243話 多数決をぶち壊せ -4-
「賛成多数、か……」
分かりやすく落胆してみせると、ゲラーシーが嬉しそうな顔をしていた。
アレがロレッタなら、いじり甲斐のある可愛らしさもあるってもんだが……ゲラーシーだと、ただただ哀れだな。
「じゃあ、エステラにルシア。『例の件』は発動ってことでいいか?」
「仕方ないだろうね」
「あぁ。折角の機会を自らの手で潰したのだ、あとになって文句も言えまい」
勝利の余韻に浸っていた領主たちの顔に緊張が走る。
緩みかけていた空気が再び張り詰める。
「では早速、明日から発動ということで手配を始めるとするか」
「ボクの方も、すぐに工事に掛かりたいと思います」
それぞれの給仕を呼び、差し出された紙に何かを書き始めるエステラとルシア。
状況が飲み込めずに固唾を飲んでいる七領主たちに、俺は手向けの言葉を贈っておく。
「忠告しようとはしたんだぞ。こいつら、今回の会談に命がけで挑んでいるから、冗談や酔狂じゃないんだって。でも……お前らが話を聞かねぇんだもん。しょうがねぇよな」
トンッ――と、紙の束を机に打ちつけ、エステラとルシア、それぞれが給仕長に書類の束を手渡す。
そして、一切の感情を感じさせない事務的な声で通告する。
「そちらが不当な制裁を科すという結論を出されたので、こちらも報復措置を執ることにしました。内容は……あっと、話してはいけないんでしたっけ? では、後日文書でお知らせいたします。あぁ、大丈夫です。そちらに何かをしていただくつもりはありませんので」
「いかにも。我々で勝手にやることだ。そなたらはただ、『気にしなければいい』」
ざわつく室内。
領主のみならず、部屋を守る兵士や、冷静でいなければいけない給仕長たちもが息を飲んだ。
「じゃあ、帰ろうか。ヤシロ」
「うむ。交渉は決裂だ。実に惜しい……が、致し方ない」
「待て!」
待ったをかけたのは、やはりゲラーシーだった。
立ち上がり、退席しようと席を立ったエステラとルシアを呼び止める。
呼び止めざるを得ないよな、両サイドから、仲間であるはずの領主たちにそんな圧力を掛けられちゃ。
無言なのにひしひし伝わってくるぜ。
「お前が話をさせなかったのだから、責任を取れ」って感情がな。
「報復とは、なんのことだ?」
「…………話しても?」
「話せと言っている!」
「…………」
エンジンのかかったエステラは生き生きしている。
「は? お前が命令できる立場だと思ってんのか?」みたいな顔をして無言を貫いている。……怖~ぃ。敵に回したくな~い。
「先ほどはゲラーシーが無礼を働いた」
しゃべり出したのはドニスだ。
さっきの多数決で、賛成に手を上げなかったドニスだけが、今発言する権利を持っている。
やっぱドニスは手強いな。よく先が見えているぜ。
こんなにも分かりやすい罠なら、見破って警戒しちまうんだもんな。
「そなたら二人の言葉、自暴自棄とも売り言葉に買い言葉の浅はかな放言とも思えない。願わくは、そなたらの言う報復の内容をお聞かせ願いたい」
ドニスが謝罪を述べる。
だが、その謝罪はゲラーシーの非礼に対するものだ。
つまり、ドニスはゲラーシーの代わりに謝ったということになり、泥を被ったのはゲラーシーだ。ドニスはノーダメージ。
「ごめんなさいねぇ、ウチのバカが……」という謝り方をするおばちゃんみたいなもんだ。「私は悪くないんだけど、このバカの代わりに謝っておくわね」ってヤツだ。
ドニスにそうまで言われて、ゲラーシーが顔を真っ赤にしている。
だが、反論など出来るはずもない。
全責任はゲラーシーへ。
「では、お話いたしましょう」
「DDに免じてな」
あくまで、「話してやる」という態度で、エステラとルシアが七領主の前に並び立つ。
そして、今さっき、この場でサインしたいくつもの書類の束を持って、その書類の内容を告げる。
「これは、関係各所への許可証です」
「これを送付すれば、報復は行われ、二度とは止まることがない」
GOサインってヤツだ。
あの許可証を待ち構えてるヤツらが何人もいるんだぜ。とりわけ、四十二区の社畜どもが今か今かとな。
「もし、四十二区へ不当な制裁が加えられるようなことがあれば……」
七領主の視線を一身に受けて、エステラが真剣な表情で言う。
一切の冗談も、容赦も含まずに、きっぱりと。
「崖を崩して三十区への通路を建設する」
「「なっ!?」」
声を上げたのは二十三区とゲラーシーだった。
オールブルームで最も大きな街門を持つ三十区。
そこから街へ入った人間は、二十三区か二十九区を通って街へと入ることになる。四十二区のような崖の下の外周区へ行くにも、一度『BU』を通過する者がほとんどだ。
それを、横取りする。
「金銭的に苦労が絶えなくなるだろうからね。通行税なしの道を作って、少しでも物流を確保しようと思うんだ。多少は流れてきてくれるだろう」
「そ、そんな無茶がまかり通ると思っておるのか!?」
青筋を立てて怒鳴っているのは二十三区の領主だ。
これまでほぼ独占状態にあった通行税が分散する。致命傷とはなり得ないが、痛手は負う。
まして、ゲラーシーのアホがドニスと揉めたせいで、通行税とマメの利権を見直そうという話が出かねない状況だ。
ここでのマイナスがどんな不利益を生み出してしまうのか、想像もつかない。
「無茶を押し通したのはそちらでしょう? 花火で雨が降らなくなった? ……もし、本気でそう信じている人がいるなら、今ここで宣言してもらえますか? 精霊神様に誓って」
「精霊神に誓って」というのは、「嘘ならカエルにするぞ」よりも少し強い語調の脅しだ。嘘であるはずがないのだから『精霊の審判』を拒否することもないよな? ってことだからな。
無論。誰も口を開かない。
無理筋だってことは誰もが知っているのだ。
ただ、それを貴族間の忌まわしい習わしに則り、遠回しな圧力と共に「証明してみせろ」と無理問答をしているだけで。
「狩猟ギルドや木こりギルドも、通行税を払わずに外へ輸出できるようになれば利益が上がるだろうからね。相談したら乗り気だったよ」
「そ、そんなもの……認められない」
ゲラーシーが呟くように言う。
随分と腰が引けている。通行税ってのは、それくらい旨みがあるわけだ。
だが、これだけじゃないぞ。こっちが用意している報復は。
「三十五区によからぬ企てをするのであれば、我が港で水揚げされたすべての物に税を課すことになる。輸出される物に税が課され、『BU』に入る際も税が課される。行商ギルドはどう動くだろうな?」
「こ、困りますぞ、そのようなことをされては!」
二十五区の領主が顔面蒼白で立ち上がる。
釣られるように、二十六区の領主も起立した。
「か、加工品は、関係ないのであろう? 水揚げされた後に、加工されているのだから!」
「三十六区へ移動する際も、大量の税を取るつもりだ。自ずと、生産量は激減するだろうな」
「バカな……っ! 中央区への輸出はどうするおつもりか!? 海産物の加工品を必要としているのは、外周区の者だけではないのですぞ!」
「知ったことか。我が区は、不当に与えられた損失を埋めるためにそのような措置を取らざるを得ないだけだ。あとは各々の区で領主が考えればいい」
三十五区の港が使えなくなれば、隣接する二十五区、海産物の加工品の流通に頼る二十六区には相当な痛手となる。
二十五区領主は、ドニスの顔色なんか気にしている暇もないし、二十六区領主にしてみれば、日和見主義を貫いてはいられないほどの大打撃となること間違いなしだ。
ただし、三十五区が港に制限をかければ、もう一つの港、三十七区が潤うことになる。
そして、その三十七区に隣接する二十七区も。
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