244話 賛成の者は挙手を -1-

『BU』史上初めて、多数決が同数となった。

 そりゃあ、素数じゃない九票を受け入れちまったんだ、そういうこともあるさ。


 ………………気付かなかったのか?


「く……やはり、こんな男に進行役をやらせたのが間違いだったのだ。元からこの男は信用できな……」

「え? なんだって?」


 腕をまっすぐ伸ばし、ゲラーシーを指さす。


「『オオバヤシロの発言を、今日、この場所に限り信用する』んじゃなかったっけ?」

「…………ちぃっ!」


 俺のやり方に反論は出来ても、信用を理由に反故には出来ないぜ?

 すべては、お前たちが多数決で決めたことだ。


「そもそも、選択肢が三つあるということが異常なのだ! 二択であればこのようなことは起こり得なかった!」

「その通りだ」


 ゲラーシーのクレームに二十三区領主が賛同する。

 そして、鋭い眼光で俺を睨みつけ、あくまで議長に対する態度で注文を付けてくる。


「初体験といえど、責任ある議長という立場であることには変わりない。で、あるならば、これまでの伝統に則り選択肢は二つにしていただこう。出来ぬというのであれば、自ら進んで辞任をすべきだ」

「そうだ!」

「こ、これは、我々『BU』の領主の総意だ!」


 日和見主義の二十六区領主と、目先の勝ちにこだわる二十八区領主が小物らしい合いの手を入れてくる。


 あぁ、そうかい。

 分かったよ。


「じゃあ、二択にして仕切り直しだな」


 じっと二十三区領主の目を見つめ返して言ってやる。

 肝の据わった二十三区領主は一切視線を逸らさなかった。たいしたものだ。……それが、単なる意地やプライドによるものでなければな。


「なら最初に、『両方に制裁を科すか』、『どちらか片方に制裁を科すか』の多数決を採ろうじゃないか」


 俺の言葉に、室内の空気がどろりと揺れる。

 実に粘っこい、人間の嫌な部分に触れて鮮度が落ちきった淀んだ空気が充満している、そんな気がするような嫌な雰囲気に包まれる。


 さて、気が付くかな?

 ん? どうだ?

 ゲラーシー、二十三区のオッサン。いいのか、多数決を採って?


「待て」


 待ったをかけたのは、やはりというか、ドニスだった。

 も~ぅ、お前が答えちゃつまんないだろう。

 まぁ、聞いてやるけど。


「何か不都合でも?」

「貴様のその笑顔がワシらに不都合をもたらさなかったことがあるか?」

「あれ、俺笑ってる?」

「あぁ…………実に見事な笑みだ。鉄の箱にしまって蔵の一番奥へしまい込んでしまいたいくらいに、見事なまでに神経を逆撫でする笑みだ。もはや芸術の域だな」

「ありがとう。じゃ、発言どうぞ」


 芸術とまで称えられた笑みを浮かべたまま、ドニスに発言権を与える。


「多数決は公正でなければいかん。そんな結果の見えた多数決は無効だ」

「結果の見えた…………あっ!?」


 ハッと息を飲むゲラーシー。

 ようやく気が付いたらしい。

 そう、この多数決はもうすでに答えが出ている。

『両方に科したい』のは、二十三区、二十四区、二十九区の三区で、他の四区は『片方にだけ科す』方がいいと、さっきの多数決で言っているのだ。

 エステラとルシアを含めれば三対六で、『片方だけに科す』が勝つ。絶対に。


「貴様、ふざけるのも大概にせよ! そんな不公平な多数決などを提案しおって!」


 ドニスに言われるまで気付きもしなかったくせに威勢がいいな、ゲラーシー。


「じゃあどうするんだよ?」

「そんなもの、個別になどと考えずに両方の区に制裁を科すか科さないかで…………」


 と、そこまで言いかけて、自分の発言のまずさに気が付いたようで、ゲラーシーは口を閉じた。

 その多数決。たぶんだけど、いやまぁ確実に、『両方に科さない』って結果になるぞ?


 お前ら以外の四区は『片方にだけ制裁を科したい』んじゃないんだ。『制裁を科されると困る』って区があるんだよ。

 これだけ関係がギクシャクしちまった『BU』の中で、自区の力を削ぐような真似は誰もしたくない。というか出来ない。

 本来、共同体ってのは、どこかが弱ったらそこを補うように力のあるところが手を差し伸べる共存共栄、持ちつ持たれつの関係であるべきなのだが……今の『BU』は違う。

 今のこいつらは、「『BU』が弱ったら、俺は好きにさせてもらうから」と宣言している連中ばかりだ。


 力を失えば、何もかもを失って放り出される。

 そんな状況で、自区を不利にするような選択をする領主はいない。


「まったく……」


 やれやれと肩をすくめて、わざとらしくため息を漏らす。


「どいつもこいつも自分の都合ばっかりで、ガキの集まりみたいだな」

「なんだと!?」


 もはや、条件反射のようにゲラーシーが噛みついてくる。


「じゃあ、二十七区や二十六区の税収が落ちた分を、二十九区が補填してやれよ。仲間なんだろ? 助け合わなきゃ」

「…………ひ、一つの区だけで補いきれるものでは、ないではないか」


 歯切れが悪いなぁ。

 勢いよく食ってかかってきたわりには、尻すぼみになっちまってるじゃねぇか。


「通行税が減ったのであれば、豆の利益で補填するのが筋ではないか!」


 ゲラーシーの言葉に、二十三区と二十五区の領主が頷く。

 だが、当然ドニスが反発する。


「通行税を分配するのと引き替えに大豆の利益を分配しているのだ。通行税が入らぬのであれば、大豆の利益分配も取りやめるのが筋というものだ」

「『BU』が窮地に追いやられているこの状況で、貴公はいまだにそのようなわがままを口にするのか!?」

「ふん! 思い出したように『貴公』などと呼びおって」


 睨み合うドニスとゲラーシー。

 その脇から、分配金がなくなると困る二十六区と二十八区の領主がドニスを説得するように言葉を連ねる。


「まぁ、ここは一つ寛大に」

「大人の対応というものを、我らが偉大なる同胞ドニス・ドナーティ殿には見せていただきたいと……」


 それは火に油だ。


「ならば、小豆とカカオも、これまでの倍の額を出してもらえるのだな?」

「なっ!?」

「わ、我々の豆など、大豆に比べれば利益など微々たるもので……そ、それに、二十六区はともかく、我が二十八区は通行税もほぼ見込めない立地。小豆の細々とした利益で辛うじて生きながらえている状況……小豆の分配金を倍になど、不可能であると言わざるを得ない」

「ウ、ウチもそうだ!」

「いや、二十六区は通行税もあるし、どうせいつもの『倍にしてもいいし、しなくてもいい』でしょう?」

「してもいいわけあるか! き、きき、貴公! 裏切りであるぞ、その発言は!」


 ドニスを放ったらかして、二十六区の総白髪の日和見ジーサンと、二十八区のガリガリロン毛が口論を始める。

 どっちも殴り合いは苦手そうだし、放置しといても問題ないだろう。


「分配金を見直すのであれば、真っ先に増額すべきは二十九区ではないですか?」

「貴様、マッカリー! ふざけたことを!」


 トレーシーの奇襲に、ゲラーシーが唾をまき散らす。

 だが、トレーシーは平然と、癇癪を起こすこともなく言い放つ。


「二十九区は、ソラマメの流通が活性化し未来的に利益が増える。おまけに、三十区と四十二区を繋ぐ新たな流通路が誕生すれば通行税も増額するかもしれない」

「ど、どちらも可能性の話だ! 現時点ではなんとも言えん状態ではないか」

「いや、確実に利益は増える、ワシは確信しておるぞ」


 自信たっぷりに言って、ドニスが俺を指さす。


「あの男がもたらした豆板醤という新しい調味料、アレはかなりの利益を生み出す物だ。その原材料となるソラマメは、当然その価値を上げる」


 その事実を知らなかった連中が騒ぎ出す。


「それは真か、ミスター・エーリン!?」

「き、貴公は、このっ、四十二区の……、よりにもよって最も煩わしい、このっ、この男と通じて、おのれの区の利益を上げたと申すのか!?」


 二十八区領主が食らいつき、二十六区の白髪ジーサンがぽっくり逝きそうなほど血圧を上げてわめく。


「ち、違う! 私は何も知らん! ミスター・ドナーティ、それは本当なのか? あ、あの新しい調味料を生み出したのが、こ、この男だと……!?」

「あぁ、そうだ。それで、ウチの麹を必要とし我が区へと訪れたのだ。……で、あろう?」


 まぁ、微妙に違うが『もたらした』ってのは本当か。

 生み出してはいないけどな。


「それが、なんか問題あるのか?」


 嘘のない回答をしておく。

 そして、それが事実を知らなかった連中の怒りに火をつける。


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