3話 四十二区 -2-

 四十二区は人間と獣人族が半々くらいいるのだろうか。街行く人を見る感じでは、そう思える。ちなみに『獣人族』というのは、犬猫鳥魚他諸々、人間のように二足歩行をしている連中をまとめて、俺が勝手にそう呼ぶことにした名称だ。正式名称は知らん。

 犬や猫は少数で、羊やトカゲが多い気がする。……羊ってこうやって見るとちょっと美人かもな…………いや、ストライクゾーンからは大きく外れているが。

 ケモ耳娘ならありなんだけどなぁ。

 

 街には多種多様な人種が入り混じり生活しているようだ。

 しかし……やはり、カエルだけがいない。

 湿地帯にはあれだけ大量にいたのに。街では一切見かけないのだ。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 そんな声を耳にしたのは、道幅の広い大きな通りに足を踏み入れた時だった

 四十二区のメイン通りにあたる大きな通りだ。馬車が二台すれ違える程度の道幅で、道の両側には酒場や食堂が軒を連ねている。

 そんな大来のど真ん中で、一人の人間が土下座をしていた。

 男の前には、筋肉ムキムキの、いかにも悪役といった顔つきの男がふんぞり返って立っている。つるっと剃り上がったスキンヘッドに顎髭を蓄えた、一目見て「関わり合いたくない」と思ってしまうタイプの顔だ。

 

「待つって、お前さんよぉ。俺はもう十分待っただろうが?」

 

 強面マッチョは、ドスの利いた野太い声で言い、土下座する男を覗き込むようにして見下ろしている。

 

「約束が守れねぇなら、カエルになってもらうしかねぇなぁ」

「た、頼む! いや、お願いします! どうかそれだけは!」

「残念だが、それが精霊神様のお決めになられた決まりだ」

「ま、待って……っ! 頼むっ!」

 

 顔を上げた土下座男は、涙と鼻水で顔をぐじゃぐじゃにして、強面マッチョにすがりつく。

 そんな土下座男を嘲笑うように、強面マッチョは野太い声で言い放った。

 

「『精霊の審判』っ!」

 

 強面マッチョが宣言した直後、土下座男の全身が淡い光に包まれる。

 

「うわぁ!? いやだぁああ!」

 

 泣き叫ぶ土下座男を尻目に、強面マッチョが半透明のパネルを出現させる。『会話記録カンバセーション・レコード』だ。

 

「ほら、これをよぉく見ろ。ここにはっきり書いてあるだろう? 『期日までに借りた金をきっちり返す』って。お前が自分の口でそう言ったんだよな?」

「ち、違う……か、返す! 必ず返すから、もう少しだけ…………うっ!?」

 

 弁解を始めた土下座男だったが、突然苦しみ出した。

 全身を包む淡く青い光が徐々に赤みを増していき、目も眩むような光量になる。

 

「いゃ…………だ…………カエ……ルは…………イヤだぁぁあぁあっ!」

 

 そんな絶叫を残し、土下座男は消えてしまった。

 眩い光が晴れた後、そこにいたのは、体長が80センチほどのデカいカエルだった。

 ボロの布きれを身に纏い、先ほど土下座男が身に着けていた衣類や装備品は地面へと散らばっていた。

 

 …………まさか、あのカエルが、さっきの土下座男か?

 マジで、カエルに変えられちまうのかよ…………

 

「じゃあ、この装備品と、お前の家、家族、その他の財産は俺がもらっておいてやるぜ」

「ケロッ! ケロケロッ!」

 

 腰を屈め装備品を拾い集める強面マッチョに、巨大ガエルがすがりつき「ケロケロ」と必死な声で鳴き続けている。

 

「テメェ……触んじゃねぇよ!」

 

 激昂した強面マッチョはカエルを殴り飛ばし、立ち上がるや否やその顔面を蹴り飛ばした。

 綿ぼこりのようにカエルが宙を舞い、地面の上を二転三転と転がっていく。

 

「カエルは精霊神様より見捨てられた存在だ! たった今、テメェは人としてのあらゆる権利を剥奪されたんだよ! ここで俺がテメェをぶっ殺しても、誰も文句を言えねぇ! それが分かったらさっさと俺の目の前から消え失せろ!」

 

 恐ろしい怒号を浴びせられ、カエルはふらつく足でなんとか立ち上がる。

 キョロキョロと辺りを見渡し、助けを求めるような素振りを見せるも、誰一人救いの手を差し伸べる者はいなかった。

 それどころか……カエルに向けられる周囲の者たちの視線には、蔑みの色が込められていた。

 

 なんだ?

 カエルになると人権が消失してしまうのか?

 たった今まで人間だったのに……この街での『カエル』ってのは、そういう存在なのか……

 

 カエルはがくりと肩を落とし、ぎょろりと飛び出た目に涙を浮かべたかと思うと、大泣きしながら走り去ってしまった。

 カエルが向かったのは街の西側……湿地帯の方向だった。

 

 これが、この街のルール。

 この街を統べる精霊神の決めたルールなのか。

 だから、街にカエルはいないし、土下座男はカエルになることを恐れるし、怒れる者は相手をカエルにするぞと息巻くのか。

 

 なんて、恐ろしい街だ。

 

 嘘吐きは、人権すら失ってしまうってのかよ。

 

 嫌なものを見た。

 土下座男に同情するようなつもりは一切ないが……嬉々として土下座男の荷物を拾い集める強面マッチョの姿には、嫌悪感を覚える。

 なんというか……バカを引っかけて大喜びをしている大バカを見ているような、侮蔑に満ち満ちた気分になった。

 さっさとここを離れよう。

 とりあえず、あの強面マッチョには関わり合いたくない。

 

 このまま大通りを歩こうと思っていたのだが、大通りを進むためには強面マッチョのそばを通らなければいけない。……それは、嫌だな。

 仕方なく、俺は手近にあった店へと足を踏み入れた。

 そこは酒場のようで、四角いテーブルと何脚かの椅子が雑然と置かれていた。

 昼間でも客が割と入っている。昼飯を食いに来ている客が多いようだが、昼間っから酒を飲んでいる連中もいるようだ。

 入ってすぐカウンターがあり、ブルドックのような折れ曲がった耳を頭につけた恰幅のいい男が「いらっしゃい」と、俺に声をかけてきた。

 

 俺はカウンターの前を通り過ぎ、誰も座っていないテーブルを選んで腰を下ろす。

 すぐさま店員の若い女が俺のもとへ注文を聞きにやって来る。

 

「何飲むか決まってる?」

 

 ため口……?

 小麦色に焼けた肌をした少女の耳にはゴールデンレトリバーのような垂れ下がった耳がついていた。お尻には尻尾が生えている。

 ここはイヌ人族の経営する店なのか。

 尻尾を凝視していると、犬耳店員は持っていたお盆でお尻を隠し、「エッチ!」と可愛らしく俺を睨んだ。

 なんだ、こいつ。ちょっと可愛いじゃねぇか。

 よ~し、今日はちょっと奮発しちゃおうかなぁ~! ……あ、金ないんだった…………

 まぁ、また逃げればいいか。

 

「酒は何がある?」

「ワインにエール、ビールもあるよ」

 

 屈託なく笑う少女は馴れ馴れしいとすら感じるほど気さくな口調で言う。

 接客態度は五十点だな。まぁ、飲んだくれどもにはこれくらいの方が人気が出るかもしれんが。

 ……酒かぁ。

 

「ソフトドリンクはあるか?」

「グレープフルーツジュースかブドウジュースなら」

「じゃあ、グレープフルーツジュースを」

 

 この後、全力疾走することになるかもしれないしな。酒はやめておこう。

 俺が注文を告げると、店員は笑顔で右手を差し出してきた。

 

「20Rb!」

「…………え?」

「グレープフルーツジュースは、20Rbだよ!」

「え…………」

 

 先払いっ!?

 いや、そうか。先払いにすれば食い逃げは防げる。すげぇ単純な話じゃないか。

 こんな街じゃそれが当たり前のシステムなのか。

 

 しかし、まいったぞ……

 持ち合わせがない。

 

 チラリと犬耳店員を窺い見る。

 キョトンとした顔で、ずっと右手を差し出している。

 今なら「お金ない」って言って出て行くことも可能か。……スゲェカッコ悪いけど。

 

「お客さん。食い逃げするつもりでウチに来たんだとしたら、父ちゃんが黙っちゃいないからね?」

 

 犬耳店員は笑顔で言う。

 笑顔なのに……すげぇ迫力だ。犬歯がキラリと光った気がした。

 つか、父ちゃん? あのカウンターのクソデブ……いや、恰幅のいい……ま、どんなに表現を濁してもどうせ『強制翻訳魔法』で『デブ』って変換されるんだろうけどな……あのデブが、こいつの父親なのか?

 ……よかったなぁ、父親に似なくて。

 

「お・客・さ・ん。2・0・Rbっ!」

 

 店員からのプレッシャーが強くなる。

 マズい。ここで「お金ない」とか言うと、無事に外に出られない気がする……

 どうしよう……どう切り抜けるか…………

 

 そんなことを考えていると――

 

「おうこら! そこは俺の席だろうが! どけ!」

 

 突然、酒場の入り口から野太い怒声が聞こえた。

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