244話 賛成の者は挙手を -2-

「……ここまで散々と、この胡散臭い男に振り回されてきたが…………その男と通じて一人利益を得ていたとはな……」


 二十三区領主が口ヒゲを撫でつけ、恐ろしい目でゲラーシーを睨みつける。

 二十六区と二十八区、そして二十五区までもがそこに加わる。


 これまで、明確な敵だと認識していたオオバヤシロを倒そうと共闘していた仲間が、実はその敵によって利益を得ていた。

 それがこの段階でバレるのは痛い。ただでさえ信用ががた落ちのゲラーシーだ。これは決定打になるだろう。


「お前はアッスントと取引をしたんだろ? 行商ギルド四十二区支部の支部長と。なら少なくとも『豆板醤関連の商談を持ち込んだのが四十二区だ』ってことくらいは理解していたはずだよな」

「それは……」


 後ろめたいことを隠すからそういうことになるのだ。

 四十二区への制裁を科そうという時期に、四十二区から商談を持ちかけられた。

 しかもそれは、長年手に余っていたソラマメを大金に変える画期的なものだった。

 だから飛びついた。

 そして、それを隠した。


 敵である四十二区との商談など、他の連中に知られると何を思われるか分かったものじゃない。

 だから、隠した。


 どうせ多数決は一方的なものになるだろうし、制裁を科した後、二十九区単体として四十二区と取引を開始すればいい。

 そんな考えに足をすくわれたな。


「豆板醤に、新しい流通路……どうにも、二十九区にとって好都合な展開ばかりが目に付きますね」


 トレーシーがイヤミを含んで言う。

 ゲラーシーにはそんな意図はなかった。なかったが、それを証明する術もまた、ゲラーシーにはないのだ。


 だからこそ、追い打ちをかけやすい。


「じゃあよ、『二十九区は従来の二倍の分配金を支払うべきかどうか』を多数決してみるか?」

「個人を貶めるような多数決はやめろ!」


 どの口が言うのかは分からんが、ゲラーシーが吠える。

 そういうことを言うと、ドニスやトレーシーがイラッてするってのに。自分がやってきたこと、マジで忘れてんのか、こいつは?


「貴様がそういう態度であるのなら、豆板醤に使用する麹に税をかけることも検討せねばいかんな」

「なっ!? ちょ、待たれよミスター・ドナーティ!」

「現リーダー自らが『BU』の義務を放棄するようなことがあれば、こちらもルールを逸脱せざるを得ませんね」

「何をするというのだ、ミズ・マッカリー?」

「我が区のコーヒーは一部の地域にしか売れないので、大豆とソラマメを栽培しようかと思います」

「ワシとも事を荒立てる気か、小娘よ?」


 トレーシーの言ったことは、他の区がやりたいと常々思っていたことそのもので、当然ドニスが怒り、反対に二十五区や二十八区が目をきらめかせた。


「もしそうなれば、これまで同様、『BU』以外の区にそうしているように、我が二十四区外の大豆には重税をかけさせてもらう! 逆らうならば、その区への麹の販売は拒否させてもらうぞ」

「それは少し横暴かもしれませんな、ミスター・ドナーティ」

「そ、そうだ! では、こういうのはどうだろうか? 『麹の独占を禁止するかどうか』の多数決を採るというのは?」

「貴様ら、我が二十四区を食い物にする気か!?」


 要するに、大豆はそれほど美味しいのだ。金銭的な意味で。

 そりゃあな、どこの区も売れ残った大量の豆を他人に押しつけなきゃいけない現状をよしとはしていないだろうよ。


 大豆が作れれば利益が生まれる。

 醤油や味噌を造っているのは外周区だ。だが、麹は二十四区にしかない。

 ホワイトヘッドの聴力あってこその麹なのだ。

 だから、なんとかドニスを言いくるめておまけに大豆を作れるようにしたい。そんな下心が見え見えだ。


 よしよし。

 随分と自己中になってきたじゃねぇか、全員。


 最初は『BU』だからという理由だけで鉄仮面を被ったみたいに自分の心を殺して組織の歯車に徹していた連中が、おのれの欲望を素直に露呈させている。

 それに本人たちは気が付いているのだろうか……いないだろうな。


 もうそろそろ頃合いか。

 さぁ、最後の仕上げだ。


 見ろよ、あの茹で上がったタコみたいな顔を。

 あそこまで追い詰めれば十分だ。

 冷静で、一歩引いて、隙がなかったんだよなぁ、――あの一本毛。


 これでようやくドニスを動かせる。俺の思い通りに。

 ちょっと力を加えてやるだけで、確実にこちらに転んでくれる。


 ギャースギャースと互いを罵り合う『BU』の面々を横目に、俺はエステラに合図を出す。

 エステラは苦笑交じりに頷いて、軽く咳払いをした。


「では、ミスター・ドナーティ」


 急に発せられたエステラの声に、室内が静まり返る。

 気にせずエステラは続ける。満面の笑みで。


「ウチと取引しませんか?」


 時間が止まる。

「何を言い出すんだ」

「今度はなんだ?」

 そんな思考が文字列になって見えるようだ。七領主の視線がエステラへと注がれる。

 そんな無数の視線にさらされても爽やかな笑みを崩さずにいられるとは、お前も成長したな。


「四十二区と提携しませんか? 『BU』に食い荒らされるくらいなら、信用ある我が区と利益を共有しましょう」


 それは、崩壊を招く悪魔の誘い。

 互いが寄り添い合い支え合っていた共同体の、その一角を引き抜けばどうなるか……そんなもん、火を見るより明らかだ。


「そういう話なら三十五区も乗るぞ。麹は必要だ」


 周りを固め、そして――


「よし、分かった! ワシは『BU』を抜けるぞ!」


 ――思い通りの言葉を引き出す。


「正気か、ミスター・ドナーティ!?」

「ふん! こうまで不当な扱いを受けたのではな、さすがのワシも黙ってはいられんよ」

「『BU』を抜ければ、通行税の免除はもちろん、これまで受けていた様々な恩恵を失うことになるのだぞ!?」

「構わん! 今日で貴様らの腹の内がよぉく分かったわ。貴様らは信用できん! 特にゲラーシー、貴様がリーダーをやっているうちはな」

「…………ドニス……ドナーティ…………ッ!」


 握った拳を振り上げる。

 給仕長と執事が再び迅速に移動する。が、その必要はない。


「はい、『BU』崩~壊~~~~!」


 底抜けに明るい声で言って、一人でぱちぱちと手を叩く。

 その場に渦巻くありとあらゆる感情が俺へと向けられる。

 そうそう、注目してくれ、俺に。


「二十四区が抜ければ、『BU』は立ち行かなくなるよな? だってそうだろう? 街門を入った後ちょっと遠回りをすれば二十四区に行けるんだ。通行税が取られる二十三区を誰がわざわざ通るんだよ?」


 多少の時間は浪費することになるが、それで通行税を抑えられるのであれば商人はそちらを選ぶ。誰しも、税金など払いたくないのだ。

 おまけに、これまでは『BU』の豆には法外な税がかけられており、おかげで他の区ではそれらの豆を栽培することは出来なかった。

 仮に栽培しても、重課税のせいで売値が跳ね上がり、とても売り物にならなかった。行商ギルドも取り扱ってはくれなかった。


 だが、『BU』の一角が崩れれば、「そこを通れば重課税は避けられる」という実例が出来る。

 そうなれば行商ギルドは必ずそこを利用する。

 全区にネットワークを張っているんだ、当然最も利益の上がるルートを選んでくれる。


 そして、そうなれば……『BU』から脱退する区は他にも現れる。


「トレーシーさん。もし『BU』を脱退してくれるなら、ボクたちの作った作物は二十七区を経由して中央へ出荷しようと思うんだけど、どうかな?」

「エステラ……様…………それは、本気……なのでしょうか?」

「もちろん」

「このように、対立した後でもなお……私を信頼してくださると……」

「ボクとトレーシーさんの間には、十分に信頼関係が構築されていると思っているんだけど、違うのかな?」

「違いませんとも! 私とエステラ様の間には、強く太い、決して切れない、何者にも侵すことが出来ない愛じょ――」

「『絆が』!」

「――存在しています!」


 エステラが絶妙のタイミングで言葉を挟み込む。

『愛情』をかき消すようなナイスタイミングで『絆』という単語を叩き込んだ。

 ギリギリセーフだったな。


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