4話 ちょっ、待てよ! -2-
陽だまり亭の店員は、大通りの中ほどにある細い横道へ入っていった。陽だまり亭がある方向だ。店に戻るのだろう。
だったら途中で捕まえて、飯代をその顔に叩きつけてやる!
「テメェの同情なんざいらねぇ」と。
「自分がクッソ貧乏なくせに他人に施してんじゃねぇ」と。
「自分の身を削ってまで他人に優しく出来るほど、テメェは偉くも強くもねぇだろう」と!
お前みたいなバカで愚かなお人好しがな……誰かを助けるなんて、十年早いんだよ!
思い上がるな!
財布をブレザーのポケットにねじ込み、酒場で手に入れた3000Rbを握りしめる。
銀貨がチャリチャリと音を鳴らす。
三十枚あるってことは、この銀貨一枚が100Rbなのだろう。
クズ野菜炒めの料金は20Rb……まぁ、いい。釣りはくれてやる!
俺は100Rb銀貨を握りしめて、陽だまり亭の店員が曲がった横道を曲がろうとした……その時。
「げっ!?」
思わず足が止まってしまった。
曲がり角には大きな掲示板が設けられており、四十二区の全体図や、ギルドの勧誘メモのようなものが張り出されていた。
その中に、とても見覚えのある顔があった。……俺だ。
俺の似顔絵が描かれたチラシが、掲示板のど真ん中に張り出されていたのだ。
『 盗品を売りさばく極悪人。見つけた者はギルドまで知らせること
捕らえた者には懸賞金 10万Rb
生死問わず
特徴:軽薄な口調
死んだ魚のような目
身長170センチ前後
中肉中背
黒髪に黒い瞳
高級な衣服を身に纏っている 』
ピンチッ!
俺、大ピンチ!
指名手配されてんじゃん!?
手配書を破いてやろうかと思ったのだが……
『掲示物を無断で剥がした者には精霊神様の呪いが降りかかる』と、ご丁寧に注意書きがされていたため断念した。
ちっくしょう、なんだよ、これ!?
いつから貼られていた?
『生死問わず』? ふざけんなよ! どこの西部劇だよ!?
酒場ではこんな話は一切聞かなかった。
張り出されてまだ間もないと考えるべきか……他にこの張り紙がされている場所はあるのだろうか?
なんにせよ、早急に手を打たなければ……
一番目立つものはなんだ……?
髪染めなんか売ってるわけないし…………服。そうだ! 服を着替えよう!
ウィシャート家のお抱え商人ノルベールも、服を見て俺を貴族の関係者だと判断していたようだし……高級な服ってのはそれだけで目を引くのかもしれない。
ならば、早速そこらの店で服を一式揃えなければ。
俺は大通りに戻り、近くにあった服屋に飛び込んだ。
ブレザーを脱ぎ、小脇に抱えるようにして、なるべくみすぼらしく見えるようにカッターシャツのボタンをだらしなく開けて……
「いらっしゃい」
店にいたのは、大きなおなかをした羊だった。この店の店主のようだ。落ち着いた雰囲気が責任者であると物語っている。
ウール専門店か? いや、そういうわけでもなさそうだ。
「服を一式欲しいんだけど!」
「でも、そちらの服よりいいものは、ウチにはちょっと……」
「いいものじゃなくていいんだ! みすぼらしいものの方が都合がいい! あ、でも臭くないヤツな!」
俺が捲し立てると、羊の店主は顔をしかめた。
マズい……あまりおかしなことを言うと怪しまれるかもしれん。
「じ、実は、この服のせいで恐ろしい連中に狙われているんだ」
ギルドとか、超恐ろしい。よし、嘘は言ってない。
「それで、身分を隠すために、あえてみすぼらしい格好をしようというわけだよ」
「あぁ、なるほどねぇ」
その説明で納得したのか、羊の店主はうんうんと鷹揚に頷いた。
「この付近は治安があまりよくないですからねぇ。確かに、そんないい服を着て歩いてりゃ、いろんな連中に狙われてしまいますよね。うんうん。分かりますよ、はい」
なんとか納得してくれた。
つか、俺の服って、そんな見て分かるほどに高級感あふれてるのか?
よかった、襲われなくて。
夜中にうろついたりとか、酒場に出入りしたりとか、結構危険なことしてたのにな。
「そういうことでしたら、この辺りの服がいいですよ。四十二区の住人は、大体このレベルの服を着てますから」
羊の店主の勧める一角には、明らかに古着と分かる安そうな服が山積みにされていた。
たしか、こういう世界だと……貴族がオーダーメイドで服を作って、上流階級がそのお下がりを着て、売り払われた古着を一般人が着る、みたいな流れだったはずだ。
一体、何人の人間が袖を通したんだか、分かったもんじゃない。
あんまり古着とか、得意じゃないんだけどなぁ……わがままは言っていられない。
俺は、積み上げられた衣服の中から、汚れが少なく、縫製が丈夫そうなものを見繕って購入した。
ついでに、脱いだブレザーを入れるショルダーバッグと、こっちの世界用の財布、そして目深に被れる帽子を購入した。
「あと、墨ってないかな?」
「墨……ですか? ウチで使っているものをお分けすることくらいは出来ますが……」
「じゃあ、それもくれ。出来たら、使い古した筆とセットで」
そうして、すべての商品を精算してみると、……ちょうど3000Rbになった。
……なんて偶然。
RPGのチュートリアルかってくらいによく出来た展開だった。
これはもう、神様が悪ふざけをしているとしか思えないよな。……ふざけんなよ、マジで?
店の試着室を借り、俺は服を着替える。
ブレザーはカバンに詰め、空っぽの財布を懐にしまい、帽子を目深に被った。
話をした感じでは、あの手配書はまだ周知されていないようだ。……よし。
俺は店を出るやすぐさま掲示板へ向かい、分けてもらった墨をたっぷり含ませた筆で、似顔絵に髭を書き足した。ついでに、額のシワとほうれい線も書き足しておこう。
うん。これでよし。
『破るな』とは書いてあるが、『落書きするな』とは書かれていない。
これで俺には見えないだろう。
買い物ついでに聞いた話だと、こういう手配書はこの掲示板にしか張り出されないらしい。
ギルドに出回ってもよさそうなものだが、ギルドの種類が多過ぎてすべてに配布することは不可能なのだそうだ。
布屋ギルド、鍛冶屋ギルド、飲食ギルド、薬師ギルドなどなど。
各職業ごとにギルドが存在し、それが四十二区分あるのだ。
コピー機のないこの世界では、それらすべてに手配書を配布するのは不可能だろう。
この手配書も手書きだしな。
で、一部にだけ渡したりすると、「どうしてウチにはないんだ?」「そのギルドだけ贔屓するのか!?」と揉め事の種になるらしい。
なので、こういう伝達事項は、街の大通りかメイン広場に一枚張り出されるのだとか。
……ラッキー。
これで、しばらくは誤魔化せるだろう。
文明レベルが低いのも、たまにはいいことあるな。
日本だったらこうはいかなかっただろう。即ネットで拡散されて、一瞬でジ・エンドだ。
未開の地、万歳!
もっとも、文明レベルが高かったら『生死問わず』なんて手配書は出回らないが。
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