閑話 あしたの天気 -2-

「なんだよぉ! まったく、店長は大袈裟なんだからよぉ!」

「で、でも! こんなに可愛いんですよ!? 可哀想で可哀想で!」


 誤解が解け、お茶を飲みながらテーブルを囲む俺たち。

 ……生きた心地がしなかった。


 結局、テルテル坊主は没収されて、現在、ジネットの胸にギュッと抱きしめられている。…………おのれ、テルテル坊主め! 今度は違う意味でイジメてやろうかぁ!?


「でも、ジネットちゃん。迂闊な発言は感心しないよ」

「はぅ……すみません。ヤシロさん相手ですので、構わないかと思ってしまって……」

「「「「「「――っ!?」」」」」」


 みんなの表情が一斉に真顔になる。


「はぅっ!? ち、ちち、違いますっ! ヤシロさんに、そのような行為をされることを望んでいるのではなく、ヤシロさんであれば、そのような発言を悪用したりはしないであろうという信頼から出た発言です! 本当ですっ!」


「どはぁ~……」と、野太いため息が漏れる。

 ……ホント、発言には気を付けろよ、ジネット。


「しかしアレさねぇ」


 煙管を指で弄びながら、ノーマが気だるげに言う。


「雨が降らないのは確かに厄介さねぇ。ウチも、水汲みにため池まで何往復もしなきゃなんなくてねぇ……手を焼いてるんさよ」

「あたいも困ってるぞ。川の水位が下がって、川の魚が弱ってんだ。あれじゃむやみに漁が出来ねぇよ」

「私も。濡れたエステラ様を見てはぁはぁ出来ないので困っています」

「ごめんヤシロ。身内の不祥事を今すぐ糾弾してきていいかな?」

「なんなら今すぐ連れて帰ってくれていいぞ」


 こっちは真剣に悩んでるってのに。

 ナタリアはいつだってマイペースだ。


「去年は、エステラ様がヤシロ様の服を着て館に帰ってきたりしたものですけどねぇ」

「「「――っ!?」」」

「違うよ! 大雨で服が濡れたから借りただけ! それだけだから!」


 当時のことを知らないノーマ、デリア、ロレッタが目を剥いていたが、エステラの説明で納得したようだ。…………ナタリア。お前、ホント帰れよ。


「まったくもう!」


 ナタリアを叱りつけ、エステラが紅茶を啜る。

 カップを置くと同時にこちらに視線を向け、世間話でもするかのような口調でこんなことを言う。


「ねぇ、ヤシロ。雨降らせてよ」

「お前は俺を神様かなんかだと思ってるのか?」


 そんな大それた力がありゃ、もっと金儲けに利用しまくってるわ!


「ヤシロなら、何か知ってるんじゃないの? 雨を降らせる方法。ほら、大雨の時は打開策考えてくれたじゃない? アレみたいにさ」

「いくら俺がイケメンでも、天候までは操れねぇよ」

「ごめん、今真面目な話してるからくだらないボケは挟まないでくれるかな?」


 なにがボケだ!?

 イケメンだっつうの!


「でも、お兄ちゃんの故郷って、不可能を可能にする魔法みたいな力が発達してるですよね?」

「してねぇわ!」


 バリバリの科学技術推しだっつうの!

 魔術は一部のテレビに出る自称魔術師くらいしか使わねぇよ。


「なんかないんさね? 言い伝えでもなんでも、雨を降らせそうなものは」

「言い伝えなら……テルテル坊主を袋叩きにして半殺しにしてやれば……」

「それは絶対させませんからね!? 店長権限ですっ!」


 こんなところで発動するのか、店長権限!?

 そんなに可愛いかテルテル坊主が?

 俺が坊主頭にしたら、そいつみたいにおっぱいにぎゅって挟んでくれるのか? …………俺、坊主にしようかなぁ!?


「なんだか、ジネットちゃんがここまで強硬手段を取るなんて珍しいね」


 エステラがジネットを見て苦笑を漏らす。

 そう……こういう時、よく言われるのが…………


「……明日は雨かもしれねぇな」


 ぼそりと呟いた俺の言葉に、その場にいた全員が一斉にこちらを向く。


「それだ! それだよ、ヤシロ!」

「そうさね! 昔からよく言うさね!」

「鮭は美味いってな!」

「そうじゃないさね! 『珍しいことをすれば雨が降る』さね!」

「我が家では『血の雨が降る』でしたが……」

「それは君の家だけだよ、ナタリア……」


 急激にテンションの上がった一同。

 いつも冷静なマグダと、このノリに乗り遅れたとオロオロしているロレッタはいまいち乗り切れていないようだが。


「まぁ、迷信だけどな」

「それでも、ボクたちの状況を考えればやらないよりはマシだよ!」

「なんです? 珍しいことをすればいいです?」


 きょろきょろと窺うように視線をさまよわせるキョロ充ロレッタ。

 よし、こいつに先陣を切らせよう。


「ロレッタ。何か普通じゃないことをしろ!」

「ぅえぃ!? ふ、普通じゃないことってなんです!?」

「それを自分で考えるんだよ! すごく珍しいヤツな!」

「えぇぇえ!? ど、どど、どうしましょうです!? えっと、えっとぉ…………じゃ、じゃあ、モノマネするです! 『おっぱい、サイコー!』」


 変に声を変えて、ロレッタが割と最低なことを口走る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「だ、誰かなんとか言ってです!」

「普通」

「普通はやめてです! それなりに似てたはずです!」


 必死に訴えるロレッタ。

 しかし、食堂内にはざわざわとした空気が広がっていく。


「声も似てない上に、ヤシロの口調も真似できてないさね」

「今の、ヤシロの真似だったのか? あたい、よく分かんなかったぞ」

「……ロレッタにしては頑張った」

「ですが、結果を見れば『普通』の人が『普通』にスベッた状況と言えますね」

「言われ放題です!?」


 似てもいないモノマネを披露してスベるという『普通中の普通』を披露したロレッタ。

 何一つ珍しくもないので、雨は期待できない。


「……ロレッタは、しょせん『普通四天王』最弱の存在」

「他に誰がいるです、普通!? そう言われると負けたくない気がしてきたです!?」


 無駄なところで張り合おうとするロレッタをスル~っと無視して、マグダがみんなに向かって口を開く。


「……マグダが、早口言葉をしゃべる」

「えっ!?」


 声を上げたのはエステラだった。

 俺も、マグダとは最も縁遠いワードを耳にして若干驚いている。

 早口言葉? マグダが?


「……刮目するがいい」


 すぅ~……っと大きく息を吸って、マグダは口を開く。


「……なむっ…………」


 そして、盛大に舌を噛んだようで口を押さえて蹲る。

 おそらく、『生麦生米生たまご』とでも言いたかったのだろう。


「…………てごわひ……」


 口を押さえ、耳をぺた~んとさせる。マグダ、リタイアのようだ。

 何がしたかったんだろうな、こいつは。


 痛かったのか、舌をぴろぴろ出して目尻に涙を溜めている。

 ウーマロがいたらきゅん死にしそうな愛くるしさだ。……あ、ジネットに甘えに行った。よしよしって頭撫でられて少しだけ機嫌を直している。

 うん。いつも通りだな。何一つ珍しくない。


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