1話 ここは……どこ? -3-

「○▲☆◆×@&%$#」

 

 あり得ない風景に意識を取られていると、コスプレ男――いや、この状況ならこの鎧もコスプレではないんだろう――が、得意げな表情で俺の背中を叩く。

 

「○▲☆◆×@&%$#」

 

『どうだ? すげぇ街だろう?』とでも言っているようだ。

 言葉が通じるなら是非言ってやりたい。『お前が作ったわけじゃねぇだろ』と。

 

 やがて俺を乗せた馬車は速度を落とし、停止した。

 荷台から身を乗り出していると、この馬車を運転していた御者が、御者台から降りてこちらに歩いてきた。

 ……そいつの顔は、鳥だった。

 

「鳥だ……文鳥かな?」

「文鳥ではありませんぞ、お客人。私はオウム人族であります」

「あ、それは失礼」

「いえいえ」

 

 そう言って、オウム人は恭しく礼をしてみせた。

 

 って、えぇっ!?

 

「なんで言葉が!? こっちの鎧の人とは話せないのに!? なんで鳥と!?」

「鳥ではありませんぞ、お客人。私はオウム人族であります」

「いや、さっき聞いたわ!」

「はっはっはっ! 驚いたようだな」

 

 オウムと話していると、背後から別の声が聞こえてきた。

 振り返ると、コスプレ――ではない男が俺を見て笑っていた。

 

「やはり、オールブルームに来るのは初めてか。いや、むしろ旅に出たことすらなかったようだな。そんな装備で、よく今まで生きていられたものだ」

 

 急に日本語をしゃべり始めた男は、俺の服装をジロジロと見て感心したように頷いている。

 

「なんで、急に言葉が通じるようになったんだ?」

「それはでありますね。精霊教会の影響下に入ったからであります」

 

 視線を向けると、オウムが咳払いをして説明を始める。

 

「ここオールブルームは、精霊教会の加護のもと目覚ましい発展を遂げた、ガレアブルーム最大の街であります。この街には多種多様な民族、種族が集まります故、意思の疎通を図ることがとても困難になります。そこで、我らが尊き精霊神アルヴィ様が奇跡の御力によりこの街全体に【強制翻訳魔法】を施されたのであります」

「【強制翻訳魔法】……?」

 

 字面だけで、なんとなく意味は分かりそうだが……

 

「この魔法の影響下においては、どんな相手であっても、何語であっても、ご自身にとって一番馴染みの深い言葉に変換されて伝わるのです。変換されるものは言葉と文字、あと申請すれば通貨の価値や相場を知ることも出来るのであります」

「申請って? 誰にだ?」

「もちろん、精霊神アルヴィ様にです!」

 

 オウムは羽を器用に曲げて、胸の前で祈りを捧げるポーズをしてみせる。

 精霊神に申請……?

 俺も、オウムの真似をして胸の前で手を組み、心の中で念じてみる。

 えっと……ここの通貨と日本円の比較を知りたい――

 

 すると、突然目の前に半透明の板が出現した。

 何もないところに、テレビが点くような感じで画像が浮かび上がった。指を近付けると触ることが出来た。タッチパネルみたいな感触だ。あ、スクロールできる。

 出現した半透明のパネルは、どういう原理かは分からんが俺の目の前に浮かんで静止している。……これも、精霊神アルヴィ様の御力によるものか?

 

 そのパネルに映し出された文字を読んでみると――

 

『 オールブルームの通貨Rb(ルーベン)

  100円=10Rb

  一般市民が常食用としている小麦のパンが平均的な価格で20Rb  』

 

 ――と、表示されている。

 なんとも分かりやすいシステムだ。

 

「どうだ? 便利だろう」

 

 コスプレじゃない男が、またも得意顔で誇らしげに言う。

 だから、お前の功績じゃないだろうが。……ま、言葉が通じるようになっても口にはしないがな。

 

「ここには多くの人が集まる。だから、自然と商人も集まる。そんな場所で言葉が通じないといろいろ問題が起こるだろう?」

 

 言わんとすることは分かる。

 言葉が通じなければ商談も成立しないし、通訳を交えての商談など、どんな不利益を被るか分かったものじゃない。

 通訳が不正をする可能性、相手側が「それは聞いていない」としらばっくれる可能性、単なる伝達ミスや、意図しない伝わり方をする可能性……考えただけでもキリがない。

 しかし、言葉と文字のすべてが自身に馴染みのある言語に変換されるのであれば、そういう問題は解消されるだろう。

 ただまぁ……詐欺は働きにくくなるけどな。『聞いてないお前が悪い商法』が使いにくそうだ。

 

「あ、そうだ。礼が遅れたな。俺は大羽……っと、こういう世界では名前の方がいいか……ヤシロだ。助けてくれてありがとう」

「俺はノルベール。三十区を治めるウィシャート家のお抱え商人だ」

 

『三十区を治めるウィシャート家』なんて名前を出すってことは、相当名のある貴族なのだろう。そして、そこのお抱えである自分が誇らしくて堪らないと……

 

「へぇ、あのウィシャート家の! これはすごい人に助けられたものです」

「なぁに! 困った時はお互い様だろ!」

 

 ガハハと、ノルベールは笑う。

 な。やっぱり虚栄心の塊だ。そんな顔してるもんな。

 貴族ってことは、金持ちだよな……そこのお抱えってことは、こいつはこいつで相当優遇されているはずだ…………じゃあ、まぁ……少しくらいなら…………ふふ。

 よし、ここからは敬語でいこう。

 

「何かお返しをしたいのですが……あいにく持ち合わせがありませんで……家に戻ることが出来れば、ささやかながら何かお返しを出来るかもしれませんが……」

「いやいや! どうかお気になさらずに! 俺はただ、当然のことをしたまでで!」

 

 と、言いながらも、ノルベールの鼻の穴は大きく膨らんでいた。

 金の匂いを嗅ぎつけたハイエナの顔だ。

 それも、確実に金を手に出来ると確信している様子だ……なぜだ? 俺は持ち合わせもないし、見た目はただの高校生だというのに、どこに金の匂いが…………あ、そうか。

 

 俺は懐に手をやる。

 ブレザーだ。こいつがノルベールに確信を与えているんだ。

 ノルベールの鎧はかなり丁寧に作られている。ノルベールが貴族お抱えの商人だとするならば、この鎧はかなり高級な部類に入るのだろう。そして、ノルベールの付き人っぽいこのオウムの服も。

 が、俺に言わせれば作りが雑だ。はっきり言って安っぽい。技術が未熟だ。

 これが高級品なら、一般人はもっとみすぼらしい服装をしていることだろう。

 

 そんな中、俺のブレザーだ。

 縫製はしっかりしているし、何よりも色が鮮やかだ。上着は明るめの紺色で、ネクタイはエンジ色。ズボンは薄いグレーで、シャツは目が覚めるような純白だ。

 こんな服を着ている人間は、貴族にもそういないだろう。

 つまり、ノルベールは俺の服装を見て、俺を貴族かその関係者だと思い込んでいるのだ。

 

 行き倒れている見ず知らずの俺を親切に介抱し、食事を躊躇いなく分け、おまけに街にまで運んだ。ノルベールの中では、それはそれは大きな恩を売ったことになっているだろう。金に換算すれば10万Rbはくだらない。日本円で百万だ。それでも安いくらいだろう。

 軽装なのもよかったのかもしれない。俺みたいな若造がろくな装備もなく平原のど真ん中に行き倒れていれば、事故にでも遭ったと考えるのが普通だろう。助ける方も気合いが入るってもんだ。もちろん、多額の謝礼を見込んでな。

 

 うんうん。なるほどなるほど。

 異世界も、元の世界とさほど変わらないんだな。

 

 

 本当の善人なんていやしねぇ。

 みんな、お金が大好きなんだ。

 

 

 なんだよ。

 すげぇ楽しそうじゃん、異世界。

 

 俺……この世界でもやっていけるかもしれない。当然、詐欺師として。

 

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