244話 賛成の者は挙手を -3-

「ちょっ、ちょっと待っていただきたい!」


 盛大に焦っているのは二十八区領主だ。


「もし、そんなことになったら、通行税も豆の利益も分配されず……我が区は……」

「それだけではない。二十四区と二十七区が抜けるということは……」

「そこに流通が集中するのではないか!?」


 二十五区と二十六区の領主も顔を青ざめさせる。


 外周区と中央の区を分断するように細く長く、ぐるりと一周隙間なく存在していた『BU』は、さながら人と物の流れを管理する砦のような役割を果たしていた。


 正方形で喩えた時、二十四区は左下の角に、二十七区は右上の角に存在している。

 その二区を消してしまえば、『 □ 』は『 「」 』のような形になり、そんなすかすかの砦は意味を成さない。

 人も物もだだ漏れだ。

 おまけに、豆が外周区で作られるようになれば、領地の広さで劣っている『BU』に勝ち目はない。



 それはすなわち、『BU』の完全崩壊を意味する。



「せ、戦争になるぞ!」


 威勢よく吠えるゲラーシー。

 だが、ルシアもエステラも涼しい顔をしている。


「別に構いませんけど……獣人族を多く抱えているボクたちの区に、領土の狭い、人口の少ないあなたの区が太刀打ちできますか? 狩猟ギルドと木こりギルド、それに海漁ギルドもボクたちに協力してくれると言っていますが」

「売られたケンカなら買ってやるがいい。そして、滝の利権でも奪い取ってやれば目も覚めるだろう」

「……くっ…………くそっ!」


 何も言い返せず、テーブルに拳を打ちつけるゲラーシー。

 嫌な音がした。あいつ、加減を間違って骨を痛めたんじゃないか?


 そんなことを気にもとめず、ゲラーシーは何度も何度もテーブルを殴り続ける。


「ゲラーシー様。おやめください」

「黙れっ!」


 銀髪Eカップの給仕長、イネスが声をかけるがゲラーシーは収まらない。


「失礼いたします」


 短く断って、イネスがゲラーシーのヒジを右手で掴む。

 それだけで、ゲラーシーの腕はぴくりとも動かなくなってしまった。

 ……やっぱすげぇな、給仕長。もれなく武術の達人じゃん。


「………………お前まで、俺をバカにしやがって……っ」

「……申し訳ございません」


 心配故の行動だと、誰の目にも明らかなのだが……そう言わないとやっていられないのだろう。痛々しいヤツだ。


「……はぁ…………っ」


 二十三区領主がテーブルにヒジを突き、組んだ手の上に額を載せて一際大きなため息を漏らす。

 自らの負けを確信し、展望のなくなった未来を憂う。


 ふと視線を動かせば、二十五区、二十六区、二十八区の領主も椅子に身を投げ出すように脱力して呆けている。

 ここら辺の連中は『BU』を抜けたところで旨みはないからな。

 どっちに転んでも、というヤツだ。


 沈んでいる。

 沈みきっている。


「なんか空気悪いな」


 おちょくるように言ってみるも、「お前が言うな!」的なツッコミは返ってこなかった。

 なんだよ。マジヘコみしてんじゃねぇかよ。

 絶望なのか?

 未来に希望はないのか?


 お前ら、本当に『BU』以外の道が見出せないのかよ。


 ……はぁ、情けない。


「なぁ、Eネス」

「イネスです」

「おぉ、すまん。Eカップを見ていたらつい」

「……貫きますよ?」


 怖ぇ……あいつの武器、槍かレイピアみたいなヤツなんだろうな、きっと。


 何を怒ることがあるというのか。

 お前の両親が「Eカップに育ちますように」という願いを込めて『イネス』と名付けてくれたんだろうが。

 その証拠に、二十三区の褐色Dカップは『デボラ』ってんだろ? ほら、『Dボラ』じゃねぇか。

 で、四十二区の領主は『Aステラ』と。


「ごめん。兵士の誰か、ナイフを貸してくれないかい?」


 領主会談につき、武器の持ち込みを禁止されているエステラが兵士に声をかけている。

 ……俺の心を予想して危害を加えようとしてんじゃねぇよ。つか、なんで分かるんだよ。


「くだらない妄想をしている暇があるなら、さっさとやるべき事をやったらどうだい?」


 ……ち。

 つまめねぇヤツ…………あ、違った。つまんねぇヤツ。


 というわけで、つまんないエステラの言うとおり、俺はやるべき事をやる。


「イネス。ちょっと窓を開けさせてもらうぞ」

「…………お好きなように」


 ゲラーシーの腕を押さえることに忙しく、俺への対応が適当だ。

 つか、邪険だ。

 なんで好感度低いんだろうな、俺?


 給仕長の許可が出たので、会議室の窓を開け放つ。

 前回来た時に確認しておいた窓だ。

 向いている方向はマーゥルに確認してある。

 なので……


「こっちの方角へ……せぃや!」


 隠し持っていた竹とんぼを、窓の外へと高く、高ぁ~く飛ばす。

 少しでも目立つようにと、真っ赤に塗装しておいた特製の竹とんぼだ。


 じゃあ、あと十分ってところかな。


「……何をしたのだ?」


 振り返ると、ゲラーシーがものすっごい睨んでた。


「この期に及んで……貴様は一体、今、何をした!?」


 精神が限界まで来てしまっているようだ。……可哀想に。しくしく。


「飛ばして遊ぶオモチャだ。もう一つあるから、お前にプレゼントしてやるよ」

「いらん!」

「そう言うなって。こんなオモチャじゃ、誰も賄賂だなんて思わねぇから」

「貴様の言うことなど、何一つ信用できるものか!」


 あ~ぁ。『今日に限り信用する』を反故にしやがった。

 これで、俺はゲラーシーをカエルに出来るわけだが……こうも自棄になってるヤツを痛めつけてもな。


「いらないなら、今現在お前の腕を拘束しているせいで身動きが取れないでいるそこのEカップの谷間に挟ませてもらうが?」

「好きにしろ!」

「ありがとうっ!」

「……殺しますよ?」


 そんな直接的な言葉はダメだ。

 女子なら、せめてもう少しオブラートに包もうじゃないか。スキンシップだ。欧米じゃハグとかチークとかつんつんとか、ありふれた挨拶なんだぞ?

 ……つんつんは違うか。違うのか……ちっ。


「お前らはさ、決められたレールの上を歩くことしか出来ないのか?」


 そんな一言に、室内は静まり返る。

 そして、ゲラーシーが眉根を寄せる。


「……れーる?」


 くそっ!

 そうか、電車がないのかこの世界!


「トロッコを走らせる鉄の道ですよ」


 と、エステラのフォローが入る。

 トロッコはあるんだな。


「なんだ、鉱山の言葉か」


 えぇ、レールって鉱山用語なの?

 まぁ、いいんだけど。


「要するに、決められた道しか歩けないのかってことだ」


 これまでの伝統に縋りつき、決められた手法で、決められた言葉で、決められた勝ち方をしてきた。そして、これから先も決められたとおりに生きていく。


 そんな生き方しか出来ないのか、お前らは。


「『多数決は二択でないとダメ』だ? 示された選択肢のどちらかでなければいけないなんて視野の狭いことを言っているから手詰まりになるんだよ。イノベーションはないのか?」


 俺なら、二択の問題を突きつけられたら真っ先に第三の解答を探す。

 ないなら自ら作り出す。


「お前らが羨んでいる――羨ましくて羨ましくて仕方がない四十二区の躍進はな、イノベーションによってもたらされたものなんだよ」


 なんんんんんんにもなかった四十二区が、今となっては周りの区から「なんだあれは!?」と一目置かれるような技術の宝庫になっている。

 技術の輸出を行い、その技術を武器に交渉できるほどになっている。

 崖の下のじめじめした土地から一気にここまで駆け上がってきたんだ。


 その片鱗を、今見せてやる。

 よく見ておけ。


 お前らが勝手に「価値がない」と決めつけ、目を掛けることすら放棄しちまっている物の価値を。

 その価値が分かれば、やりようはいくらでもある。



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