1話 ここは……どこ? -5-
数分後、兵士を伴ってノルベールとオウムが馬車に戻ってくる。
「よかった。いたか。これでもし姿をくらませていたら、カエルにしてやるところだったぞ!」
カエル?
何言ってんだ、こいつ?
どうも、ノルベールは酷く興奮しているようだ。
というより、俺に向けて隠すことなく怒気をぶつけてくる。
「説明してもらおうか!?」
「説明? 何を?」
「とぼけるな! 話を聞けば、貴様が原因だというではないか!?」
「原因…………はて?」
「きさまぁ!?」
ノルベールが俺の襟を締め上げる。……苦しい。けど、ここではあえて余裕の笑みを浮かべてみせる。
「なんのことだか、話が見えないんですけどねぇ」
「貴様が偽装硬貨を隠し持っているのだろう!? おかげで俺が疑われたのだぞ!」
「偽造硬貨なんて、持ってませんけどねぇ」
「嘘を吐くな! カエルにするぞ!?」
また、カエル?
なんだ、ことわざか何かか?
だが、今はとりあえず……
「証拠でもあるんですか?」
「なに?」
ここでようやくノルベールの力が弱まる。
俺は襟元を正し、ノルベールを挑発するように笑みを浮かべる。
「俺が偽造硬貨を持っているという、証拠ですよ」
「ふふん。あるぞ」
俺の言葉を待っていたかのように、ノルベールが勝ち誇った笑みを浮かべる。
そして、取り出したのは、俺が預けた財布だった。
「これは貴様の持ち物に違いないな?」
そして、無遠慮に財布の中身をその場にぶちまけた。
千円札と一万円札が一枚ずつと、小銭がちらほら……合計一万千二百八十六円。
……しょぼ。つい最近まで社会人だったから、感覚が……高校生ってこんなもんだっけ、財布の中身。
「どうだ! この見たこともない硬貨の数々! 商人である俺が断言してやる! このような硬貨はどこにも流通していない!」
「絶対、ですか?」
「ふん! 舐めるな! 俺は商人だぞ! 世界中の硬貨を知っているし、取り扱ったこともある!」
「じゃあ、賭けをしましょう」
「賭けだと?」
「この硬貨が、どこかで流通しているものであれば、俺の入門税を支払ってください」
「もし、流通していなければ、どうする?」
「カエルにでもなんでも、好きにしてください」
「その言葉、忘れるなよ?」
「ノルベールさんこそ」
絶対の自信を持って、ノルベールは笑みを浮かべる。
が、勝敗はすぐに決した。
先ほど俺がここのレートを調べた時のように、精霊神アルヴィに通貨の比率を提示してもらったのだ。
『 100円=10Rb 』
と、はっきりと表示されている。
「バカな……」
ノルベールがあんぐりと口を開ける。
まぁ、知らなくてもしょうがねぇよ。異世界のお金なんだもん。
とりあえず、これで俺は街に入れるわけだ。ノルベールの奢りで。
いいね、奢りって。最高。
「貴様、これが偽造硬貨でないなら、なぜあんな紛らわしい真似をした!?」
「紛らわしいって言われてもなぁ。俺はただ、落とした小銭を慌てて拾っただけだぜ? お金は大切だからな。何かおかしいか?」
「う……っ」
「勝手に勘違いしたのはそっちだ。俺に非はない。違うか?」
「ぐ…………!」
ぐうの音も出ないようなので、俺はさっさと退散することにする。
「んじゃ、俺はここで。送ってくれてありがとね。あと、入門税も」
手を振りながら馬車を離れていく。
と、背後から物凄い怒声が飛んできた。
「ちょっと待て、貴様ぁ!」
ドスドスと、石畳を踏み割りそうな勢いでノルベールが詰め寄ってくる。
また襟を締められると堪らないので、今度は適度に距離を取って対峙する。
迫る腕をひらりひらりとかわすうち、ノルベールは捕まえるのを諦めて言葉を発した。
「俺の香辛料をどこにやった!?」
「香辛料? あぁ、それなら、悪い人に盗まれちゃった」
「……………………は?」
俺の言葉が理解できないのか、ノルベールはマヌケ面をさらす。
しかし、やがて怒りを思い出したように、ノルベールは顔を真っ赤に染め上げる。
「貴様っ、香辛料を守ると約束しただろうが!」
「してねぇよ、そんな約束」
「嘘を吐く気か!?」
「嘘じゃねぇって。そんな約束はしていません」
きっぱり言い切ると、ノルベールはわなわなと体を震わせ始めた。
「ふ、ざけ……やがって………………カエルにしてやる!」
そう叫ぶと、ノルベールは俺を指さし一際大きな声を上げた。
「『精霊の審判』っ!」
その声が空に響き渡り、そして俺の体を淡い光が包み込んだ。
なんだこれは? 『精霊の審判』?
「この男は嘘を吐いた! カエルにしてくれ!」
「待て、俺は嘘なんか吐いていないぞ!」
「では、その時の
ノルベールがそう言うと、目の前に半透明のパネルが出現した。
『この俺にそんな嫌疑をかけるとは、無礼千万! 俺に対する非礼はウィシャート家に対する非礼! 断じて見過ごせん!』
『では、ノルベールさん。今すぐ抗議しに行くべきです!』
『うむ! ……しかし、馬車をこのままにしておくわけには……』
『大丈夫です! 俺がちゃんと見ておきますから!』
『そうか。では、そうしてくれ。俺は兵士どもと話をつけてくる!』
なんだ、これは?
あの時の会話が、事細かに、正確無比に文字として保存されている。
こんな記録が残るのか……おまけに、こんな簡単に参照できるなんて…………
これじゃあ……
この街では嘘が吐けないんじゃないか?
「はっはっはっ! どうだ! よく見てみろ!」
勝ち誇ったようにノルベールが半透明のパネルを指さす。
『俺がちゃんと見ておきますから!』の部分だ。
「貴様ははっきりと約束しているではないか! 香辛料を守ると!」
「…………はて? 香辛料を……『守る』?」
いまだ俺の心臓はバクバクだが、ノルベールが何をし、何を言いたいのかはだいたい分かった。
ここで退いてはダメだ。付け入られてもダメだ。踏み込まれるなどもってのほかだ。
押し返し、言い返し、叩き返してやるのだ。
あくまで冷静に。
落ち着いて。
余裕の表情で。
俺は、一流の詐欺師なんだからな。
「俺の目がおかしいのかなぁ? 『守る』なんてどこにも見当たらないんだが……」
「なっ!? バカか、貴様は! この流れで『荷物を見ている』というのは、すなわち『荷物を盗られないように守っておく』という意味だろうが!」
「いや~? 俺はそんな風には思わないけどなぁ」
「……なん、だと?」
「『見ておく』は、あくまで『見ておく』だ。それ以上でも以下でもない。……お前、また勝手に『思い込んだ』のか?」
「そんな……」
俺の言葉に、ノルベールは眩暈を起こしたように足をふらつかせた。
「な、なら……お前は…………何をしていたというのだ?」
「ここに書いてある通りだよ。俺はちゃんと『見ていた』ぞ」
「み、見ていたのなら、なぜ盗まれたんだ!?」
「ずっと、『見ていた』だけだから」
「…………は?」
「香辛料が、悪い人の懐にしまわれるところも、ちゃ~んと『見ていた』よ」
ノルベールの顔から表情が消えた。
そして、俺の体を包み込んでいた淡い光も掻き消えた。
どうやら、『精霊の審判』とやらが終了したらしい。……勝てた、ってことでいいのかな?
「んじゃ、俺はもう行くぜ。まだ文句があるなら、俺を許した精霊神様にでも言うんだな」
今度こそ、片手を上げて俺は颯爽と立ち去った。
……心臓、バックバクだったけど。
なんだよ、あれ!?
『精霊の審判』って、なんなんだよ!?
カエルにする? あれでもし、俺が嘘を吐いていたらカエルにされてたのか?
冗談じゃねぇぞ。
あと、
あんなの有りかよ!? 最初に言っとけよ!
危なくカエルになるところだったぜ!
軽率に嘘を吐く詐欺師は三流だ。
本物は、無暗に嘘を吐かない。
『嘘ではないが、真実でもない言葉』を選ぶのだ。
さっきの『見ておく』がいい例だ。『見ておく=守っておく』だと勘違いするのは相手の勝手。こちらに責任はない。
そしてもう一つ。
『悪い人に盗まれちゃった』
この言葉。
盗みをする悪い人は、仕事がうまくいくとさっさと現場を離れる。
――なんて思い込みをしているから足をすくわれるのだ。
俺は懐から、極上品の香辛料を取り出す。
盗みを働く『悪い人』は、お前らの目の前にずっといたんだよ。
これも決して嘘じゃない。
まぁ、あえて誰が悪いと論じるのであれば、俺は迷わずこう答えるね。
『騙されるヤツがバカなんだよ』と。
こうして俺は、精霊神とかいう訳の分からんヤツの力によって、不思議で厄介な魔法が施された街へと足を踏み入れた。
この世界の人間が『嘘が吐けない街』と称する、オールブルームへと。
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