ」

「分けんじゃねぇよ」


『巨乳美少女』で一括りなの、俺の理想は!


「やめとくれよハビエル! ダーリンの前で美少女だなんて、照れんじゃないか!」

「ちょっと待ってください、メドラさん!? それだとボクが『巨乳』担当になってしまうんですけども!?」


 巨乳と美少女で美少女を取られたらそうなるわなぁ。


「メドラとハビエルの筋肉に遮られて、目が覚めてから一回もエステラの姿見てないけど、え、なに、お前今日は巨乳なの?」

「そんなわけないだろう!? ……くっ、自分で言ってて物悲しい……っ!」


 あまりに騒がしいので、諦めてベッドから這い出る。

 俺は荷物をため込むタイプではないので、部屋は割とすっきりしている方だと思うんだが……巨体が二体もいるとすっげぇ狭く感じるな、この部屋。


「お前ら、ベッドより嵩張るな」

「がっはっはっ! 鍛えてるからな!」


 ささやかなイヤミは、ハビエルの耳に称賛として届いたらしい。

 いいな、お前は。人生楽しそうで。

 朝起きて「あぁ、体だるぅ……今日起きたくな~い」なんて日がなさそうだもんな。


「で、エステラ。俺、お前に何か恨み買うようなことしたっけ?」

「別に君に罰を科しに来たわけじゃないよ」


 えぇ……、罰でもないのにこんな胃にもたれるような起こし方、する?


「ただまぁ、君に自覚がないなら君の悪行と非礼の数々を今度リストアップしてあげるよ」

「え、なに? バストアップ? やめとけよ、無謀なチャレンジは」

「はい、リストに一項目追加」


 言いながら脇腹をつねられた。


 おい、やめろよ。

 痛いよりくすぐったいが勝って変な声が出そうになっただろうが。

 俺が脇腹弱いのはトップシークレットなんだからな?


「今日、何かあるのか?」

「何を言ってるんだい。今日は港の着工式だよ」


 あぁ、そうだっけな。

 三十五区の大工が難色を示すようなら延期もやむなしかという話が一瞬だけ浮上したのだが、三十五区での餅つきのお披露目会を経て、三十五区の大工とトルベック工務店の間に横たわっていた確執は消えてなくなった。

 確執があるように見えただけで、実際はなかったというべきか。


 まぁ、あのお気楽極楽のーてんきなウーマロと実際に触れ合えば、確執なんか起こるわけがないんだけどな。

 案外、ジネットに最も近いのはウーマロかもしれない。

 困ってるヤツを見かけりゃ放っておけなくなるし、かなり酷いことをされても笑って許しちまうし。まぁ、ジネットと違って泣き言は多いけどな。あと愚痴も。


 そう考えると、やっぱ違うな。

 ジネットの域に達するにはまだまだだ。


「ウーマロ、まだまだ巨乳には程遠いな」

「近付いてないよ、一歩もね」

「いや、ウーマロの話をしてんだよ」

「ボクもウーマロの話をしているんだけど?」


 あ、そうなの?

 てっきり自己申告かと思った。


「朝っぱらだってのに、相変わらず仲がいいなぁ、お前らは」

「アタシとダーリンも負けてないけどね。ねぇ~ダ~リン☆」

「ハビエルバリアー!」

「やめろぉ!? これは塞ぎきれねぇよ!」

「朝から仲がいいのはあなた方もでしょう、ミスター・ハビエル」

「アタシも負けてないけどね!」

「……そーですね」


 エステラが面倒くさくなってまともな対応を放棄しやがった。

 あいつは、ちょいちょいそういう一面を見せるよなぁ。


「みなさん。ヤシロさんはもう起きられましたか?」


 ひょっこりと、ジネットがドアから俺の部屋を覗き込む。

 朝一で見たかったよ、その笑顔。


「お、ヤシロ。巨乳と美少女と巨乳美少女だぞ」

「やめとくれよハビエル。美少女だなんて……っ!」

「いえ、ですから、メドラさん!?」


 人の部屋で騒ぐお騒がせ権力者三人の間をすり抜けて、ジネットの前へと向かう。


「もしかして、下にいっぱいいるのか?」

「はい。デミリーさんとルシアさんとドニスさんがお見えですよ」

「早ぇよ……」

「打ち合わせだそうですよ」


 いいや、エステラとルシアは飯が目当てなだけだ。

 ドニスは早朝の肌寒い時間に、耳当てマーゥルが見られないかと期待しての行動だろう。

 呼んでねぇよ、こんな早朝には。


「じゃあ、着替えたら降りるから全員追い返しといてくれ」

「うふふ。冗談が過ぎますよ、ヤシロさん」


「そんなこと思ってないくせに~」みたいな顔でこっち見てるところ悪いんだけど、本気で追い返しといてくれるかな?

 着工式は日が昇ってからだぞ?

 早いんだよ、来るのが。

 遠足を待ちきれない小学生か。

 小学生ばっかりか、この街の権力者。


「それじゃあ、アタシがお着替えを手伝ってあげるね……きゃっ☆」

「本気で素っ裸になってやろうか……?」

「そうしたら、責任を取って結婚だね」

「俺、被害者なのに!?」


 エステラのとんでも理論には眩暈を覚えるな。

 責任を取ってメドラと結婚って……懲役何年なんだよ、それ。


「あ、ヤシロさん。今日の式典にと、ウクリネスさんから素敵なお洋服が届いていましたよ」

「またタキシードとか着せられるのか俺は?」

「イメルダさんのパーティーの時の衣装ですか? あれは素敵でしたね」


 え、そうなの?

 じゃあアレを着ようかな。女子ウケがいいなら。

 で、『Free Hug』とか書いておけば、美女が列をなしてむぎゅむぎゅしてくれるってわけだ。


「よし、タキシードを着よう!」

「ウクリネスの衣装を着てね。なんでも、こういう式典の時の男性用の正装として定着させたいみたいだから」


 それで、俺がその広告塔になるのか?

 広告費込みで無償提供されるって寸法か?

 したたかだねぇ、ウクリネス。


「こちらがそのお洋服なんですが、これも素敵ですよ」


 そう言って手渡されたのは、兵庫県付近の女性歌劇のトップスターが身に纏っていそうな貴族然とした――いや、王子様然としたきらびやかな衣装だった。

 俺、こんなの着てるヤツ女性歌劇のトップスターか、男性アイドルグループくらいしか知らない。


「こういうのは貴族が着るもんだろ……」


 異世界ファンタジーアニメでどこぞの公爵様が着ていそうだ。

 ボタンと紐とぴらぴらが多い!

 こんなもん、俺に似合うわけないだろうが……


 これならまだ束帯の方がマシかもしれない。


「タキシードでいいか?」

「いや、今日は貴族も大勢来るからね。こちらも負けじと対抗しようじゃないか」

「俺はド庶民なんだが?」

「まぁまぁ。どんな仕上がりになるのか、ボクも楽しみだしさ」

「面白がってるだけじゃねぇか」

「ジネットちゃんも見たいよね?」

「はい。ヤシロさんならきっと似合いますよ」


 無責任なことを。


 いいか、冷静になってよく考えろ?

 みんなが普段着で出席する中、俺一人だけきらびやかな王子様スタイルなんだぞ?

 浮くわ!

 ふわふわ、ふわふわ、飛んでっちゃうわ!

「お似合いだなんてとんでもない、浮いてるけど」って? やかましいわ。


「君は水着だ浴衣だとボクたちにいろいろ着せてきたじゃないか。たまには自分もその立場に立ちなよ!」

「お前だって、あり得ない衣装は問答無用で拒否ってきたじゃねぇか。裸エプロンとか」

「当たり前だろう!? 裸エプロンなんか人に見せられるわけないじゃないか」

「この王子様ルックも似たようなもんだろうが」

「そんなことないよ。きっと似合うって」

「――と、半笑いで言われて、信用すると思うか?」

「よし分かった、こうしよう!」


 と、エステラがろくでもないことを考えている時の目で言う。


「この衣装か、メドラさんお勧めの衣装か、どちらかを選ばせてあげよう!」

「アタシは、裸エプロンっていうのに興味があるね! 決していやらしい意味じゃないけどねっ! きゃっ★」


 いやらしくない意味がどこにも見出せねぇよ!

 男の裸エプロンになんぞ、なんん~んの価値もないわ! どっこにも需要ないしね!

 つか、それってもはやふんどしじゃん! ほとんどふんどし!


「エステラ……覚えとけよ?」

「ボクのせいじゃないって。けれどそうだね――」


 この上もなく楽しそうな顔でエステラが俺の胸をとんっと小突く。


「似合っていたら、心からの称賛を贈ってあげるよ」

「……いるか、んなもん」


 どーせ、似合ってなかったら爆笑を寄越すんだろうが。


 朝からなんとも憂鬱な気分で、港の着工式当日は始まった。






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