274話 お披露目会でぺったんぺったん -2-
会場に「ぺーったん! ぺーったん!」の声が溢れる。
虫人族のガキが大きな杵を振り上げて餅を搗く。それに合わせて会場の大人たちが掛け声をかけている。
人間も虫人族も獣人族も、分け隔てなく笑顔を咲かせている。
この街も、変わったもんだな。
「おねえちゃん、これでいい?」
「はい。上手に出来ていますよ」
「えへへ~」
「僕のは!? 僕のは~!?」
「はい。とっても美味しそうですよ」
「うははーい!」
ジネットの両隣に陣取ったガキどもが、自作の安倍川餅を褒めてもらって大はしゃぎをしている。
一通りやり方を説明した後は、体験コーナーとなった。
順番に、主にガキどもを中心に餅作り体験をしてもらっている。
大人たちは、今後の産業になるかもしれないということで、エステラとルシアの周りに集まっている。みんな真剣な顔で質問をし、逐一メモを取っている。
「いいなぁ……僕もやりたいなぁ……」
人間のガキが、大きな臼と杵を見つめて呟く。
虫人族のガキは、自分の体よりデカい杵であろうと余裕で振り上げていたが、人間のガキには少々無理があった。
大人が補助について数回餅を搗くのが精々だ。
無理はさせられないということで、人間のガキはお預け状態なのだ。
だが、それを放っておかないのがこの男だ。
「大丈夫ッスよ! みんなには、これがあるッス!」
ウーマロが二回りほどコンパクトな臼と杵を持ってやって来る。
餅が搗けないガキを見て、すぐさま行動を起こしたウーマロ。
数十分でコンパクトな臼と杵を作ってきたらしい。
ウーマロがやって来た方向に、三体ほど、大工の死骸が転がっている。いや、生きてるけどな。
「この小さい杵なら、みんなでも餅つきが出来るッスよ」
「わぁ!」
「キツネのお兄ちゃんすげぇ!」
「お餅つきー!」
「やるー!」
「やりたいー!」
「棟梁がもたらす、夢の商品やー!」
「ハム摩呂はデカい方でも出来るッスよね!?」
「「「「はむまろ?」」」」
「三十五区のお子様たちに感染してるッス!?」
近所のガキどもと戯れていたハム摩呂は、いつの間にやらすっかり人気者になっていた。
こいつらが人々から忌避されていたなんて、今となっては信じられないよな。
同じように、この街に獣人差別が蔓延していたなんてのも、信じられない過去になってしまえばいい。
ついでに、トルベック工務店の悪評もな。
「あの大工さんすごいわねぇ」
「このステージを作ったのもあの大工さんなんでしょ?」
「私ね、四十二区の大工は悪辣非道だって聞いてたのよ」
「どこがよ。いい人じゃない」
「噂よ、噂。主人が土木ギルドでそんな噂を聞いたって」
「噂なんて信用できないわねぇ」
「ねぇ~」
ウーマロの仕事ぶりを目の当たりにした者たちは、その評価を上書きしたようだ。
一目見れば分かるもんな。有無を言わさぬ確かな技術。いいものはいいと分かるものなのだ。
「さぁ、子供たち。順番に並ぶッス。合いの手はオイラに任せるッス」
「「「わーい!」」」
「お兄ちゃん、すきー!」
「や、やはは。ありがとうッス。分かったから君も並ぶッスよ」
「うん!」
ガキどもがウーマロに群がり、十二歳くらいの少女がウーマロにぎゅーっと抱きついていた。
それを笑顔でいなすウーマロ。
可愛らしい女子でも、子供には緊張しないらし……い…………あぁっ!?
「ロリ巨乳だ!?」
なんと、ウーマロにぎゅっと抱きついていた十二歳くらいの女の子は噂のロリ巨乳だった!
急いで鑑定してみたところ……Eカップ……!?
十二歳でEだと!?
未来のジネット候補が、こんなところに……っ!
「よぉし、お兄ちゃんが餅つきを教えてあげよう!」
「ヤシロさん。ダメですよ」
腕まくりしてガキどもの輪に突入しようとした俺の服を、ジネットがキュッと掴む。
あぁ、大丈夫。ジネットはガキどもに教えているだけで調理には参加していないから服を触っても問題ない。
そこは問題ないのだが……なんか、すごく膨れている。餅が
そうか。
お子様のぎゅーでも、邪な感情が混じると許容されないのか。
「そうだ、ジネット」
「はい?」
こっちのテーブルで味付けを楽しんでいるガキどもは、もうすっかりやり方を覚えている。
あとは、マグダとロレッタの補助があればどうにでもなるだろう。
なので。
「ジネットも搗かせてもらったらどうだ、餅を」
「へ?」
大きな杵での餅つきはマグダに禁止されているが、子供用の小さな杵でならジネットにも出来るだろう。
最悪、尻餅をついても重さに振り回されることはない。
「そんな。子供たちの楽しみを奪うようなことは……」
「お~い、ガキども~。このお姉さんにお餅つきを教えてやってくれ~」
「「「いいーよー!」」」
「はぅっ、わたし、教わるんですか?」
ウーマロ指導のもと、餅つきを始めていたガキども。
何度か餅を搗いてすでに得意満面だ。
初心者ウェルカム。
未経験者歓迎。
教えてあげたい生き物なのだ、お子様ってのは。
「で、では、みなさんが終わった後に」
「じゃあ、じゅんばんねー!」
「はい。順番です」
ガキどもの列の最後に並ぶジネット。
体格で言えば頭二つ、胸元は四つ五つ抜けているが、その無邪気な笑顔はガキどもの群れの中に入っても違和感はない。
目線を合わせ見守る姉にも、同じ気持ちで楽しむ同年代にも見える。
こっちのガキどもにもあっという間に懐かれて群がられている。
あ、虫人族のガキもジネットを囲む群れに参加し始めた。
人気者だなぁ、ジネット。
やっぱり母性の象徴が誰よりも目立つからかな。
うん。アレはいいものだ。おさわりは厳禁だけどな。
「お姉ちゃん、こうするんだよー!」
「振り上げ過ぎー!」
「こけちゃうー!」
「お姉ちゃんヘター!」
「はぅ……あ、あの、みなさん、もう少しお手柔らかに」
ガキどもに囲まれて、ジネットがわたわたと杵を振るう。
ガキ用の小さな杵だからか、特に問題もなく普通に振るえている。
にもかかわらず、『教えたい』ガキどもは自らの経験による『技』を伝授したがっている。
勢いよく振り上げて、ウーマロに「そんなに振り上げちゃ危ないッスよ」と言われたガキは「振り上げちゃダメー!」と、恐々餅を搗いていた少女は「もっと強くてもいいんだよー」と、自分が教わったことをこれ見よがしな顔でジネットに教えてやっている。
そんな、個人に対して個別に出された注文を一斉に言われりゃパニックを起こすよな。
ジネット~。
ガキの言うことなんか、話半分も聞かなくていいんだぞ~。
「はいはい」って受け流しておけばいいのに、ジネットは律義に「これくらいですか?」「こうですか?」と確認してやっている。それがまた、ガキどもには嬉しいんだろう。
ジネットを取り囲む輪はどんどん大きくなっていった。
「あの、みなさん。わたしばかりではなく、順番にお餅を搗きましょうね」
「お姉ちゃんがちゃんと出来るようになるまで教えてあげるー!」
「教えるー!」
「いえ、でも……」
ジネットが困り顔で俺へ視線を寄越してくる。
いくらガキ用の軽い杵といえど、振り続ければ腕も疲れる。
そろそろ助けてやるか。
「第一回! お前の力を見せてみろ、全力餅ぺったん大会~!」
両手を振り上げて叫ぶと、ガキどもの視線が一斉にこちらを向く。
なに、大したことではない。
ガキどもを並ばせて、順番に全力の餅つきを一回ずつやらせるだけだ。
もうそろそろ帰り支度もしたいし、ここいらが切り上げ時だろう。
「一番元気のよかった『ベストぺったん』には、四十二区の領主、『クイーンオブぺったん』ことエステラから素敵な賞品が贈られる!」
「誰がクイーンだ、こら」
耳のいいエステラが遠く離れた大人たちが群がるテーブルから殺気を飛ばしてくる。
まぁ、怖い。圧政を敷く悪徳領主なのかしら。
「審査員は、この区の領主『ミスぺったん』のルシアと、給仕長の『ミス小柄ぼぃん』のギルベルタだ」
「ぼぃんと並べたせいでぺったんの意味が変わったではないか、カタクチイワシ!」
おっといけない。
うっかりうっかり。
ぎゃーぎゃーやかましい領主たちも、ガキどもからの「ミスぺったんすげぇ!」「クイーンオブぺったん、カッコいい!」みたいな視線の集中砲火を受けて「いや、違……もう、ヤシロのせいで!」みたいな感じで口を閉じた。
そうして、大人たちが見守る中、人間獣人族虫人族関係なく、その場にいたすべてのガキどもが一列に並び、渾身の一搗きを披露していった。
元気な掛け声と、杵の勢い、あと子供らしい可愛さを加味して、四十二区と三十五区の領主&給仕長が協議をし、モンシロチョウ人族の少女が優勝の栄冠に輝いた。
準優勝には人間の少女が選ばれ、特別賞として失敗して泣いてしまった獣人族の男の子が選ばれた。
獣人族のガキは、勢いよく振り上げ過ぎて臼の外に杵を振り下ろしちまったのだ。会場が笑いの渦に包まれたが、本人は悔しかったらしく号泣していた。
エステラが放っておけなそうな案件だと思っていたら、案の定特別賞だ。
なんともまぁ、バランスの取れた審査結果だこと。言い換えれば、大人の都合が見え隠れしている。
けれどまぁ、ガキどもが楽しそうだからそれでいいだろう。
「来年は優勝する!」とか「杵を買って練習する!」とか意気込んでいるガキがちらほらいたが……恒例行事になっても俺らは来ないからな? 分かってるよなルシア? 来ないからな!?
三十五区でやる分には好きにすればいい。
臼と杵はトルベック工務店に頼めば使いやすくて丈夫な一級品を提供してくれるだろうよ。
ちなみに、副賞に悩んだエステラが自前のナイフを進呈しようとしていたので、ガキに危ないもん渡すなと却下して、後日臼と杵のセットを届けることにした。
正直「うわっ、イラネっ!」と思ったが、本人たちと、その親も欲しがったのでよしとしよう。
……絶対邪魔になると思うんだけどなぁ。普段使う物でもないだろうに。
「オイラ、帰ったらすぐに臼と杵を3セット作ってお届けに来るッス!」
と、ウーマロが意気込んでいたので「それって、エステラからの贈り物ってより、トルベック工務店からの贈り物じゃん」という素直な感想は心の奥へと封印した。
俺でないなら、誰の懐が痛もうが知ったこっちゃないからな。
こうして、狂乱の中餅つきのお披露目会は終了し、俺たちは四十二区を目指して帰路に就いた。
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