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聖歴一六三〇年六月十八日(皇紀八三六年雨月十八日)七時00分

ロバール川支流河口・索敵隊待ち伏せ陣地。


 ロバール川を輸送用舟艇を使い大急ぎで下り、事前に無線で要請していた武器、弾薬、野戦築城の資材、増援一個小隊を河口付近で受領し、突貫工事で待ち伏せ陣地を築城した。

 湿った土砂が堆積した扇状地の土壌は柔らかく、掘るには楽だが塹壕を維持するのは難しく、調達した土嚢は瞬く間に使い切り木の杭は何本あっても足らず、体裁を整えるのには散々苦労したが、三日で川面を背に密林に向かって弧を描く扇型の陣地を作ることが出来た。

 マーリェは司令部の塹壕の土嚢の上から全体を見渡す。

 扇の要が司令部壕。弧の両端と中央には7.62ミリ多用途機関銃が据え付けられ、それぞれを土嚢と木の杭で補強された塹壕が連絡し、司令部壕へも塹壕が通っている。

 見た目は中々立派な陣地なのだが、気になる点が一つ。鉄条網が無い。

 司令部壕に飛び込み弾薬箱にドカリと座り、美味そうに麦酒ビールを瓶ごとラッパ飲みするゴルステスに「鉄条網は?」と尋ねると「あ、忘れてたわ」


「敵は蛮族、何百人が銃火も恐れず夜陰に乗じて忍び込んでくるはすよ。地雷は兎も角鉄条網くらいは必要だと思わなかったの?」


 空瓶を川面目掛け投げ捨てると。


「鉄条網なんてのはなぁ、キチンとお召物を来た紳士淑女の為に必要なもんなんだよ、チンチン放り出したサル共には過ぎたもんだ。解ったかい?同志ツェルガノン」


 と応じた後、不意に立ち上がり、彼女に近づくと「ところで、おべべを着替えたのかい?お嬢ちゃん」

 補給物資に被服が有ったので、汚れに汚れた野戦服から洗濯済みの物に着替えた。


「ええ、最低限の贅沢をさせてもらったわ」と答えると、突然胸元にその巨大な顔面を近づけ。


「あのメスの臭いムンムンが良かったのによぉ、洗剤の臭いとは残念だぜ、ま、これも良いか、ネンネっぽくってな」


 そして、あの癪に障る大笑い。

 顔面に拳を叩きつけたい気分を必死になだめ「この下衆」と吐き捨てて司令部壕をでた。


 その日の夜。二十時頃。

 夜襲に備え枕元に銃嚢や弾嚢を吊るした弾帯と半自動の騎兵銃を置き、何とか眠ろうと軍用毛布を被った時、天幕の外からマーリェを呼ぶ声が聞こえた。

 出てみるとあのサノガミが立っている。

 ここに来てから朝から晩まで塹壕堀にこき使われ、ボロボロのヘトヘトになった上に持ちなれない歩兵銃を担がされたその姿は、勝負前から敗残兵の様だ。


「委員会から無線連絡で、放射性物質の紛失に付いて説明せよとの事ですが・・・・・・」


 腹の中で「奪われたのは貴方でしょ?」と思いつつも、放射性物質を使っての追跡を提案したのは自分で有るのは間違いないので、釈明はする必要があるかと思い彼の後に付いて行く。

 無線の置かれた塹壕の前まで来たとき、突然、壕の脇に置かれた天幕から太い腕が伸び、彼女の右腕を掴むと強引に中に引きずり込まれた。

 そのまま足払いを喰らい、地面に叩きつけられると大きな軍靴の底が彼女の鳩尾に叩き込まれる。

 うめき声と吐しゃ物を口から吐き出し激痛に身をよじる。もう一度腹めがけ軍靴のつま先が送り込まれるがそれは両腕で勢いを殺した。しかし腕の骨が軋むように痛い。

 見上げると薄明りの中、巨大な男の輪郭が自分に圧し掛かってくる所だった。

 ゴルステスだ。

 声を上げようとしたところで顔面を平手打ちされ、返す手でふさがれる。

 下半身の金具が触れ合う音がする。下袴ズボンが下着ごとずり下げられたのが解る。

 自分の下袴ズボンの前開きを開けつつ、耳元に口を寄せゴルステスは。


「お前に近づける機会をずっうっと待ってたんだ。小生意気な委員会のアマァにお灸をすえてやる機会をよぉ」


 自分の物を出し終えると、自由になった手をマーリェの野戦服の胸元に掛け、一気に引きお下した。

 ボタンがはじけ飛び襦袢シャツが引き裂かれ白く豊かな胸が露に。

 屈辱と怒りで身をよじるが、膨大な重量と狂暴な力の戒めは全く動じない。血反吐を吐くような戦闘訓練を受けて来たのに、この男には敵わない・・・・・。

 ゴルステスはまた耳元でささやいた。


「女はよぉ、男の頭を踏みつけてるよりも、男の腹の下にいる方がお似合いなんだよ。俺がそのことをお前の体と魂にキッチリ教育してやる」


 そして、長い舌を出し、彼女の耳を頬を舐める。

 一億匹のゴキブリに全身を這われているような感覚に落ちる。

 その時。

 彼の手に覆われてない鼻が奇妙な臭いを捕らえた。

 甘い、けど鼻の奥を掻きむしる様な刺激臭。

 そのことは自分の腹の上のゴルステスも気付いた様で、不意に動きを止め「なんだ!この臭いは!」と上半身を浮かせた。

 この機は逃さない!

 同時に浮いた彼の股間に手を伸ばし、漫画みたいに太く長大な器官の後ろにある薄い皮に覆われ垂れ下がる肉の球を掴み、渾身の力を込めて握りしめた。

 獣のような悲鳴を上げ跳ね起きるゴルステス。マーリェはそれでも球を握りしめる力を緩めず、勢いよく上半身をばねの様に起こし彼の顎目掛け自分の頭を叩きつけた。

 目の前に星が飛んだが、ゴルステスは完全に白目をむいて気を失い地面にドウと転がった。

 胸元を抑えつつ身を整え天幕の外に飛び出ると、辺りには白い靄が立ち込め、あの甘い刺激臭が満ち溢れ、索敵隊の兵士たちも混乱し咳き込みながら怒号をあげる。

 人の気配を感じ振り向くと、サノガミが口元を腕で覆い歩兵銃を片手で構えマーリェに付きつけていた。

「これは何?どういうコト?」彼女の詰問にサノガミは。


「知りませんよ!・・・・・。風向きが変わったかと思うと・・・・・・。森の奥から煙が流れて来て」


 そのまま咳き込み喋れなくなった。

 マーリェも喉の奥からこみあげてくる咳と目や鼻の穴の奥からとめども無く溢れ出す涙や鼻汁、そして波状攻撃の様に沸き上がる嘔吐に耐え切れず身をかがめる。

 森から風がまた吹くと、今までよりいっそう濃厚な煙が塊となって陣地を覆う。

 今度は視界まで奪われた。

 来る。奴らが来る!

 確信したマーリェは腰の銃嚢に手を掛けた。しかし、武器はあの天幕の中。

 鋭い風切り音が無数に聞こえる。鈍い肉を叩きつける音がした。

 喉に長々とした槍が刺さったサノガミが、顔面を血と鼻汁に汚したままこちらに向かって倒れ込んでくる。

 思わず避けるとそこにも槍が胸に深く刺さった兵士。そして自分の目の前にも一本深々と地面に突き刺さる。

 無数の槍が黒曜石の穂先を煙の中煌めかせ陣地に投げ込まれ兵士達を刺し貫いて行く。まるで槍の豪雨だ。

 森の方角から煙に紛れ獣のような雄叫びが聞こえて来た。

 まるで密林に棲む魔物の咆哮だ。

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