1話 ここは……どこ? -2-
微かに、何かを感じる……
包み込むような温かさと、硬い床、不規則な振動……
「……んっ!?」
まぶたを開け、体を起こす。
と、目の前に見知らぬ外国人がいた。
……やばい。中卒の俺に英語はハードルが高過ぎる。
「○▲☆◆×@&%$#――?」
謎の外国人が話しかけてくるが、何を言ってるのかさっぱり分からん。
辛うじて疑問文であることは分かるのだが……
「ぱ、ぱーどん?」
「???」
くっそ、「ぱーどん」すら通じないのかよ!?
「え、なに?」が通じなきゃ「え、なに?」って聞き返せないじゃん!
「この缶切りを取り出すには缶切りが必要です」みたいなことになってんじゃん!
というか……こいつは、なんなんだ?
言葉が通じないので、ここは開き直って冷静になってみる。落ち着け、俺。
なんかしゃべっているが、どうせ理解できないのだ。そんなもんは無視して、得られる情報を集めよう。
まず、この外国人。
男だ。で、デカい。座ってるからはっきりとは分からんが、たぶん身長は190センチ弱くらいあるだろう。髪の毛が長く、後ろで一つに縛っている。バンドマンか? ただ、髪は傷んでおり、あまり手入れはされていないようだ。
そして、鎧を着ている。……コスプレか?
アニメは見ないからなんのキャラかは分からんが、随分と凝った作りだ。まるで、本当に冒険に出ることを想定しているようなしっかりとした作りをしている。コスプレなら見栄えだけよくして、あとは軽量化する方がいいだろうに。
あと武器。槍だ。
コスプレで長物ってどうなんだろう? 長さ制限のあるイベントもあるし、電車移動の際に不便じゃないのか?
最後に、俺たちが今いる場所だ。
ガタゴトと音を鳴らしながら振動している。移動しているっぽいぞ。
木の床には大量の荷物が置かれており、壁と天井は布で覆われている。……この布は幌か?
耳を澄ませば軽快な蹄の音が聞こえてくる。
そうか、こいつは馬車だ。俺は今、馬車の荷台に乗っているんだ。
三畳ほどの大きな荷台に、全方位を覆う大きな幌がかけられている。前後の布が一部捲れるようになっているから、おそらくあそこから外を見ることが出来るのだろう。前方には小さな、後方には大きな開口がある。
で、大量の荷物。どうやらこの大量の荷物を運搬しているようだ。
馬車ってことは、外に御者がいるのだろう。
荷台の中には、このコスプレ男と俺しかいない。……なんか、嫌な空気だなおい。
コスプレ男は、パッと見で二十代後半くらいか……
俺を見るその顔には笑みが浮かんでいるが、それがどことなくいやらしい。そう、人を利用しようとしているヤツが、よくこういう笑い方をする。
こいつは油断ならないヤツだな。
「○▲☆◆×@&%$#?」
コスプレ男は、なおも訳の分からない言葉で話しかけてくる。
よくよく聞けば、英語っぽくない。まるで耳に馴染みがない言語のようだ。
……これも、コスプレの一環なのか?
と、男を観察していると、ふいに俺の腹の虫が盛大な鳴き声を上げた。
……いや、だって、もうほぼ一日何も食ってないんだもんよ。
コスプレ男はにこりと笑い、手で「ちょっと待て」みたいな仕草をすると、荷物を漁り始めた。
そして、黒っぽい塊を俺に差し出してきた。
これは、…………パン、か?
「○▲☆◆×@&%$#」
何かをしゃべりながら、今度は水筒から黄金色の液体をカップに注ぎ手渡してくる。俺は両手にスープの入ったカップと、パンらしきものを持たされた。
……くれるのか?
視線でそう尋ねると、伝わったのかどうか分からんが、コスプレ男は手で「どうぞ」というような仕草をしてみせた。
ありがたい! いただきます!
俺は迷わずパンに齧りつきスープをガブ飲みした。
んっ!? こ、これは……っ!?
マッズッ!
「食えたもんじゃねぇな!? なんだこの汁!? 中途半端に薄味つけるなら無味の方がマシだろ? で、これ何? 石? パンとか言わないよな? ヤマザキ、ダイイチ、シキシマに謝れコラ!」
ただ食えるだけ。それだけの飯とも呼べない粗末なものを胃袋に詰め込む。
出来る限りの悪態を吐いて。そうでもしないと、憎しみのあまり石みたいなパンを床に叩きつけそうになるからだ。
俺がどんな悪態を吐いても、コスプレ男はにこにことしている。本当に言葉が通じていないみたいだ。
というか、先ほどから嫌な予感がしている。
この男の風体。
この馬車の乗り心地。
このクソ不味いパンの味。
そして、ずっと漂っている土と空気の香り……
まさかとは思う。
あり得ないだろうと思う。
だが、もうすでにあり得ない現象を体験している身としては、その嫌な想像を払拭できずにいる。
「○▲☆◆×@&%$#」
コスプレ男が俺の肩をポンと叩き何かを言って、幌の一部を豪快に捲り上げた。
荷台にロープで固定されていた幌が一部外され、側面の布が捲られる。
外は明るく、朝の香りがした。どうやら、俺は半日ほど眠っていたらしい。
そして、そんな朝の陽射しの中に映し出された景色は……
「……これはまた、絵に描いたような…………」
レンガを敷き詰めた広い街道には無数の馬車が行き交っており、俺たちの行く手には巨大な壁がそびえ立っている。20メートル……じゃ足りないな。30メートル以上はある重厚な壁。
そこに、10メートルほどの高さの、これまた重厚な門があり、その前で馬車が行列を作っている。
門の周りには武装した無数の男たちが、槍を構えて辺りを警戒している。
高くそびえる壁の向こうにはさらに高い尖塔が頭を覗かせており、抜けるような青空の下にその存在感を強烈に示していた。
そう、そこはまさに、絵に描いたようなファンタジーの世界。
中世ヨーロッパにタイムスリップしたのでないとすれば…………ここは、異世界。
「……マジかよ」
馬車が巨大な門へ近付くにつれ、そこに集まっている人々がはっきりと見えるようになる。
「あぁ……間違いないわ、これ…………」
槍を持った兵士の顔は、トカゲだった。
並ぶ馬車の列に、猫のような姿形をしたヤツもいる。でも猫じゃない。服を身に着け二足歩行で会話をしている。会話の相手は顔が羊だった。
俺の記憶が正しければ、中世ヨーロッパに、羊面人間なんていなかったはずだ。
つまりここは、完全無欠に異世界ってわけだ。
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