274話 お披露目会でぺったんぺったん -3-

 日が傾き、四十一区に入ってもまだ、ジネットの頬は緩んだままだった。


「可愛かったですねぇ、子供たち」


 あんなに揉みくちゃにされて、どこに好意的な感想を持つ余地があるというのか……

 俺なら確実に手が出ていたことだろう。


「それに、ウーマロさんのすごさが三十五区のみなさんに伝わって、わたしなんだか嬉しいです」


 お披露目会が終わり舞台を撤収する際、ウーマロはまたしても三十五区民の度肝を抜くようなことをしてみせた。

 がっちりと組み上げられていた舞台が、ノコギリや釘抜きを使わずあっという間に解体されたのだ。

 それは、四十二区では当たり前になりつつあるが、他所の区では革新的な出来事だった。


 なにせ、騒音もなく、削りカスや破材のようなゴミも一切出ないのだ。

 留め具をポンと外してぱたぱたと折りたたむだけ。

 破壊していないから、次回も使い回せてリーズナブル。環境にも優しいね☆


 まぁ、俺はウーマロが同じ舞台セットを使い回したところを見たことがないけれども。

 屋台は使い回したけどな。


「折りたたみのテーブルを作っていたッスから、あぁいうのを見せてあげれば参考になるかなぁ~って……ちょっと出しゃばり過ぎたッスかね?」

「いやいや。彼らは大喜びで舞台セットを持ち帰っていったじゃないか。きっと今頃、解体して研究しているころだと思うよ。今夜は徹夜かもね」


 エステラが肩を揺らす。

 肩だけを揺らす。


 三十五区の大工どものはしゃぎっぷりは凄まじく、アレが四十二区だったら全員徹夜コースだろう。

 けど、他所の区だからなぁ。夜は普通に寝るんじゃないか?

 まだ蔓延してないだろう、社畜ウィルス。


「ウーマロさんの技術を前にすれば、当たり前の反応です!」

「……見よ、これがトルベック工務店の技術だ」


 ウーマロが認められ、ロレッタとマグダも誇らしげだ。

 特にマグダは、お披露目会の最中からず~っと上機嫌だった。

 三十五区のマダムたちが、観客席の座り心地を褒めていたり、ガキどもが杵の肌触りを褒めていたりすると、尻尾をぴんと立てて耳をそちらへ向けていた。

 きっと、あの会場で交わされたトルベック工務店への高評価は、すべて余さずマグダの『会話記録カンバセーションレコード』に記録されたことだろう。


「それもこれも、みんなヤシロさんのおかげッス」

「なんで俺だ」


 無理やり俺を引っ張り出すな。

 称賛くらい一人で浴びてろよ。


「オイラたちも、最初はあんな舞台、どう作っていいか分からなかったッス。けど、四十一区での料理共演とか、運動場での調理会とか、大食い大会のデモンストレーションとか、いろんな場面で舞台や観客席を作る機会に恵まれて、それも限られた時間で、いつもいつもギリッギリだったッスから」


 ……そんなに、お前らを追い込んでいたつもりはないのだが。

 だって、断らないんだもん、こいつら!

「あ、出来るんだ」って思っちゃうだろう、そんなの!


「それから、お祭りの出店とか屋台とかを作るうちに、『あ、組み立て式にすれば手早く組み上げられるッスね』って気付いて、それから研究と改良を重ねて――って感じで、ヤシロさんと一緒にいる間に、オイラたちいろいろ考えて、試して、実践してきたんッス」


 ……これ、は…………責められては、いない……よな?

 感謝されている話、かな?


「まぁ、時々『鬼ッスか!?』って思うこともあるッスけど」


 非難かな!?

 え、もうちょっと優しくしようか? その気になれば出来るけど? 進んでやろうと思わないだけで。


「けど、その一瞬一瞬に全力が出せる環境って、すごくありがたいッス。それで、周りの人が喜んでくれるなんて、こんな恵まれた環境他にはないッス。だから――ヤシロさんとみなさんには心から感謝してるッス!」


 珍しいウーマロの自分語りは、さわやかな笑顔とともに感謝という結論に着地した。

 ……ほっ、よかった。責められてなかった。


「うむ、感謝せよ」

「時々『鬼か!?』って思われていたらしいよ? 自分の言動を省みることだね」

「いや、それはお前もだろ?」


 言ってやった感をドヤ顔ににじませるエステラだが、鬼畜工期で仕事を振るのはこいつだって同じ――いや、エステラの方が多いはずだ。

 領主からの依頼は断りにくいって知ってて、強権を振るってやがるのだ。


「ウーマロの人柄に付け込んでよぉ。酷い領主だなぁ、まったく」

「なっ!? ボクはそんなことしてないよ! ねぇ、ウーマロ?」

「あぁ……まぁ……あははッスね」

「否定してくれない!?」

「エステラ様。無自覚かもしれませんが、エステラ様は時折『あぁ、ヤシロ様に感染したんだなぁ~』と思わざるを得ないくらい鬼のような発注をされていますよ」

「嘘!? ホントに!? うわっ、ごめん!」


 ナタリアに指摘され、エステラが慌て始める。

 えぇ、こいつ無自覚だったの?

 それともさっさと忘れちゃうの?

 お前、去年一年でどれだけの仕事をウーマロに頼んだよ?


「ウーマロ。たまにははっきり言った方がいいぞ」

「いやいや。エステラさんからの依頼は、みんな四十二区をよくするためのものッスから、オイラは前向きに受注してるッスよ」

「『エステラさんは、自分で思っている以上にぺったんこッスよ!』って」

「オイラ、そんなこと言おうと思ったこと一度もないッスよ!?」

「え、マジで!? ウーマロ、お前いいヤツ過ぎね!?」

「違うよ、ヤシロ。君が悪辣なんだよ。自覚したまえ」


 自覚しろって言われてもなぁ……


「俺って、嘘が吐けない素直な子なのかも」

「是非いつか、精霊神様に君の今の発言を裁いてもらいたいところだね」


 裁判だったら俺の勝ちだろうが、精霊神は俺に不利になるようなことばっかり吹っかけてきやがるしなぁ……

 もっと素直に生きればいいのに、斜に構えて、人生を穿った見方で見つめているのだろう。悲しいヤツだ。


「精霊神が、三十五区にいたロリ巨乳くらい素直な娘ならいいのに」

「精霊神様に巨乳を求めないように」

「ヤシロさん、ダメですよ」

「違ぇよ! 俺はあのロリ巨乳の素直さを見習えと言っているだけで、別に精霊神に巨乳を求めているとか、精霊神が巨乳だったらいいのになぁ」

「話の途中で『巨乳だったら』ってワードに引っ張られたですね!? 文法も語感もしっちゃかめっちゃかになってたですよ!?」

「……ヤシロだから仕方ない」


『巨乳だったらいいなって話じゃない』と言おうとしたのだが、やっぱり巨乳だったらいいなと思ってしまった結果こうなったのだ。これは仕方ない。致し方ない。


「エステラさん。今回、オイラも呼んでくれてありがとッス。オイラ、行ってよかったッス」

「うん。君たちなら、ちゃんと向き合えばどんな噂にも悪評にも負けないって信じていたからね。成果は上々、狙い通りだったね」

「やはは……その信用を裏切らないよう、これからも精進するッス!」


 と、背を向け合って会話する二人。

 お前ら、すっげぇ仲悪そうに見えるぞ。


「オイラ、俄然燃えてきたッス! こうなったら、どこよりも立派な港を作ってやるッス!」

「……三十区の前の崖なんか全部切り崩して」

「マグダ、怖いことをぼそっと呟かないでくれるかな!? 戦争になるから、確実に!?」


 ウーマロはこれで完全復活だろう。

 組合との付き合いをどうするかは、まだ他の連中と協議中らしいが、どう転ぶにせよ、今まで以上の仕事をして、今まで以上の成果を上げてくれるに違いない。

「もう大丈夫だ」と言いつつも、どこかで微かに残っていた憂いが、その瞳から完全に消え失せていた。

 やっぱ、同業者と協力したりとか、イベントに参加して感想を直接聞けたりしたのがよかったのだろう。


「では、今日は腕によりをかけて美味しい夕飯をご馳走しますね」

「それは楽しみッス! 陽だまり亭のご飯があれば、オイラどこまでも頑張れるッスよ」

「……マグダが運んであげる」

「むはぁ! それなら、港の五個や六個余裕で作れるッス!」

「いや、そんなにいらないから……落ち着いてね、ウーマロ」


 エステラの忠告は、マグダの言葉でテンションの上がったウーマロには届かない。

 これまでのカラ元気とは違う。あぁ、なんか本当に戻ってきたんだなって感じだ。


「ウーマロ」

「はいッス!」


 晴れやかな笑みを浮かべるウーマロに、俺はこんな言葉を贈る。


「お前はもう、末期だな」

「なんのッスか!? いや、心当たりはあるッスけども!?」


 マグダで大はしゃぎして、それが普通だと認識されている。

 そんな大工の棟梁、お前しかいないからな?

 ここが日本だったら犯罪者だからな?


 そんなこんなで賑やかに、疲れて眠ったハム摩呂を背負いながら、俺たちは四十二区へと帰ってきた。

 さぁ、歩き慣れた道を行けば、もうすぐ陽だまり亭のオープンだ。


 この社畜全開の働きぶりにも慣れたもんだな。



 ……つか、俺今回ずっとハム摩呂おんぶしてないか? 居つくなよ、マジで。






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