閑話 あしたの天気 -3-

「よし、デリア!」

「なんだ!?」

「鮭以外の話をしてくれ!」

「無理だ!」


 潔いな!?


「何かあるだろう!?」

「この前イクラがさぁ!」

「それは将来的に鮭になるヤツの話だろうが!? もっと珍しい、意表を突いたようなものはないのか?」

「う~ん…………」


 腕を組んでたっぷりと悩んだ後、デリアは力強くこう言った。


「ないな!」


 ザ・いつも通り。

 これほどまでに日常の風景を再現できるヤツも少ないかもしれんな。


 えぇい、これでは埒が明かん!

 こういう時は、なんだかんだ頼れるノーマの出番だな!


「ノーマ、ちょっとモテてきてくれ!」

「どういう意味さねっ!?」

「花婿候補が押し寄せて引く手あまたで『ど~しよ~、ノーマ、困っちゃう~』って言ってきてくれ!」

「断じてお断りさね!」


 なんでだよ!? 

 ノーマがモテモテだったら、絶対明日大雨だろう!? ……って言いかけてやめた。

 ノーマの目が……マジだ。…………狩られるっ!?


「ヤシロ様。私に一つ提案が」

「なんだ?」

「エステラ様が巨乳になるというのはいかがでしょう?」

「出来るならとっくにやってるよ!?」

「待て、ナタリア。雨は欲しいが、あまりに降り過ぎると下水が決壊してしまいかねない」

「そんなに雨降るのかい、ボクが巨乳になると!?」

「「四十二区が……沈む」」

「息ピッタリだよね、君たちは!?」


 いかん。

 ここまでずっと、物凄くいつも通りだ。

 こうまで日常風景が続くもんかというほど見慣れた光景しか目にしていない。


「よし! こうなったらナタリアを弄ろう!」

「そうだね! ナタリアは普段あまり弄られていないし、何か珍しいことになるかもしれないね!」

「やけにノリノリですね、エステラ様…………抉れればいいのに」

「抉れないよ!?」

「ナタリア。物には限度ってもんがあるさね」

「フォローになってないよ、ノーマ!? ははぁ~ん、フォローする気なんかさらさらないんだね、君は!? よぉし、君も敵だ!」


 いかんな。

 ナタリア弄りのはずが、気が付くとエステラ弄りになっている。


「ナタリア。たまにはお前も甘える方に回ってみたらどうだ?」


 ナタリアは、意外と攻めに弱い。

 一度赤面させてやれば、これだけの『弄りたがり』が集まっているんだ、何か面白い化学反応を見せてくれるだろう……くっくっくっ。


「ヤシロ様」


 少しだけ強い口調で、ナタリアが俺を呼ぶ、

 なんだよ。どんな言い訳をしても、俺は弄りの手を止めないぜ?


「最近、他人に甘えると自宅にいるような気分になってしまい、思わず自宅での格好になってしまうのですが……」

「はい止め! ナタリア弄りは禁止な!」


 ナタリアは、自宅では全裸で過ごしていると、以前言っていた。

 食堂で全裸はマズい。

 いや、どこでもマズいんだけどな。


「となると……残るはジネットか」

「へ……っ!?」


 全員の視線を一身に浴び、ジネットが顔を強張らせる。

 椅子から立ち上がり、じりじりと後退していく。


「なんだか、普段、ジネットがやりそうもないことをさせてみよう」

「店長がしないことっていやぁ……暴力?」

「それはダメさね。暴力は容認できないさよ……だからねぇ……『コスプレ』とか、どうだろうねぇ?」

「それはいいですね! 店長さんのわがままボディを、ヤシロ様の欲望の赴くままに料理してもらいましょう!」

「……それは興味深い」

「あたしも、見てみたいです!」

「あ、あの……みなさん……?」


 じりじりと、追い詰められていくジネット。

 その目は、いまだ発言していない俺とエステラに向けられており、まるで縋るように見つめてくる。


 しかし……


「ごめん、ジネットちゃん。ボクもちょっと見てみたいんだ」

「よし! 満場一致で紐みたいなビキニを着せることに決定だな!」

「そんなこと、誰も言ってないですよ!?」


 普段なら、ここで俺が「懺悔してください」と言われて終わるのだが……今、この場にいるのはジネットを除けばみんな俺の味方なのだ。

 みんなが見たいと思っている。

 そう、ジネットの、わがままボディを!


「あ、あの……じょ、冗談……です、よね? ね? みなさん!?」


 壁際に追い込まれるジネット。

 縋れるものをなくしたジネットは、胸に抱いたテルテル坊主を「ぎゅ~!」っと抱きしめる。

 もはや、味方はテルテル坊主しかいないとばかりに!


 ふふふ……そんな紙の塊に何が出来る?

 何も出来まい?


 ふふふ…………ふははははっ!



「さぁ……ジネット…………覚悟するんだ……」

「い、いやぁぁぁああっ!」



「ぎゅむぅぅぅぅううううっ!」っと、テルテル坊主がジネットの胸の谷間へとめり込んでいく。くっそ、羨ましいっ!


 と、拳を握りしめた直後――



 ブチンッ!



 ――という音共に、テルテル坊主の首が「ころ~ん!」と転げ落ちた。


「きゃぁぁあああっ!?」


 絶叫。

 ジネットが転げ落ちたテルテル坊主の頭を拾い上げ、涙ながらに訴える。


「テルテル坊主さん! しっかりしてください! 傷は浅いです!」


 いやいや。致命傷だろう。首、取れたんだし。


「あ、あの……どなたか、テルテル坊主さんを助けてあげて……く…………だ………………あの、なんでしょうか、この空気は?」


 ジネットを取り囲む一同が、揃いも揃ってどよ~んとした顔をしていた。

 そんな面々を代表して、俺が感想を述べてやろう。


「ジネット」

「は、はい……?」

「とてつもないな、お前の乳圧!」

「ちっ…………もう! 懺悔してくださいっ!」



 俺だけが理不尽に怒られて、その日は解散となった。





 ――翌日。


「……ボク、ジネットちゃんとの間に壁を感じるよ……」


 エステラが、陽だまり亭の窓から外を眺めている。

 外は土砂降り。

 本日は朝から叩きつけるような豪雨が降り続いていた。


「そう! ジネットが乳圧でテルテル坊主を撃退したから!」

「そ、そんなことないですよ!? たまたまですっ!」


 そう言ってほっぺたをぷっくりさせながらも、俺が修理してやったテルテル坊主を大切そうに抱きしめているジネットなのだった。






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