こぼれ話2話 流れ始めた水のごとく -3-

「まぁ、このイラストが載った情報紙が出回れば、『BU』からカンタルチカにお客さんがたくさん来るだろうし、陽だまり亭よりずっと繁盛しちゃうかもね」

「……それはない」

「そうです! 陽だまり亭は負けないです!」

「だって、見てよこのイラスト。すっごい可愛いでしょ? ウチにお客さんが来るって」

「……こちらも可愛い」

「そうです! 言ってやるです、マグダっちょ!」

「……マグダとロレッタの可愛さが十二分に表現されている」

「その通りでs……あたしの要素全然含まれてなかったですよね、そういえば!?」


 なんか無益な戦いが繰り広げられている。

 こりゃあ、情報紙が発行されたら競争が激化するかもしれないな。


「情報紙が発行されてからが勝負よ!」

「……望むところ」

「圧勝してやるです!」

「うふふ。みなさん、楽しみにされているんですね」


 と、一人他人事のような余裕を身に纏っているジネット。

 勝ち負けにこだわらない人間ってのは穏やかなもんだ。口では「負けないように」とか言うくせに、相手を打ち負かしてやろうなんて発想は持ち合わせてないんだからな。


「早く発行されるといいですね」

「そんなすぐには発行されねぇだろ」

「おう、てめぇら様! 情報紙最新刊が発行されたから持ってきてやったぜです!」

「早ぇな、発行!? 今し方イラストの決定稿見せてもらったとこだぞ!?」


 こっちの意見を聞く気はないのか、と、勢いよく飛び込んできたモコカに問い詰めようとしたのだが……なんか、後ろに若人がうじゃうじゃいるっ!?


「あぁ、こいつら様は、情報紙を見て話題のお店に駆けつけた『BU』の若い衆様どもだぜです!」

「だから早ぇって、展開が! 『BU』の住民、もうちょっと落ち着いて!」


 ついさっき発行されて、もう押しかけてきている『BU』っ子たち。

 お前らの流行って、インフルエンザよりも驚異的な速度で広がっていくんだな。

 怖ぇよ。


「わぁ、見て! カンタルチカの売り子さんよ!」

「本当だ! かわいい~! ねぇ、可愛いと思うよね!?」

「「「思う~!」」」

「えっ!? えっ!? ちょっ……!」


 一瞬のうちにパウラを取り囲む、情報紙を握りしめた『BU』っ子たちの群れ。

 イラストと実物を見比べ「本物だ!」「可愛い!」と、かつてのナタリアフィーバーを思い起こさせるような熱量で盛り上がっている。

 群れに飲み込まれたパウラはただただ驚いている。


「あっ! 見て、あっちの小さい娘!」

「あれっ、あの娘って、もしかして!」

「陽だまり亭の売り子さんじゃない? ほら、ここに載ってる!」

「……ふふん」


 顔を指され(←芸能人などが道端で「あの、○○さんですよね?」的にファンの人に気付かれること)て、マグダが得意げな顔で魅惑のポージングを行う。

 と、同時に、ちょっと離れた席でウーマロが幸せそうに吐血して床に沈む。


 が、しかし――


「「「「…………なんか違う」」」」


『BU』っ子たちが、イラストと実物のほんの些細な差異に気付いてしまい、戸惑いを露わにする。

 ……だからな、マグダ。盛り過ぎたんだって。


「ねぇ、カンタルチカ行ってみたくな~い?」

「「「行きた~い!」」」

「「「だよね~!」」」

「あっ、じゃあ、案内するから付いてきて! すぐそこだから!」

「きゃー! しゃべった!」

「店員さん可愛い~!」

「いや、その……あはは。なんか、調子狂っちゃうなぁ」


『BU』っ子のパワーに圧倒されつつも、パウラは照れ笑いを浮かべて、「じゃ、あたし、お店戻るね!」と、ハーメルンの笛吹きよろしく『BU』っ子の行列を引き連れて大通りの方へと帰っていった。


 陽だまり亭に残ったのは、モコカと、出血多量で倒れているウーマロのみ。


「…………」


 マグダが、分かりやすく落ち込んでいる。

 思惑が外れてしまったことへのショック……というか、根こそぎ掻っ攫われてしまったことへのショックが大きいのだろう。

 まぁ、あれだ。『BU』の連中は極端過ぎるから、あんま気にすんな。な?


「さぁ、みなさん。わたしたちも仕事の準備をしましょう。もうすぐ、大工さんたちやベッコさんが朝ご飯を食べにいらっしゃいますよ」


 静まり返った店の中に、明るい声が響く。

 さすが、店長だな。今の一言で、ロレッタもマグダも我に返ったようだぞ。


 イレギュラーはあくまでイレギュラー。

 そんなことに動揺してやる必要はないのだ。陽だまり亭は陽だまり亭らしく。自分は自分らしくしていればいい。


 なので、俺は俺らしく…………客を根こそぎ奪い取る策略を考えてやる…………見てろよ、カンタルチカ…………吠え面かかせてやるからな……ぐふふ、ぐへはははははっ!


「ふぉう!? お兄ちゃんが近年稀に見るあくどい顔をしているです!? ダメですよ、カンタルチカ潰しちゃ!? 魔獣のソーセージはあの店にしか売ってないんですからね!?」

「大丈夫だ……限界のその先まで追い込んで…………飼い殺す」

「全然大丈夫じゃない発言してるですよ!?」


 俺とロレッタのやりとりの最中も、マグダは静かに俯いていた。

 そして、おもむろにウーマロの前に立つと――


「……ウーマロ」


 静かに呼びかける。

 そして。


「……あっはーん」

「はぁぁああん! それでもまだセクシーを前面に押し出すマグダたん、マジ天使ッス!」


 ……なんか幸せそうだな、あのキツネ。


「あのッスね、マグダたん」


 ひとしきり床の上でもんどりうった後、ウーマロが立ち上がり、マグダの目線に合わせて膝立ちになる。

 そして、面倒見のいいあいつらしい顔と声で、マグダに語りかける。


「オイラ、スペシャルなマグダたんも素敵だと思うッスけど、やっぱり、いつもの、自然体のマグダたんが一番素敵だと思うッスよ」

「…………」

「オイラは、マグダたんに会うためにここに来てるッスからね」


 騎士が幼い姫にするように、膝立ちのまま笑みを向ける。

 まっすぐに向けられる好意に、マグダは少しだけ顔を背けて、短い言葉を呟く。


「………………そう」


 たったの二音。

 それは、少し嬉しそうに聞こえた。


「はいッス。そうッスよ」

「……じゃあ、ご飯は特に要らないと」

「いや、それも大いに楽しみにしてるッスけども! というか、もうここのご飯以外食べられないくらいッスから!」


 マグダのイタズラが戻ってきた。

 それが嬉しくて、ジネットがくすくすと笑う。


 ほぅ、やるなウーマロ。

 よくマグダの機嫌を直せたもんだ。

 お前の分かりやす過ぎる一途さがあればこそ、伝わった言葉なんだろうな。


「……店長、ウーマロに日替わり定食一つ」

「アレ、勝手に注文決められたッスか、オイラ!?」


 そんな、よくあるウーマロいじりのその後に。


「………………大盛りサービスで」


 マグダが追加した一言が、マグダの気持ちを如実に語っていた。


「……仕込みをしてくる」


 尻尾をぴんっと伸ばして、厨房へと入っていくマグダ。

 その後ろ姿が完全に見えなくなった瞬間――


「むっはぁぁああ! ヤシロさぁ~ん!」

「なんで俺に抱きついてくるんだよ!?」

「だって、マグダたんが……マグダたんが、オイラにサービスって……っ!」

「分かったから離れろっ!」

「はぁぁあああん! マグダたん、マジ天使ッス!」

「だから、俺に言うなっつの!」



 朝っぱらからこんな騒ぎを引き起こしながら、情報紙最新号は発行された。






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