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皇紀八三六年雨月十八日十九時時五O分

ロバール川支流河口・索敵隊待ち伏せ陣地付近。


 夜陰に紛れ密林を密かに前進し、索敵隊が待ち伏せる陣地に可能な限り肉薄。投げ槍器の有効射程と反撃の隙を与えない突撃可能な距離にまで接近する事が出来た。

 そこで待機し時を待つ。

 風向きが変わった。

 陸海風が夜の風向き、つまり陸から海、この場合川へ吹き下ろす向きに変わったのだ。

 俺はこの時を待っていた。 

 

「香を焚火にくべろ!」 


 森の中横一列に熾された焚火に、ウルグゥの戦士たちが籠に入ったあの例の香木の粉を大量にブチ込む。

 すぐさまものすごい量の煙がもくもくと沸き上がり風に乗って川面へ向かい、瞬く間に奴等の待ち伏せ陣地は強烈な嘔吐効果のある煙に包まれた。


「全隊!第一射、投擲!」 


 一列横隊に配置された戦士たちが、一斉に黒曜石の投げ槍を各々事前に定めた目標にむけ放物線を描いて叩き込む。

 百五十人の醜男共が渾身の力を籠め投げる百五十本の重たい槍は一旦は夜空に吸い込まれ、やがて必殺の速度を重力によって与えられ今や煙に包まれた待ち伏せ陣地に降り注ぐ。


「続いて、第二射、投擲!」


 同じ数の槍がまた投げ込まれ、待ち伏せ陣地に吸い込まれる。


「防毒面、着用!」


 俺の号令の下、戦士たちは自分が股間にしている者と同じ木の実で出来た防毒面を一斉につける。

 口のあたりには穴をあけ、中に細かく裂いた棕櫚と粉々に砕いた炭を詰め、目のあたりには透明な卵の中の幕を張った。ウルグゥ族特製の防毒面だ。


「突撃用意!」


 戦士たちは家宝の様に大切にしている鋼の穂先を持つ白兵戦用の槍に持ち替えた。産毛が剃れるほどに研ぎ澄まされた両刃の穂先が星明りに鈍く銀色に光る。

 俺もコンゴウ式散弾銃にミンタラ刀を装着し防毒面を付けた。

 焦げ臭い防毒面の中の空気を吸い込み、叫ぶ。


「突っ込めぇ!」


 三千世界の悪鬼悪霊物の怪の類ですら怖気を振るうような雄たけびを上げ、百五十のウルグゥ戦士が一斉に駆け出す。

 索敵隊の連中は流石に気付いているはずだが、反撃して来る気配は一向にない。咳とクシャミ、涙に吐き気を際限なく催す煙に巻かれ、その上頭の上から三百本の槍の雨が降って来たもんだから未だに恐慌状態なのだろう。

 これは、やれるぜ。

 走りに走って俺は真ん中の機関銃座にたどり着く。

 土嚢の上に登ると足元には激しい咳をしながら反吐を撒き散らしのたうち回る黒い野戦服の索敵隊員三人。九粒散弾をぶち込んで楽にしてやるとそのまま銃座に飛び込こむ。

 お目当ては七.六二 ミリ多用途機関銃。こいつをグルリ百八十度回転させ、まだウルグゥ戦士が進出していない陣地内に向ける。

 使い方は目を瞑っても解るほど叩き込まれている。弾帯が装填されている事を確認し、槓桿を引き初弾を薬室に送り込み引き金を絞る。

 眩い曳光弾が煙の幕を切り裂き陣地内にばら撒かれた。悲鳴が聞こえ夜目にも血飛沫が見える。そのまま横殴り左右に掃射しウルグゥ戦士の為の道を作る。

 俺の横ではあの案内役を務めた男が、穂先で索敵隊員の喉を切り裂いている。それが終わると別の隊員に襲い掛かり反撃の隙を与えず腹を突き刺し、別の隊員の頭を槍の柄でカチ割る。

 他のウルグゥ戦士達も槍を突き上げ、蛮刀を振るい次から次へと索敵隊員を躯に変えてゆく。

 体形からバオボォウらしき戦士も槍を振るい年齢思わせぬ奮戦ぶりで敵をバッタバッタと屠り、教授の嫁、ドゥジュゥ嬢らしき女戦士も何と二本の槍を両手に持ち、陣地の中のあちこちを走り回りながら手当たり次第に索敵隊員を血祭りにあげる。恐れ入ったぜ。

 対する相手はとめども無く襲う咳とクシャミと涙、反吐に苛まれまともに太刀打ちできない。最新鋭の歩兵銃も敵に残酷な死を与える手榴弾も高度な特殊訓練も、自然の中から抽出された毒と、野生に培われた闘争心に圧倒されている。

 これは勝てる?勝てるかも?

 機関銃の銃身が焼き付き、銃身交換が面戸なので放棄してコンゴウ式散弾銃に持ち替える。

 相手を突き刺しているウルグゥ戦士背後を撃とうとする奴が居たので頭を吹き飛ばし、土嚢の上から他の戦士を狙う奴にはその背中に九粒球を食らわせ、後ろから銃剣を突き立てようとした奴にはミンタラ刀の銃剣で喉を掻き切る。

 俺の背中に誰かがぶつかり、振り返ると身なりからしてチョル教授。手にはサノガミから取り上げた六連発の回転式拳銃。

 目が合うとニッコリ笑い、近づいて来た敵に一発お見舞いした。カッコイイね。嫉妬しちゃうぜ。


「なかなかやりますな」と、コンゴウ式に装填しながら俺。 

「射撃も趣味でやってましたので」と教授。

「豪傑な嫁さんですな」と、手近な敵に一発叩き込み俺。

「私には分不相応な良い妻です」と結構器用に装填しながら教授。

「尻に敷かれますな」と返すと、教授はその顔にまた笑みを・・・・・・。

 重い銃声が鳴り響くと途端にそれは苦痛にゆがむ様に代わり、崩れるように俺にもたれかかる。見るとわき腹に鮮血。防暑服がボロ布になっている。

 散弾?


「オオラァ!腰抜け共!何をもたもたしてやがる!せっかくお客様だろうがぁ!シャキッとお相手しろぉ!」


 大気を打ち据える胴間声。鼓膜が破れそうだ。

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