1話 ここは……どこ? -1-

 死んだと思った瞬間、なぜか二十歳も若返り肉体は十六歳。

 見た目は子供、頭脳は大人! そして、明日にはたぶん屍っ! キャハッ☆

 

 笑えねぇ!

 

 マジでマズい。

 あれから己の勘を頼りに一日中ひたすらまっすぐ直進し続けたのだが、見える景色に変わりはなく、眼前に広がるのはだだっ広い平原のみ。

 ……方向間違えたかなぁ? 逆に進んでいれば村くらいあったのかなぁ?

 人間の歩行速度って、たしか時速6キロで、十数キロ以上歩く時は4キロ前後……間を取って5キロとするだろ?

 で、歩き始めた時太陽は真上にあったから正午で、今は完全に陽が落ちている。関東で四月上旬だとだいたい日の入りは十八時ごろ。

 つまり、六時間の間時速5キロで歩き続けたわけだから、総移動距離は30キロ。おいおい、東京から横浜まで行けんじゃねぇかよ……その間に人の住んでいる形跡すら見当たらないってどういうことだ? 動物すら見かけない。

 ここ何県だよ……?

 まさか、アメリカとかじゃねぇだろうな?

 やめろよ、イースター島とかサバンナとか言うの……

 

 やっぱあれだな、神様ってちょっとアホなんだな。

 わざわざ命助けておいて、もう一回殺しにかかるってどういうことだよ?

 例えばさ、すげぇ腹を空かせている時に一万円が降ってきて、「やったこれで飯が食える!」ってなるじゃん? でも、周りに店がない、みたいなことだろ、これ?

 合コンにすっげぇ巨乳美女がやって来て、テンション急上昇したのに、話を聞いたら彼氏がいて友達の付き合いで来ただけ、みたいな? そういうことだろ、これ!?

 持ち上げて落とすのはご遠慮願いますっ!

 

 つか…………腹減った。

 ここの草、硬くて食えないんだよなぁ……ん? もちろん一回挑戦したさ。当然だろう。……せめて天ぷらに出来れば、もしくは…………いや、無理か。

 

「………………寒い」

 

 陽が出ている時はぽかぽかと暖かかったのだが……陽が落ちると急に寒くなった。

 空腹が体に響く。

 人間は三日くらい飲まず食わずで生きていけるらしいが…………現代人はそこまでタフじゃない。

 俺なんか、近くに激安スーパーがないだけで生きていけない気がする。

 

 あぁ……隠れ家にパンの耳残ってたのになぁ……もったいねぇなぁ…………

 

「……なんで、パンの耳食ってたんだろうな、俺…………肉とか、食っときゃよかった……」

 

 どんなに大金を手に入れても、それで食う飯は美味くなかった。

 なんとなく、砂利を食っているような気分になったのだ。

 だから俺は、道端で拾った小銭でパンの耳やクズ野菜を買って食っていた。三十過ぎた男が何やってんだって話だけど……それしか食えなかったのだ。

 

 親方の『落ちている小銭センサー』と、女将さんの『クズ野菜調理法』が大活躍していたわけだ。

 はは……案外、一番役立っているかもな、教わったことの中で。

 

 あぁ…………女将さんの煮魚が食いてぇ……あ、煮魚もだけど、あれだ、ゴリの唐揚げ……美味かったなぁ。

 ゴリというのはハゼっぽい淡水魚の総称で、地方によって別の魚を指すことがある。俺らの間ではもっぱらヨシノボリのことをゴリと呼んでいた。

 不細工な顔をしているくせに、上品でさっぱりしてて美味いんだ。

 ゴリの唐揚げにレモンを一搾りしてなぁ……親方の好物で、よく取り合ったっけ……

 

 やべ……ますます腹が減ってきた……

 

「くそぉ! こんなところで死ねるかぁっ!」

 

 俺は、体に残ったすべての力を振り絞り立ち上がった。

 そして、前だけを向いて全力で走り出した!

 方向が違うかもしれない。戻った方が、方向を変えた方が……そんなもんは全部逃げだ!

 最初に「こう!」と決めたんだ!

 他でもない、俺が決めたんだ!

 それを曲げるのは逃げだ! 逃げていては絶対に勝てない!

 俺は、俺を信じ、俺のために生きる! 故に、走る!

 

 暗くなった空の下、この先に俺を迎え入れてくれる明るい場所があると信じ、ひたすらに足を動かした。

 腹の底から叫び、疲労と空腹と恐怖を振り払う。

 そして……っ!

 

 そしてぇっ!

 

 …………力尽きた。

 自分を信じても、無理なもんは無理。負ける時は負けるのだ。

 

 万事休す。

 もう、ピクリとも動けない。

 全力疾走のせいで激しく収縮する心臓も、やがて止まるのだろう。

 さようなら。

 世界よ、さようなら。

 

 そうして、俺はまぶたを閉じた。

 ……次目を開けたら俺、六歳くらいになってたりして…………

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る