こぼれ話3話 話題の波は広がって -1-
★★★★★★
日は傾きかけているが、夕飯にはまだ早い。そんな頃合い。
俺は今、四十一区に来ている。
狩猟ギルドの本部に顔を出したのだが、そこに四十一区領主のリカルド・シーゲンターラーがいて驚いた。
よく出入りしているとは聞いていたが、ここで会うと変な感じがするな。
とりあえず、挨拶をしておくか。
「ご無沙汰しています、リカルド様」
「ん? お前はたしか、四十二区支部の……」
「はい。ウッセ・ダマレです」
……ん?
ヤシロだと思った、だと?
失礼なこと抜かすんじゃねぇよ、ぶっ飛ばすぞ!
「どうしたんだい、ウッセ?」
「あぁいや……なんか失礼なことを言われた気がして……いや、なんでもないです。気のせいでした」
リカルド様の向こう、いつもの席に座るママが怪訝そうな顔をする。
狩猟ギルド本部、ギルド長室。ここでの非礼は死を意味するとすら噂されている。
ママは気分屋だからな。言動には気を付けねぇと。
「なんか、物騒な話ですかい? ママがそんな怖い顔をしてるなんて」
「なんだウッセ。お前はメドラが可愛い顔をしている時があるっていうのか?」
「まさかっ、あはは」
「よぉし、二人とも。要らない骨があれば申告しな。粉砕してやるよ」
鉄球みたいな拳が巨大な手のひらに打ち付けられる。
ママの脅しは冗談に聞こえねぇから笑えねぇ。
「いやなに、大したことじゃないんだが……」
「つい最近、お前んとこのアホが二十九区で好き勝手やりやがっただろ」
ママの言葉尻を捕らえて話し始めたリカルド様の言葉に、俺の脳裏に一人の『アホ』の顔が思い浮かぶ。
間違いなく、あの『アホ』のことだろう。
「その尻拭いじゃないが、昨日、四十一区代表として俺とメドラで『BU』のリーダーのところへ挨拶に行ったんだよ」
「リーダーっつぅと……?」
「二十九区さ」
イマイチ地政学には疎い俺に、ママが説明をくれる。
なんか『BU』はごちゃごちゃしていて分かり難いんだよな。
俺は、街の中よりも外のことにばかり気が向いてしまうタイプだからよ。
「その領主のところでメドラが賊を捕らえたんだ」
「へぇ。さすがママだ。お手柄じゃねぇですかい」
「アタシが捕らえたんじゃないよ。一応よそ様のところだからね、顔を立ててそこの兵士に捕らえさせたのさ。アタシはあくまで手伝っただけだよ」
とか言いながら、ほとんど自分でやって手柄だけくれてやったのだろう。
「……なんだけどねぇ……そいつの仲間を何人か逃がしちまったんだよ」
「ママ……末期の病気に侵されてるんじゃ…………」
「うっさいね! ……生かして捕まえるってのに、ちょっと手間取っちまったんだよ」
息の根を止めていいなら、賊は漏れなく全滅していただろう。
運のいい連中だ。
「それで、なんとか残りのヤツらを見つけ出せねぇかって話をしてたんだ」
「けど、それは『BU』の仕事なんじゃねぇんですかい?」
「まぁ、そうなんだが……アタシの気が収まらないのさ。仕留め損ねなんて、何十年ぶりだからね」
妙なところで狩人の血が騒いでいるようだ。
なんにせよ、狙われた賊が気の毒だな。逃げおおせたとはいえ、ママを目撃――それも敵対の立場で――したんなら一生もんのトラウマになっているだろう。
顔と名前はきっと忘れられねぇ。……しばらく悪夢に悩まされること請け合いだ。
「今朝、気分転換に狩りに連れ出したんだが、どうにもスッキリしないみてぇでな。神経が細過ぎんだよ、こいつは」
「リカルド様……そいつは冗談、ですよね?」
ことママにおいて「細い」なんて形容詞が使われる部分はどこにも存在しない。絶対にだ。
「あぁもう! 仕事でもしてた方が気が紛れそうだね、これは。で、あんたは何の用だい?」
「あ、はい。四十二区支部の収支他、活動の記録をまとめた報告書を持ってきました」
「そいつはご苦労だったね。おぉ、そうだ。頭でも撫でてやろうか?」
「あぁいえ。お構いなく」
ママの冗談に乗っかるのは自殺行為と言っても過言じゃない。
なにせママは、「あはは、何言ってんだい!」と言いながら副ギルド長の肩を脱臼させたことがあるからな。
副ギルド長だって、俺ら普通の狩人からすればバケモノみてぇに強い男なのに……ママの軽いボディタッチで脱臼だ…………軽くねぇっ!
つうわけで、俺は今日、四十二区支部の売り上げ報告に来ているのだ。
定期的に支部の代表が本部に顔を出す。それはママが決めたルールだ。ギルド構成員を家族のように思っているママらしいルールといえる。
「報告書はあとで見せてもらうよ。あんたも遠慮せずサロンで茶でも飲んでいきな。本部の若い連中ともしっかりコミュニケーションを取っておくんだよ」
「へい。じゃあ、いただいていきます」
「あぁちょっと待て、ウッセ」
ママに挨拶して部屋を出ようとしたところ、リカルド様が俺を呼び止めた。
「折角だから飯も食っていくといい。珍しく丘クジラの肉が手に入ったんだ」
「そうなんですか。それは珍しいですね」
「俺が狩ったんだ。存分に味わってくれ」
丘クジラを、リカルド様が?
そりゃすげぇ。丘クジラは、熟練の狩人が苦戦する巨大な魔獣だ。数も少なく、狩れることは滅多にない。
それを狩ったとなれば、自慢の一つもしたくなるだろう。
「はっはっはっ! すまないねぇ、ウッセ。珍しく大物を仕留めたから嬉しくてしょうがないのさ、リカルドは。朝からずっとこの話ばかりしてんだよ」
「メドラ! そういうことをバラすんじゃねぇよ、お前は! まぁ、あれだ。食ってけよ」
いい狩りが出来た時は誰だってテンションが上がる。
俺も、ボナコンを仕留めた時は街中引きずり回して自慢しちまったもんなぁ……気持ちは分かる。
で、それをからかわれた時の気恥ずかしさも……分かる。
ママはそういうことを平気でするからな。
せめて、俺くらいは称賛を贈っておくべきだろう。気の利いた一言を添えて。
「親父が好きだったんですよ、丘クジラ。懐かしいなぁ……、じゃあ遠慮なくいただきます。ごちそうさまです」
「…………」
「ん? なんですかい?」
「いや、顔は怖ぇのに、礼儀はちゃんと弁えてんだな」
「そりゃ……ママに叩き込まれましたから」
「もしかしてなんだが……四十二区で一番礼儀正しいのって、ウッセなんじゃないか? 顔怖ぇのに」
「いや、さすがにそんなことは……」
「でも俺に敬語じゃねぇか! 顔怖ぇのに!」
「そりゃ領主相手なら敬語くらい使いますよ!」
「四十二区の住民なのにか!? 顔怖ぇのにか!?」
「あんたの言ってる四十二区の住民って、アイツの周りの極一部の変わりもんだけですから! あと、『顔怖ぇのに』言い過ぎっすわ!」
あんたも人のこと言えねぇっしょ!? ――って言葉は、必死に飲み込んだ。
四十二区の人間は、学はなくとも礼儀を重んじるヤツが多い。むしろそういうヤツの方が大多数だ。教会のシスターベルティーナの教えを聞いて育った連中が多いからな。
それが変わりつつあるのは、アイツが、アノ男が現れたからだ。
アノ男のせいで、極々一部の連中が『礼儀』だの『礼節』だのいう言葉をかなぐり捨てやがっただけなのだ。
むしろ、アノ男が感染して伝染して増殖している感じなんだよな……厄介な男だ、アイツは。
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