244話 賛成の者は挙手を -4-

「お待ちください!」

「困ります!」



 不意に、廊下が騒がしくなる。

 慌てた様子の給仕の声が遠くからどんどん近付いてくる。


「何事ですか?」


 イネスがゲラーシーを押さえながら、厳しい声を出す。

 慌てて給仕の一人が様子を見に行こうとドアに手をかけ……ようとしたところでドアがノックされた。


 思わぬ事態に給仕が固まり、振り返ってイネスを見る。

 イネスも困惑している。


 なので、俺が言う。


「入っていいぞ」


 そんな声に、ドアがゆっくりと開く。

 ドアの前に立っていたのは。


「会談中お邪魔いたします。みなさん、お食事はいかがですか?」


 ジネット。

 そして――


「……甘い物は、イライラした時に打ってつけ」

「さぁさぁ、みなさん! 遠慮なさらずにじゃんじゃん食べてくださいです!」


 マグダにロレッタ。

 陽だまり亭ご一行様だ。

 ……ロレッタは筋肉痛を押しての参加だというのに、そんな苦痛はおくびにも見せない。プロだな。


 おまけに、デリアにノーマ、ネフェリーとパウラまでいる。

 臨時手伝いの連中も含めた、陽だまり亭オールスターズ、ってところか。


「これは……何事だ、オオバヤシロ!」

「ゲラーシーよぉ。なんでもかんでも人に聞くのはやめろよ。たまには自分で状況を判断してみろよ」

「……くっ! イネス、離せ!」

「しかし……」

「大丈夫だ。……もう、荒れたりはせん」

「……かしこまりました」


 イネスの拘束から逃れ、ゲラーシーがジネットたちへと近付いていく。

 ジネットの前には大きなカートが置かれている。

 ウーマロに二時間で作らせた、大量の食事を一度に運ぶための台車だ。

 綺麗な白い布を被せて見た目もゴージャスにしてある。


「これは……」

「『BU』で採れた豆を使ったお料理です」


 ジネットの前に並べられているのは、ピーナツバターたっぷりのホットケーキや、チョコレートドーナッツ。コーヒーゼリーにたい焼き、ハニーローストピーナッツなんて物もある。

 向こうの大鍋はエンドウ豆のポタージュだ。ついでに豆ご飯も作っておいた。

 そして、もはやお馴染みの麻婆豆腐。


 そんな料理がこれでもかと並んでいる。


「じゃ、美人ウェイトレスさんたち、配膳を頼む」

「「「「「は~い」」」」」

「……うむ」


 マグダ以外が可愛らしい声で返事をする。

 今のマグダの返事、ウーマロなら悶絶するんだろうな。


 そうして、他区の、それも格上の区の領主の前ということで幾分緊張しているウェイトレス集団(デリアとマグダを除く)が、会議室内へと入ってくる。

 最初こそぎこちない様子だったが、徐々にいつもの自然体に戻っていく。慣れるのも早い。

 肝が据わってるよな、四十二区の女子たちは。


「なぁジーサン、二十六区の領主ってことは、カカオ作ってんだよな? このチョコドーナツ美味いぞ! 食ってみろ! たいしたもんだぞ、チョコレート!」


 ……デリアは、据わり過ぎ。


「この魚の形をした食べ物……中にあんこが…………美味しい」

「こ、この香ばしいクリームが、我が区の落花生から出来ているというのか!?」

「うむ…………深い、味わいだ。エンドウ豆のポタージュ、か」


 各々が、自分たちが作っている豆の料理を口にしてその味に感心している。


「あぁ、店長さんのコーヒーゼリー……久しぶりです。ネネ……さん、ご一緒しましょう」

「はい。トレーシーさ……ん。私もご一緒いたしますね」


 いや、今は呼び捨ても様付けも自由にしていいから。

 罰の足つぼとか、今回はないから。普通にしてろ。


「ゲラーシーよ、これを食してみよ」


 ドニスが麻婆豆腐を手に、ゲラーシーの席へと近付く。

 イネスが一瞬身を固くするが、ドニスに一瞥され構えを解く。ここでやり合うのは互いに不毛だと気付いたのだろう。

 その代わりとばかりに、イネスは利き手を痛めたゲラーシーに麻婆豆腐を食べさせてやるようだ。

 ……いちゃつきやがって。職権乱用だな、あのむっつり領主。


「……これは…………」

「それが、豆板醤の味だ。熟成させることで、もっと深みが出ると聞いている」

「この白い物は……?」

「我が区の大豆で作った豆腐という物だ」

「二十九区と、二十四区の合作…………か」

「それから、四十二区の、な」


 ドニスとゲラーシーが揃って俺を見る。

 こらこら。『四十二区』って話なら、俺じゃなくてエステラを見ろよ。

 俺はただの食堂従業員だっつの。


「我が区の豆が、このような食べ物に……」

「これを真似すれば……いや、しかし、真似だけではきっとこの先再び置いていかれてしまう……」

「なるほどな……イノベーションか……」

「見せつけてくれる……力の差を…………くくっ」


 と、どれがどの領主の言葉か分からんが、まぁなんとなく全員似たような感情になっているようなので気にしないことにする。


「これらの豆料理は必ず流行る。――し、今回の会談に向けていろいろ無茶を聞いてもらった四十一区から三十六区までの領主に見返りとしてこれらの料理のレシピを提供する約束をしているから、市場は一気に拡大する」


 四十二区に港を作ったり、崖の上への通路なんぞを作ったりすれば、その辺の区は大打撃を受ける。

 そのための補填というか……まぁ、罪滅ぼしも兼ねた大盤振る舞いだ。

 陽だまり亭で独占すればかなりの稼ぎになるのだが……そろそろ食堂じゃなくなりつつあるからな。陽だまり亭はメニューを厳選しようと思う。

 なので、豆関連のレシピはくれてやる。


「だから、きっと豆はいくらあっても足りなくなる。もはや『BU』の中だけでなんとかなる規模を越えている」


 売れ残っていた豆が、その行き先を見つけた。

 これからは豆が飛ぶように売れ、ばんばん利益が入ってくる。


 と、喜びかけた領主に、今の状況を思い出させてやる。


「だからよかったぜ、俺たちが自由に豆を作れるようになって」


「え……っ?」と、何人かの領主が息を飲む。

 おいおい、忘れたのか?


「四十二区と三十五区は制裁を科されるからな、その損害を賄うためには豆を大量に作って、崩壊した『BU』の隙を突いて荒稼ぎするしかないんだよなぁ~」

「そうだね。すぐに工事に掛かって、畑の拡張をしなけりゃね、頼むよ、ナタリア」

「お任せください、滞りなく手配致しておきます」

「三十五区の港も寂しくなるかもしれんな。なぁ、ギルベルタよ?」

「仕方ない思う、状況が状況だけに、私は」


 制裁科されちゃうんだもんね、仕方ないよねぇ~。という前提で話を進める。

 そして、最後の最後に、俺たちは顔を突き合わせて笑みを漏らす。


「いやぁ~、儲かっちゃうな、こりゃ」

「制裁を科されるから、仕方ないよねぇ」

「多数決は絶対らしいからな」


 制裁が科されれば、俺たちは揃って利益を上げる。

 それを、改めて思い知らせてやる。

『BU』が得ていた利益をぶちこわして、俺たちが利益を上げるのだという現実を。


「オッ、オオバヤシロ!」


 口の周りを真っ赤に染めて、ゲラーシーが握ったスプーンを突き出してくる。

 ……麻婆豆腐にがっつき過ぎだろ、お前。利き手痛いんじゃねぇのかよ。


 袖で口元を拭い、口の中の麻婆豆腐を飲み込んで、ゲラーシーが必死な顔で俺に言う。頼む。懇願する。


「も、もう一度多数決を!」


 それを聞いてやる義理はないのだけれど……


「どーする?」


 エステラとルシアに視線を向けて、ちょ~っとだけわざとらしく言ってみる。

 何人かの領主がやきもきしている。尻をむずむずと揺するオッサンが視界の端にちらつく。イラつく。


「そうだねぇ……なんだかドタバタして、有耶無耶になっちゃったところもあるし……」

「そうだな。モヤモヤしたままなのはよくない。最後にもう一度、きっちりキッパリと多数決で結論を出すのもよかろう」

「え~……まぁ、お前らがそこまで言うなら、俺は別にい~けどさ~」


 可愛らしくほっぺたを膨らませながら七領主の方へと向き直ると、視線がぶつかったトレーシーとドニスが苦笑いしていた。


 お前らも、分かってるよな。

 自分の利益のために動けよ。ミスるなよ?


 んじゃあ……


「これで最後だ。『四十二区と三十五区に制裁を科すべき』だと思う者は挙手を!」


 言い終わると同時に、エステラとルシアが腕を挙げる。

 制裁が科されれば、俺たちは大儲けだぜ、ウッシッシッ!


 だが。

 それ以外の手が上がらない。


「…………反対だという者は?」


 念のために聞いてみたところ、七本の腕がまっすぐに上げられた。

 ドニスまで反対だ。


「ちぇ~!」


 ことさら大きい声で言って、俺は指を鳴らす。

 これで、俺があれこれ策を弄してまで実施しようとした『BU』解体作戦は頓挫したわけだ。

 今後も『BU』は『BU』として存続し、人と物の管理を担うことになるだろう。

 どこかに綻びなり穴が出来れば大儲けも可能だったのにな~。


「あ~ぁ! 負けちまったぜ~、残念残念」

「ふん……どの口が言う」


 分かりやすくしょげかえっていると、ゲラーシーが噛みついてきた。


「まったく、最後の最後まで……徹頭徹尾、訳の分からんヤツだよ、お前は」


 一周回って、怒りや呆れが面白くなっちまったかのような、笑顔で。


「ヤシロ」

「カタクチイワシ」


 名を呼ばれ(カタクチイワシは名前ではないが)振り返ると、今回の功労者の二人が手を肩の高さに上げていた。

 こいつらには、結構小芝居をしてもらった。

 労いくらいは、してやるか。


「んじゃ、これで終わりだ」

「お疲れ様」

「大義であった」

「お前らもな」


 エステラとルシアは片手ずつ、俺は両手で、パチンと高らかにハイタッチを交わした。






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