243話 多数決をぶち壊せ -5-

「私としては、むしろ喜ばしいことですね」


 トレーシーが悠然と言ってのける。

 これまで二十五区が得ていた利益を、丸々奪い取るチャンスなのだ。

 さぁ、トレーシー。自分たちの利益のために動くんだ。いいな? 自分の利益だけを考えろ。


「し、しかし……三十七区の港であれば、加工業の老舗である三十六区へ材料が集まり、我が二十六区への流通は確保されるか…………」


 ぶつぶつと、脳内シミュレーションの模様を口から漏らす二十六区領主。

 年を取るといろいろなところのしまりが悪くなるのか、自分が独り言を言っている自覚はなさそうだ。

 ドニスの方がジジイだってのに、しまりのねぇジーサンだ。


「あぁ、そうそう。四十二区にも港を作るから」

「「えっ!?」」


 ぬか喜びをしていた二十六区領主とトレーシーの顔が強張る。

 港の利益を甘受できると思っていたところへ、明後日の方向からの牽制だ。思考が止まるのも無理はない。


「海漁ギルドにも許可を取って、木こりギルドと狩猟ギルド全面協力の元、四十二区に港を作ることにしたんだ。水路も調査して、早ければ年内にも稼働できる計算だよ」

「ちょっ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、エステラ様!」


 すがるように、トレーシーがエステラへと駆け寄ってくる。


「港を……四十二区に?」

「そうだよ」

「…………本当、ですか?」

「もちろん」

「で、でもっ! 三十区への別ルートが出来て、木こりギルドや狩猟ギルドのみならず、海漁ギルドまでもが四十二区を通るルートを選択したら…………」


 これまでは、崖があるために大きく迂回していた流通ルートが、オールブルームの下半分だけで回り始めてしまう。

 迂回ルートの先に存在していた二十七区の収入は激減する。

 四十二区に集まった食材や部材は、外周区に回すよりも、外からの行商人に売った方が儲けが出るからだ。


「四十区以北の区は、流通が滞ってしまいます。そんなことになったら……」

「トレーシーさん」


 恐ろしい未来を想像して青くなるトレーシーの肩に、エステラが優しく手を添える。

 それだけで少しほっとした表情を見せるトレーシー。

 まさか、次に来る言葉がこんなものだとは想像もしていなかっただろう。


「知らないよ、そんなこと」


 完全に突き放す言葉。

 エステラの浮かべている笑みにははっきりと、「だって、あなたは敵でしょ?」と書かれている。

 これは、トレーシーにはかなりきつい。


 もちろん、流通網が滅茶苦茶にされて困るのはトレーシーだけではない。


 二十六区も、二十三区も、二十九区もだ。

 二十七区のおこぼれで肉や木材の流通の中継地点となっていた二十八区にも、多少は影響が出るかもしれない。


 つまり、四十二区や三十五区に制裁を加えると、利益を失うのは『BU』の方なのだ。

 当然それは、四十二区、三十五区にとっても諸刃の剣だ。

 三十五区は港からの利益が激減するし、四十二区に至っては、三十区をはじめ、ありとあらゆる区から敵対視されかねない危険をはらんでいる。


 だが。


 それでもいいと、そうなったとしても『BU』をぶっ潰すと、俺たちは結論付けたのだ。

 このチキンレース、先に音を上げるのは間違いなく『BU』だ。

 骨を切らせて心臓を握り潰す。

 そういう戦法なのだ。


「ただの脅しではありませんよ。なんなら、この書類に目を通してもらっても構いません」


 エステラとルシアが、手に持っていた紙束をテーブルへと置く。

 それは正真正銘、工事の許可証や、新制度の導入を許可する書類だ。

 これを交付すれば、今エステラとルシアが言ったことはすべて実現される。領主のサインを、今この場で入れたのだ。嘘偽りはない。


「死なばもろとも……ではないですよ?」

「あぁ、そうだな。貴様らが死に絶えるのを見届けた後で死んでやる」


 エステラもルシアも本気だ。

 それだけの覚悟を見せつける。


 流通に頼りきっていた『BU』の連中が焦り始める。

 だが、そんな中でほくそ笑んでいるヤツもいる。


 例えば……ドニスだ。


「通行税が従来よりも入らなくなるというのであれば、豆の利益も『BU』へは還元できんな」

「なっ!? う、裏切るのか、ドニス・ドナーティ!」


 変な汗を浮かべるゲラーシー。

 ドニスの言葉に食らいつくが、まるで縋りついているような悲愴感が滲み出している。

 ここでドニスに見捨てられ、大豆の利益がなくなれば、本当に『BU』は崩壊してしまうだろう。


 だが、ゲラーシーの顔を一瞥して、ドニスは鼻を鳴らした。


「ふん! 裏切るなどという言葉を、貴様からは聞きたくもないわ。ワシやミズ・マッカリーを排除しようと画策し、相互利益を見直すとまで言い出したのは他ならぬ貴様ではないか! 今さら、どの面を下げて人を裏切り者扱いしておるのか」

「……ぐぅっ」


 唇を噛み、視線を下げるゲラーシー。

 完全に言い負かされたようだ。反論は出来ない。


「まぁ、落ち着け、ミスター・エーリン」


 落ち込むゲラーシーに、二十三区領主が声をかける。


「よいではないか。制裁を科せば」

「しかし……!」

「四十二区に港が出来れば、そこからの流通が新たに生まれる。我らの通行税を奪う三十区からの通路が、逆に海からの流通を運び込んでくれる」

「……あ」

「ならば、プラスマイナスゼロ……と考えることも可能であろう」

「…………なるほど」


 ゲラーシーの顔に、微かにだが血の気が戻ってくる。

 利益を奪う抜け道が、新たな利益を生み出す可能性。そこに気付くあたり、さすが二十三区領主だ。

 そこまで思い至れば……及第点だな。

 ようやく、俺の相手になれるってレベルだ。ゲラーシーは落第だ。精々、周りの領主の意見に耳を傾けて自分の居場所を探るんだな。


「うるさいですね」

「あぁ、見苦しいものだ」


 騒ぐ領主たちを眺めて、エステラとルシアが『聞こえるように』呟く。

 はは。俺がやらせていることとはいえ……お前ら、こういうの実は好きだろ?


 エステラとルシアの反撃によって、会議室内は騒然となっている。

 各々が、各々の立ち位置を再確認しているのだろう。



 二十三区と二十九区は、三十区と四十二区を繋ぐ新しい通路が出来ると損害を被るが、四十二区に港が出来ると利益はトントンに持ち込める。

 いや、海産物や木材、狩猟ギルドの肉などを考慮すれば、利益は上がるかもしれない。


 二十四区。ドニスは、流通が大打撃を受けると『BU』内の「通行税を振り分ける見返りに豆の利益を分配」というルールが崩れるので、自区で好きなだけ大豆が作れて利益は拡大する。


 この三区は、四十二区と三十五区に制裁を科すとメリットが得られる。


 逆に、二十五区と二十六区は、三十五区の港にかなり寄りかかった経済体質のために、三十五区を怒らせるわけにはいかない。三十五区の港が禁止されると死活問題になる。

 四十二区に港が出来ようが、三十五区の港が健在であれば、メインの港としての機能は維持できる。

 よって、この二区は三十五区に制裁を科したくない。


 さらに面白いのが、二十七区。トレーシーのところは、三十五区が港を禁止すると、そばにある三十七区の港が活性化するのでメリットが大きくなるのだ。

 ただし、四十二区が港を作り、三十区へ抜ける道が出来てしまうと流通網から弾き出されてしまうため、四十二区には制裁を科したくない。


 同様に、崖の下の外周区からの流通のおこぼれで生きている二十八区も、二十七区と運命を共にしていると言える。



 さて、そろそろいいか。


 俺は大きく手を打ち鳴らし、全員の注目を集める。

 シンキングタイムは終了だ。もう十分考えただろう?


「多数決を行う」


 空気が凍る。

 まだ状況を理解しきれていない者も何人かいるので、親切な俺は説明をしてやる。


「先ほどの多数決で『制裁を科す』というのは決まっている。だから、次は『どこに制裁を科すか』を決めたいと思う」


 室内にざわめきが起こる。

 わずかに期待を含んだ、緊張の声が漏れる。


 誰もが明確な答えを持っている。

 ヤツらはただ待っているのだ。自分に都合のいい選択肢が述べられるのを。


「順番に行くぜ……」


 ゆっくりと言って、一つ目の選択肢を提示する。


「三十五区と四十二区、両方に制裁を科すべきだと思う者」


 ゲラーシーとドニス、そして二十三区領主が手を上げる。


「では、三十五区にのみ制裁を科すべきだと思う者」


 エステラが真っ先に手を上げ、やや遅れてトレーシーと二十八区の領主が手を上げる。


「四十二区にのみ制裁を科すべきだと思う者」


 二十五区と二十六区の領主が食い気味に手を上げ、最後に堂々とルシアが手を上げる。



「…………え?」



 その声が誰のものだったのかは分からない。

 だが、その声が意味するところは、七領主すべての心境を表しているのだろう。


 分かりやすく紙に書いてやる。




 三十五区と四十二区両方に科す 三票

 三十五区にのみ科す 三票

 四十二区にのみ科す 三票




「………………同票……だと」


 多数決において、あってはいけない現象を目の当たりにして、ゲラーシーが声を漏らす

 その言葉もまた、七領主すべての心境を表しているのだろう。



 さぁ、どうする?

 神聖なる多数決が、崩壊しちまったぜ。






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