閑話
閑話 あしたの天気 -1-
カラカラカラ……ガコン…………パシャ~……
カラカラカラ……ガコン…………パシャ~……
カラカラカラ…………
「だぁ! もう! めんどくせぃ!」
俺は、桶を引き上げるためのロープを手放して、不平を示すために腕を組んだ。
ぷんだ! ぷん!
勢いよく桶が落下し、井戸の底で音を立てる。
「……ヤシロ。あと三杯汲まなければトイレを使用できない」
「そうは言ってもよぉ……」
「……夜、旧トイレを使う?」
「…………水、汲みます」
俺は再びカラカラと、井戸から水の入った桶を引き上げる作業に戻る。
地味に重い。
俺、箸より重いもの持ったことないのになぁ。
「……ヤシロ。また水が零れている。ロープは、まっすぐ下に引く。水は無駄には出来ない」
そもそも、マグダがいるんだから、こういうのはマグダがやってくれればいいのに…………
と、そんなことを言い続けて水汲みを避けまくった結果、「……ヤシロは水汲みが下手」とマグダに指摘され、現在『練習』させられているのだ。
「……マグダとロレッタがいつでもお店にいられるわけではない。そんな時に動けるのはヤシロだけ。きちんとマスターするべき」
「へいへい。分かってるよ」
教育に関してはスパルタ気味なマグダ教官指導のもと、俺の『練習』は続く。
そもそも、なぜ俺が水洗トイレ用の水汲みなんぞをしなければいけないのかというと……
「降らねぇなぁ、雨」
雨がまったく降らないのだ。
見上げた空は抜けるように青く、雲一つない快晴だった。
季節は六月。
今から一年前は、大雨が続いて水害に悩まされてたってのに……下水を作った途端雨が降らなくなるとか……精霊神の性根がねじくれ曲がっている証拠に他ならないだろう。
「ほい! これでラストッ! っと!」
水洗トイレのタンクに満タンの水を入れ、俺はようやく重労働から解放される。
つか、何杯汲ませるんだよ……
「……マグダなら、ヤシロの三分の一の回数で終わる。ヤシロは桶の三分の一しか水を入れていない」
「だって……重いんだもん」
「……その割に、よく零す」
「だって……腕痛いんだもん」
「……ガンバレ、男の子」
こういうのは男も女もないと思うがな。
なにせ、俺の知り合いの女たちはみんなパワフルだからなぁ。
あのミリィでさえも、俺以上の腕力を持っているのだ。
俺が勝てるのは、ジネットとレジーナくらいだろう。
「……ちゃんと練習して、うまく出来るようになるべき」
「いいんだよ。俺はず~っとマグダと一緒に暮らすから」
力仕事はお前に任せた。俺は頭を使う担当だ。
「…………ふん」
「おぶっ?!」
マグダの尻尾が俺の頬を打つ。
なにすんだよ!?
「……そういうことを、言うのは、ズルい。……ちゃんと叱れなくなる……」
マグダの耳がぴるぴると小刻みに揺れる。
照れているのだろうが…………打たれた頬がマジ痛いんですが……ちょっと泣きそうだぞ。
「……雨が降らない以上、この作業は毎日、朝昼夕と定時に三度、それから、お客さんの入り数によって臨機応変に行う必要がある。その度に水を零していては、井戸が枯れてしまう危険があるため、ヤシロは早急に水汲みをマスターする必要がある」
日照りが続けば、食堂で使える水もなくなってしまう。
「……今日からはずっと『特訓』」
『練習』からグレードアップしやがった……
「……今夜は、寝かさない」
「意味深な言葉を呟くな……」
つか、夜? 夜まで特訓をすんのか?
……俺、腕がもげ落ちるかも…………
「……ランチのピークは過ぎたから、しばらくは休憩するといい。けれど…………今夜は寝かさない」
「お前、それ言いたいだけだろう!?」
むふふと笑って、マグダが厨房へと入っていく。
一人中庭に取り残され、俺は筋肉がパンパンに張った腕をさすって考える。
これはマズい。こんなことを続けていたら、マジで死んでしまう。
なんとかしなければ…………
要は、雨が降れば問題は解決なわけだ…………よし!
俺は、早速行動を起こした。
「わぁ! それはなんですかヤシロさん!? すごく可愛いですね!」
食堂の特等席で、俺がせっせと作っているものを見て、ジネットが目をキラキラさせている。
……やらないぞ? これは今から使うんだから。
「どことなく、雪だるまちゃんたちを思い出します」
と、遠い日を懐かしむように斜め上を見上げる。
ジネットはこういう造形のものがホント好きだよなぁ……
「これはな、テルテル坊主ってんだ」
「てるてるぼうず?」
「こいつを窓辺にぶら下げておくと、明日の天気を晴れにしてくれるっていう、俺の故郷のおまじないだ」
「へぇ。そんな可愛らしいおまじないがあるんですね」
楽しそうに言って、テルテル坊主の顔をちょんと指でつつく。
「でも、ここ最近日照り続きですので、あまり晴れは歓迎できない気分ですね。洗濯物は、よく乾いてくれるんですが……」
「無論、俺も晴れなんか望んじゃいない。今からでも暴風雨が到来してほしいくらいだ」
「では、なぜテルテル坊主さんを?」
なんでか、テルテル坊主にさん付けをするジネット。
その手から、先ほど作ったテルテル坊主を取り上げて――
「こうするんだよっ!」
――思いっきり床へと叩きつける!
「きゃぁあああっ!? ヤ、ヤシロさんっ、なんてことを!?」
「そいつは晴れの化身だ! 痛めつけて瀕死になれば、きっと大雨がやってくる! さぁ、そこを退くんだジネット!」
「い、嫌です!」
床に横たわるテルテル坊主にとどめを刺してやろうとするも、ジネットが立ちはだかってそれを阻止する。
「テルテル坊主さんをイジメるくらいなら、わたしをイジメてください!」
「お前をイジメても雨は降らんだろう!? 雨を降らせるため……つまり、この四十二区に住むすべての者たちのためなんだ! そこを退け!」
「聞けません! 誰かの犠牲の上に成り立つ平和など、精霊神様はお認めにはなりません!」
「そこを退け、ジネット! さもなくば……揉むぞ!」
「それでテルテル坊主さんをイジメないと約束してくださるのなら、どうぞお揉みください!」
「いや、そこはさすがに認めちゃダメだろ!?」
「いいんです! テルテル坊主さんがそれで救われるのであれば、わたしが身代わりになれるのであれば……さぁ、ヤシロさん! 揉んでください! そしてわたしをイジメてくださいっ!」
「ちょっとジネット!? お前、なに言ってんの!?」
なんだか、盛り上がり過ぎてジネットが大変なことを口走っている!?
――と、その時。
……魔界の口が開いたのかと思うような、禍々しくも不吉な気配を感じた……
「ヤシロ……遺言の準備は出来たかい?」
「あんたには、呆れて物が言えないさね……」
「ヤシロ……あたいは悲しいぞっ!」
「ヤシロ様。介錯いたします」
「なんか四十二区の武闘派が勢揃いしてる!?」
入り口に、エステラ、ノーマ、デリア、ナタリアが立っていた。
「どうしたです? なんです、この禍々しいオーラは!?」
騒ぎを聞きつけてロレッタが厨房から顔を出す。
……あれ? マグダは…………と、辺りを見渡すと、俺のすぐ背後にマグダが気配を殺して立っていた。……ビックリするから、気配消して接近すんのやめて。
「……ヤシロ」
マグダが、色のない瞳で見上げてくる。
「……今まで楽しかった」
「不穏な発言してんじゃねぇよ!? いいからお前ら、話を聞け!」
俺は、ジネットの暴走のいきさつを懇切丁寧に説明した。まさに、命がけで。
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