1話 ここは……どこ? -4-

「ノルベール様。私は入門税を納めてまいります」

「うむ。ついでに、彼の分のもな」

 

 そう言った後、ノルベールは俺にウィンクを寄越して、「持ち合わせ、ないんだろ?」と盛大に恩を売ってきた。

 ありがたく『もらって』おく。

 

 オウムが門へと歩いていき、兵士を二人伴って戻ってくる。

 荷台の荷物を調べるようだ。

 入門税と言っていたから、おそらく街へ持ち込む荷物によって税金が課せられるのだろう。

 そういう場合、金や銀といった、価値の高いものには多めの税が課せられるはずだ……

 

「ノルベールさん、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「この荷物って、中身はなんなんですか?」

「毛皮に武具、塩に果物、……あと、一番の目玉は香辛料だな」

「香辛料、ですか?」

「あぁ。バオクリエアの極上品だ。あ、バオクリエア知ってるか?」

「はい。香辛料の産地ですよね」

「おぉ、あちらの方には詳しいのか…………では、南方の貴族という可能性が…………」

 

 ノルベールがぶつぶつ言っているが聞こえないフリをしてやる。

 つか、そんな自慢げに言われりゃ誰でも分かるっつの。ホント単純なオッサンだな。

 手慣れた感じで荷物の確認を終えた兵士が馬車を離れていくのを見送ってから、俺は再びノルベールに話を振る。

 

「香辛料って、高いんですよね。バオクリエアの極上品ともなると、格別に」

「ふふん。まさにその通りなんだ」

 

 ノルベールが鼻の穴をふっくらませていやらしく笑う。自慢したくて仕方ない様子だ。

 大切そうに背中に隠した木箱の中から手のひらサイズの布袋を取り出す。

 あの中に香辛料が入っているようだ。見た感じ、200グラムくらいか?

 

「バオクリエアの香辛料はただでさえ品質が良く一級品と誉れ高いが、今年の香辛料はその中でも群を抜いている。通常、同じ重さの金と同価値だなどと言われているが……こいつはそんなもんじゃあない。同じ重さの金の、最低でも二倍の価値がある!」

 

 それはまた、最高級品だな。

 ザックリと計算してみる。

 俺が日本で見た時は、金の相場がグラム五千数百円……切り捨てて五千円として、×200グラムで……げっ、百万円!? しかも、最低でもその二倍ってことは……あの小さい袋で二百万円かよ!?

 

「だとすると、その袋いっぱいで……20万Rbというところでしょうか?」

「いやいや。これなら50万Rbでも安いくらいだよ」

 

 五百万かぁ…………欲しいなぁ。……………………よし。

 

「あ、すいません。ちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」

「トイレ? こんなところにはないぞ?」

「その辺の物陰で済ませてきます」

「あぁ、気を付けてな…………ついていこうか?」

「大丈夫ですよ、子供ではないので。あ、そうだ、この入れ物を見ていてくれませんか? とても大切な物なので、落としたら大変ですし」

 

 そう言って、俺は懐に入っていた安物の財布をノルベールの目の前に置いた。

 ノルベールの考えは分かる。恩を着せた俺が、このまま消えてしまわないかと不安になったのだ。なので、『大切な物』だと言った物を預けていく。こうすれば、戻ってくると安心するだろう。

 そして、この財布を『見ていて』もらうのが、大きな意味を持つようになる。

 

「あぁ、分かった。まぁ、連れがいると出にくい時もあるからな。だが急いでくれよ。もうそろそろ支払いも終わるから」

「はい! すぐ戻ります」

 

 返事はハッキリ、爽やかに。これ、詐欺の鉄則。

 

 俺は馬車から降り、他の馬車の間を縫うようにして、門へと近付いていく。

 俺の視界に、ノルベールのところのオウムの背中が映る。兵士に税金を支払っているようだ。

 そこへ駆け寄っていく。

 

「おや、どうかされましたか?」

 

 オウムが俺に気付きこちらを向く。

 俺は笑顔で近付き、オウムが記入している用紙を覗き込む。

 

「いえ、入管手続きってどんなのかなぁと思って」

 

 割とわざとらしく、ふんふんと書類に目を通していく。

 本当に日本語に変換されている。

 商品ごとに税金が書かれており、細かく計算されている。

 

「おい、貴様。邪魔だぞ!」

 

 わざとらしく書類を覗き込む俺にイラついたのか、兵士が俺の体を強めに押す。

 待ってましたとばかりに、俺は盛大に転倒し、首をさすりながら立ち上がる。

 

「いてて……酷いなぁ、押すなんて……」

 

 と、言いながら、襟の中に隠してあった五百円玉をワザと落下させる。

 チャリーンと、小気味よい金属音を響かせて、五百円玉が石畳の上で跳ねる。

 

「あ、ヤベッ!」

 

 そんな言葉を漏らしながら、俺は慌てた風を装って落ちた五百円玉を拾いポケットにしまう。

 俺の一連の行動を見て、兵士が訝しげに眉を寄せる。

 

「おい。今のはなんだ?」

「は? 今の?」

「今隠したものだ! 出せ」

「あっ、イケナイ。早く戻らないとノルベールさんが心配しちゃうなぁ。じゃ、そういうことで!」

 

 それだけ言って、俺は猛ダッシュでその場を離れた。

 

「ちょっと待て!」

 

 兵士の声を振り切って馬車へと戻る。

 ちらりと後方を確認すると、俺の代わりにオウムが兵士に取り押さえられていた。

 

 どこの世界でもそうだが、硬貨の偽造は重罪だ。

 オウムが支払っていたこの街で流通している硬貨を見てみたが……まぁ、質の悪い銀貨だった。純銀なのだろうが、色はくすみ、模様も単純。製造技術が未熟なのだろう。

 日本の五百円とは似ても似つかない外観だった。

 そんなあからさまに質の違う硬貨を落とし、あまつさえあの挙動不審さ。疑われて当然だろう。

 

 かくして、可哀想なオウムは囚われの身となったのでした。……俺のせいで。

 

 俺は馬車へと戻ると、オウムが捕らえられたことをノルベールに伝えた。

『もしかしたら、偽造硬貨を(俺が)持っていると疑われているかもしれない』ということも添えて。

 そうしたところノルベールは鼻息荒く憤り――

 

「この俺にそんな嫌疑をかけるとは、無礼千万! 俺に対する非礼はウィシャート家に対する非礼! 断じて見過ごせん!」

 

 ――まんまと食いついてくれた。

 

「では、ノルベールさん。今すぐ抗議しに行くべきです!」

「うむ! ……しかし、馬車をこのままにしておくわけには……」

「大丈夫です! 俺がちゃんと見ておきますから!」

「そうか。では、そうしてくれ。俺は兵士どもと話をつけてくる!」

 

 馬車を飛び出し、ノルベールは門へと向かって走っていった。

 馬車に残ったのは、俺と、無数の荷物。そして、五百万円の香辛料。

 うふふ。このままとんずらしたいところだが、言葉が通じるのはこの街だけらしいし、またあの平原に引き返すのは絶対御免だ。

 

 もうひと手間かけるとするか……

 

 俺は、香辛料の入った袋を手に、顔がにやけるのを抑えることが出来なかった。

 五百万~五百万~ららら~ん。

 

 

 

 

 

 

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