こぼれ話2話 流れ始めた水のごとく -2-
「あの、ヤシロさん……」
満足げなマグダと、きゃんきゃん吠えるロレッタを窺いながら、ジネットが俺の袖を引っ張る。
そして、背伸びをしてこそっと耳打ちをしてくる。
「よろしいんでしょうか?」
うん。吐息が耳に当たってこそばゆくて、とてもよろしい感じだぞ。
が、そうではなくて。
「何がだ?」
「マグダさん……あの、あれは虚偽とは取られませんか?」
「イラストは真実を描くものじゃない。教会のガキどもが描いたお前やベルティーナの似顔絵は、決して実物に忠実じゃないだろ?」
「あ、確かにそうですね」
「あれが『マグダに似せて描いた嘘偽りない描写です』とかいう注釈がついていたらアウトかもしれんがな」
「そうですよね。……いけませんね。最近、ベッコさんの本物そっくりのイラストばかり見ていたもので、本物と瓜二つでないといけない気がして……」
身の回りにいる変態的才能の持ち主を基準に考えるのはやめた方がいいぞ。
でなけりゃ、世の女性のほとんどが料理下手ということになってしまう。ジネットを基準に考えるとな。
「まぁ、ただ……」
「ただ?」
イラストを持ってご満悦のマグダをこっそり見やって呟く。
「あのイラストがマグダだと認識されるかどうかは、分からんけどな」
マグダが『BU』に行った時に、ナタリアのような現象が起こるかどうかは分からない。
というか、たぶん起こらないだろう。
まぁ、こちらとしても、ナタリアの時みたいな大フィーバーが起こられても困るからな。あれは異常だった。
陽だまり亭に押しかける熱狂的信者とか、御免だからな。
「あれ? なんか違う」くらいがちょうどいいのかもしれない。
そういう意味だと、パウラの方が心配だな。
カンタルチカにはウェイトレスがパウラしかいない。
かつてはバイトを入れようとしていたらしいが、ロレッタで懲りたのかアレ以降募集はしていないようだ。
そんなわけで、カンタルチカのウェイトレスのイラストはどっからどう見てもパウラだ。
モコカのセンスと技術が光って、かなり可愛く描かれている。……変なのに目を付けられなきゃいいけどな。
ま、一応エステラに忠告だけはしておくか。
「ねぇねぇ、ヤシロ! 見て見て! これさ、モコカの描いたイラストなんだけど――」
と、俺たちが受け取ったのと同じ封筒を手に、パウラが陽だまり亭へと駆け込んできた。
カンタルチカにもイラストが送られていたらしい。まぁ、モデルになったんだし、最終確認的な物なのだろう。
「あ、陽だまり亭にも来てたんだね」
「はい。今みなさんで拝見したところです」
「マグダのアレ、なに? びっくりしたんだけど」
「アレは、えっと……」
「陽だまり亭三人娘の要素をミックスした結果だそうだ」
「え…………ロレッタ、どれよ?」
「むぁああ、聞いてですパウラさん! あたし、制服なんです! あたしの要素皆無です!」
かつての先輩、パウラにすがりつき泣き崩れるロレッタ。
だが――
「あはははっ! いいじゃない、ロレッタ! うんうん、すごく可愛いよ、制服!」
「あたし褒められてないです、それ!」
パウラとの関係はこんな感じだからな、慰めてはくれないだろうよ。
「うぅ……カンタルチカに残っていたら、あたしの方がモデルになったですのに……」
「どーゆー意味よ!? あんたが残っててもモデルはあたしだったわよ! あんたは制服担当!」
「カンタルチカででもですか!?」
ロレッタは、どこの店に行ってもチャームポイントが制服のようだ。
まぁ、他が普通だからな。
「ねぇ、ヤシロ。情報紙って『BU』ですごい影響力があるんでしょ? これでカンタルチカのお客さん増えるかな?」
「まぁ、そうだな。料理のレビューも載るみたいだし、酒好きが魔獣のソーセージ目当てに来るかもな」
「だよね、可愛い看板娘を見学にね!」
ん、若干会話が噛み合ってない。相当浮かれてるな、パウラのヤツ。
よほど嬉しいんだろうな、自分のイラストが載るってことが。
俺なら御免だけどな、こんな晒しもんみたいな扱われ方は。……いろいろ、面倒なことになりそうだし。
「まぁ、気を付けろよ」
「え、何に?」
「このイラストを見てパウラ目当てに来る客に、だよ」
「えっ、えっ……それって…………心配、してくれるの?」
あぁ。
たぶん、すっげぇ厄介な連中だろうからな。ナタリアフィーバーを見りゃ、そう思わざるを得ねぇよ。
「ねぇねぇヤシロ。どうかな? このイラスト、可愛い?」
「あぁ、よく描けてるな。似てると思うぞ」
「じゃあ、可愛いってことだね」
自己評価の高さは相変わらずか。
すごく嬉しそうにパウラが笑う。わざわざ見せに来るほど嬉しいということか。
ん~……
下手に水を差すのは野暮かもしれないが……ニューロードの誕生で『BU』の空気も変わるかもしれない、なんてのは希望的観測過ぎるからなぁ……あぁ、くそ。ここにエステラがいればあいつに言わせるのに…………
「パウラ」
「なぁに?」
「まぁ、アレだ……なんかあったら、言えな」
「へ?」
そんな真ん丸な目でこっち見んな。
「外との交流ってのは、時として余計な摩擦を生むもんだからよ。例の、虫事件みたいにな」
四十二区でケーキが流行ったせいで、隣の四十一区との間にひと悶着があった。
あぁいうことが起こらないとも限らない。
「もし何かあったら、さ……ヤシロが、助けてくれるの?」
「いや、エステラを派遣する」
「もぉ~! ヤシロが助けに来てよ」
「俺の派遣料は高いからな、店が乗っ取られちまうかもしれないぞ」
なんて冗談を言ってやったら。
「そうなったら……ヤシロがあのお店の経営者に、なるの?」
なんか、妙に含むところが有り有りな言葉が返ってきた。
……いや、店を乗っ取るってそういうことじゃ…………と、反論をしようかと思ったのだが、それよりも早く目の前にマグダとロレッタが「シュバッ!」と回り込んできて、俺を背に庇うようにパウラの前へと立ちふさがった。
「……ヤシロは譲らない」
「そうです、お兄ちゃんは陽だまり亭の店員です!」
「なによぉ。陽だまり亭はもう十分儲かってるでしょ~」
「……ダメ」
「あげないです!」
「もぉ~……強情なんだから」
マグダとロレッタ、二人に睨まれてパウラは両手を上げる。お手上げのポーズだ。
まぁ、パウラも本気で言ってるわけじゃないだろう。
「いいもん。そのうち、ヤシロから『ウチに来たい』って言われるような大きなお店にしてやるんだから。手加減しないからね、陽だまり亭!」
「……望むところ」
「返り討ちです!」
火花を散らす三人娘。
……いやいや。俺、置いてけぼりじゃねぇか。
やれやれとため息でも吐いてやろうかと思った時、そっと――袖が摘ままれた。肘の付近を、きゅっと。
「…………」
振り返ると、ジネットがこちらも見ずに――むしろ目を逸らすような感じで顔を背けつつ――俺の袖を摘まんでいた。遠慮がちに。でも、そこそこ力強く。
…………いや、あのな。
純粋に金儲けがしたいならエステラなりルシアなりのとこに行った方がいいし、マーゥルを利用したり、フィルマンの教育係とかいってドニスあたりに取り入ったり、選択肢はいくらでもあるんだよ。
何より、俺が独立するのが一番儲けに繋がるだろう。
けど、利益だけがあっても、……な。
「今度、親子丼って料理を教えてやるよ」
「……え? おやこ……?」
四十二区の連中の好みを考えると、たぶん人気が出るだろう。
ここの連中の味覚は、結構日本人に近しいものがあるからな。
「俺も結構好きな料理なんだが……作ってくれるか?」
「……!? はい。是非、作ってみたいです」
一度大きく息を吸い込んで、大きな目をまんまるにして、そして溶けるような笑みを浮かべる。
こんなことで機嫌が直るなんて安いもんだな。たかが新しい料理くらいで…………
『料理で』機嫌が直ったんだよ、ジネットは。それ以外ないだろうが。
摘ままれていた袖が解放され、なんとなく、胸に安堵が広がっていった。
この料理好きめ。……ったく。
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