3話 四十二区 -3-

 振り向くと、先ほどの強面マッチョがカウンターに座っている男に因縁をつけているところだった。

 ……うわ~、よりによってこの店に来なくても…………俺、最悪の店に入っちゃったみたいだな。

 

「……また、ゴッフレードのヤツか」

 

 店員が舌打ちをして、カウンターにいた客を押し退けて奥の席に腰掛ける強面マッチョを睨んでいる。

 あいつはゴッフレードというのか。

 

「知り合いなのか?」

「あいつを知らないヤツは四十二区にはいないよ」

 

 犬耳店員は俺の耳に顔を近付け、お盆で口元を隠すようにして囁くような声で教えてくれた。

 

「あいつは、四十二区を縄張りにしてる取り立て屋なんだよ。あいつに睨まれたが最後、財産は全部持っていかれて、すっからかんにされちゃうんだ」

「借金はちゃんと返すべきものだろう」

「そ・れ・が!」

 

 興が乗ってきたのか、犬耳店員は生き生きとした目で、人差し指を立て、俺の眼前でふらふらと揺らす。

 

「あいつは性格がひん曲がってて、借りた額以上のお金を要求したり、身に覚えのないお金まで請求したりするんだよ」

「詐欺じゃねぇか」

「それが、あいつの言葉は『精霊の審判』では裁けないんだよ。絶対おかしいって思っても、会話記録カンバセーション・レコードを見ると全面的にあいつの方が正しいんだよね……」

 

 それは、典型的な詐欺の手口だ。

 話を聞いている時は何も問題がないように聞こえるのだが、いざ蓋を開けてみると「話が違う!」ということになる。けど、契約書にはその通りのことが書かれていて、結局『話をちゃんと聞いていなかった方が悪い』という結論に落ち着くのだ。

 この街でもそういう商売が成り立つのか…………どうやってるんだろう? 興味があるな。

 

「あと、あいつは人をカエルに堕とすのが何より好きなんだよね。まったく悪趣味ったらないよね」

「カエルにされた人間は、どうなるんだ?」

「どうって。どうもならないよ、そこで人生が終わりだもの」

「人生が終わり?」

「そ。もう人間としては生きていけない。誰も、カエルになったヤツのことなんか助けようとはしないしね」

「身内でもか?」

「家族がカエルになったなんて…………絶対誰にも知られたくないに決まってるじゃない。もしそういうことになったら『急な病で死にました』って嘘吐いた方がマシだよ」

 

 マシって……

 身内がカエルになった事実を隠すためにカエルになるリスクを負うって、おかしいだろ。

 

「カエルになった人間は、もう二度と元の姿には戻れないのか?」

「戻るには、反故にした約束を果たす必要があるんだって」

「じゃあ、戻れるんだな? 戻った後、人権はどうなる? 復活するのか? 剥奪されたままか? 家族の反応は?」

「な、なに、お客さん? 知り合いがカエルにでもなっちゃったの?」

「あ、いや…………この街に来たのが初めてで、ちょっと驚いてるんだ。さっき、カエルにされた人を見たから」

 

 やばいやばい。

 まさか、自分がカエルになる可能性が高いから、なんて言えねぇよな。

 つい夢中になって聞き過ぎたか。少し自重しなければ。

 

「あとから果たせるような約束ならいいけど、期日を守らなかったとか、あとからじゃどうやっても覆せない約束を破っちゃったらもうアウトかな」

「なるほど」

「それから、人間の姿に戻れたら、また前と同じように接するよ。人間は、精霊神様の加護を受けて生きているからね。人としての尊厳も復活する」

 

 前と同じように?

 そんなことが可能なのか?

 見捨てた側はいいとして、見捨てられた側はどうだ? 自分を見捨てたヤツ相手に前と同じように接することが出来るだろうか?

 そもそも、『急な病で死んだ』身内がある日ひょっこり生き返ってるって、無理あり過ぎるだろ、それ。

 

 どっちみち、カエルになると人生終了っぽいな、この街じゃ。

 

「でもさ、悪意を持って誰かをカエルに堕とすような行為は、やっぱちょっと嫌だよね。だからあたし、あいつのこと大っ嫌い!」

 

 ベーっと、犬耳店員はゴッフレードに向かって舌を出す。

 なにこの娘、ちょっと可愛い。

 

 と、そんな会話をしていると、先ほどカウンターの席をゴッフレードに横取りされた男が俺の前のテーブルへとやって来た。というより、避難してきたという方が的確か。

 前のテーブルでは顔見知りらしい男たちが三人、避難してきた男をからかうように小突いたり、指さして笑ったりしている。

 

「お前、なに逃げてきてんだよ。ガツンとかましてやれよ」

「無茶言うなよ! ……ゴッフレードだぞ? 下手に逆らったらカエルにされちまうよ」

「に、しても、気に入らねぇよな、あいつ」

「よし。今の言葉、伝えてきてやろう」

「バカッ! やめろよ、マジで!」

 

 会話を聞く限り、あのゴッフレードってのは悪名高い嫌われ者ってとこか。

 ろくな死に方をしないのは確定としても、生きている間につらい思いをしてほしい人種だな。

 毎朝、決まってタンスの角に小指ぶつけるとか。……そんなんじゃ生易しいか。

 

「けど、あいつよぉ。一発くらいぶん殴ってやりたいよなぁ」

「ははっ、お前じゃ無理だ。半殺しにされちまうぞ」

「そうそう。ゴッフレードは剣術も武術も、そこらの冒険者じゃ歯が立たないレベルなんだからよ」

「妄想の中じゃ、すでにボッコボコだけどな」

 

 そんな話をしてギャハハと笑う男たち。

 犬耳店員が呆れたような表情でその男たちを眺めている。

 

 …………お、これは金の匂いがするな!

 

「なんだよ、妄想の中だけかよ。しょっぼ」

 

 俺がワザとらしくため息を吐くと、前のテーブルの男たちが一斉に立ち上がった。

 怖い顔で俺のことを睨んでやがる。

 いや、あの…………怖いんで、その顔やめてもらえます?

 

「あいつの顔面にパンチ喰らわすのなんか、余裕だろ?」

「オイオイ、あんまりフカしてっとカエルにしちまうぞ、坊や?」

 

 俺の挑発に、カウンターの席を追い出された男が食いついた。

『フカす』ってのは『大口を叩く』って意味だな。……翻訳される言葉に偏りないか?

 いつかちゃんと調べる必要があるかもしれないな。

 

「まぁ、ビビって逃げ出したあんたにゃ無理だろうけどな」

「んだとぉ!?」

「まっ、俺がその気になりゃ、無傷でここへ戻ってこられるぜ」

「ほぉ……じゃあやってもらおうか? ゴッフレードの顔面にパンチだぞ? 隣のオッサンじゃなく、ゴッフレードの『顔面』だぞ?」

 

 こうやってしつこく言葉を重ねるのは、『会話記録カンバセーション・レコード』に約束を残すためだろうか。

 なるほどな。こうやって慎重に言葉を重ねないと不安になるヤツがいるってことは、それほど言葉による詐欺は横行しているってことか…………面白いね。

 もっとも、無駄に言葉を重ねるような素人さんじゃ、俺の相手にはならないけどな。

 詐欺ってのは「騙されたくない」と思った瞬間、カモ確定だからよ。

 

「俺は、ゴッフレードの、顔面を、殴れるぜ」

 

 一言一言を、あえて強調して言ってやった。

 男たちが「おぉ……」と、感嘆の声を漏らす。潔さに痺れたか?

 見ると、犬耳店員も俺を見て目を丸くしていた。

 

「じゃあ、殴ってきてもらおうか。今から、すぐに!」

 

 ゴッフレードに席を奪われた男は、半ばムキになりながら俺に食ってかかってくる。

 自分が尻尾巻いて逃げたゴッフレードを、俺が殴れると言ったのが気に入らないようだ。

 短気な人も詐欺のカモだぜ、オッサン。

 

「その前に賭けをしねぇか? 掛け金を前払いしてくれりゃ四倍出すぜ」

「のった!」

「俺もだ!」

「もちろん、俺もだ!」

「じゃあ、俺も!」

 

 目の前にいるオッサンたち四人が全員乗ってきた。

 

「掛け金は一口1000Rb。どっちにいくら賭ける?」

 

 俺がそう言うと、オッサンたちは口を揃えて「殴れないに1000Rb!」と答えた。

 全員一口かよ……冒険しろよ、オッサンども!

 しゃーない。ちょっと煽るか。

 

「はぁ……しょっぱい連中だな。だから舐められるんだよ。お前らは一生日陰で生きてろ。あぁ、湿地帯に引っ越したらどうだ? お似合いだぜ」

「なんだと!?」

「そこまで言われちゃ黙ってられねぇな!」

「よし、じゃあ俺は三口だ!」

「こっちは四口!」

「俺は、三口だ!」

「俺も!」

 

 四人で1万3000Rbか……まぁ、こんなもんか。日本円で十三万だ。

 三万ありゃ、宿くらいはとれるだろう。

 

 四倍の配当に目がくらんだオッサンどもは、全員が前金で俺に掛け金を渡す。

 あぁ、ちょろい。

 

「おい、店員。お前はどうする?」

「え、あたし!? あたしはパス! ギャンブルなんて興味ないもん」

「まぁ、そう言わずに。俺があいつを殴ったら、グレープフルーツジュースを一杯奢ってくれねぇか?」

「え、そんだけ? それだけなら…………う~ん……ゴッフレードはいつもウチで傍若無人するいけ好かないヤツだからなぁ…………うん! 顔面殴ってくれたら、あたしが一杯ご馳走しちゃう!」

「決まりだな」

 

 こうして俺は、1万3000Rbとドリンク一杯無料券を手に入れ、ゴッフレードの座るカウンターへ向かって歩き出した。

 

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