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皇紀八三六年雨月十七日十四時00分
ロバール川支流河口付近。
ウルグゥ族の足の速さは予想をはるかに超え得ていた。
文字通り密林の中をなめらかに滑る様に進んでゆく。俺ですらも付いて行くのがやっとなのに教授は必死に一行について来た。当然恋女房の支え付きだが、中々の根性だ。
愛の力は素晴らしいぜ。全く。
休憩は日に二三度しかとらず、休憩と言っても昼間は水を飲んだりふかした芋を食って腹を満たす程度、それも時間が惜しいから歩きながら済ますことも何度かあった。夜は交代で木の幹に寄りかかって眠り、こちらも時間が惜しい時は夜通し歩いた。
何度か寝ながら歩いていたかも知れねぇ。特挺群の時はしょっちゅうやってたが、四十路を越えると流石にしんどい。
そう言えば、ふと傍らを見てシスルが居ない事に戸惑う事が何度かあった。
つなぎを付けるのに先に送り出したことをコロッと忘れるのだ。
あいつが俺の下についてまだ八か月程度だって言うのに、あんな小さいのでも居ないと寂しいもんだ。まぁ、向うはどう思って居るか知らねぇが。
野営地を発って八日目の昼頃。斥候隊から目的地の川岸に西方人種の兵隊が大勢集まっているとの報告があった。
人数はざっと二百人、索敵隊が網を張ってやがるんだろう。想定の範囲内だ。
俺は奴らが待ち伏せる川岸から三粁(キロメートル)ほど離れた場所に出撃拠点を定め、そこにウルグゥ族の戦士を集めるともう一度作戦の計画を確認する。
そして、これが一番肝心なのだが、ソガル島に待機しているはずの出迎え部隊に無線を送った。
『ギョザ四一三、ギョザ四一三、こちらゲットウカン五〇三、送れ』
ゲットウカン五〇三は俺のヤサ、つまり月桃館五〇三号の事、俺とシスルの通称名、ギョザ四一三は総軍司令部の住所で御座区四丁目一番三号。出迎え部隊の通称名だ。
これらの暗号はシスルに託し、叢林の第九河川戦闘群本部に届けるようにしてある。つまり向うからギョザ四一三と帰ってくればシスルは無事役目を果たした事に成るし、何もかえって来なければどこかでくたばってる事に成る。
因みに万が一敵の捕虜になった場合に暗号を盗まれることも考え偽の暗号文も持たせてあるが・・・・・・。
それにしても返事が遅い。もう一度『ギョザ四一三、ギョザ四一三、こちらゲットウカン五〇三、送れ』とやってみる。
ウルグゥの連中が不思議そうにこちらを覗き込んでくる。まだ返事は無い。
まさか、シスルがしくじったか?
すると、雑音交じりだが無線機から声が聞こえた。
『ゲットウカン五〇三、ゲットウカン五〇三。こちらギョザ四一三、送れ』
ほっとした。シスルの奴でかした!
バオボォウも安心したのかあの怖い顔をニッコリ緩ませ俺の肩を叩く。
『ギョザ四一三、こちらゲットウカン五〇三、星は流れた、繰り返す、星は流れた、以上、送れ』
星は流れた。これは無事渡河地点付近に到着したという暗号。
さて、こっから先が肝心だ。亡命申請が受理されたら『仔馬が産まれた』との暗号が帰って来る。しかし、ダメなら『仔馬は産まれなかった』との返事が有る事に成っている。
ここ最近、神様なんて当てにしてなかったが、腹の底から神にお願いしたい気分だ。
どうか仔馬が産まれますように!
無線がまた唸りだし声が聞こえる。
『ゲットウカン五〇三。こちらギョザ四一三、仔馬は産まれた、繰り返す、仔馬は産まれた、以上、送れ』
思わずバオボォウの肩を掴み返し、満面の笑みで言ってやる「亡命申請が受理された」
戦士たちは静かに歓声を上げる。
『ギョザ四一三、こちらゲットウカン五〇三、了解、送れ』
この後、ギョザ四一三と作戦計画のすり合わせを行い通信を終了させた。
さて、この一世一代の大博打。仕上げに掛かりますか!
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