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皇紀八三六年雨月四日十六時00分

ロバール川本流付近。


 同じ“交易路”を使い俺たちを追跡しているだろう索敵隊とのハチ合わせを避けるため、時間が掛かっても構わないと考えあえて密林の中を強引に進むことにした。

 おかげで進む速度は半分以下に落ちちまったが、虐殺部隊とご対面ってよりはマシだ。

 シスルの勘と方位磁石を頼りに枝やら蔦やた低木やら枝やらをかき分けかき分け、不愉快極まる蒸し暑さとくんずほぐれつしながらモワル湖を目指す。

 帰還を決定してから概ね十九時間後。突然、先頭を行くシスルが足を止めた。

 おもむろに弓を取り出し矢を番え、身をかがめて辺りに視線を飛ばす。

 俺も習ってコンゴウ式散弾銃を構え藪に身を寄せる。

 先生はなにが起こったかつかめずキョロキョロ辺りを見渡すが、俺が裾を引っ張り強引にしゃがませた。


「どうした?」


 俺の問いにシスルは低く呻くように答える。


「囲まれてる」


 背筋が凍った。

 俺は兎も角シスルに気配を掴ませず包囲できる奴等って何者だ?


「十五、六は居る。においがするくらいだから近いぞ」


 そう言われて目を凝らし樹々の間を睨むと人影が見えた。

 身長は百五十 センチ有るか無いか。短躯ながらも太く引き締まった体形で肌は濃い褐色。

 それ以外は動きがあまりにも素早いのと身の隠し方が上手いのでよくわからない。ただ、服を着ていないので索敵隊で無いのは間違いない。そもそも奴等ならシスルに気付かれないはずがない。

 原住民か?

 そう思った途端、あのサガミノ先生の研究室で見せられた本の挿絵を思い出す。

 醜悪な面構えのまるで小鬼の様な奴等。ウルグゥ。

 

「何なんです?誰なんですか?」


 振るえた裏声で先生。こっちが弱気だって完全にバレバレになる。思わず「黙ってろ」と返してしまう。

 チラ見する人影で徐々に輪が狭まっているのが解るが足音が全くないので距離感がつかめねぇ、打って出るにしてもああいう動きをされれば先にこちらの動きを抑えられちまう。

 

「数が増えた。倍には成ったぞ」

 

 とシスル。そして奴等の姿をキッチリとらえたのか。


「先生の部屋で見た絵と同じ奴等だ。あの女みたいにされるなら殺せるだけ殺してあがも死ぬ」


 と、何とも物凄いことを言い出した。さすが『雲霧林の戦鬼』だ。だったら俺もと思ったが、なんか様子が変だ。

 殺して食うなら奇襲しねぇか?普通?

 オモチャにしたいなら自分たちの存在を誇示して、追い回した挙句嬲り者にするだろうし、ひたすらだまって包囲の輪を縮めるってのはどうなのよ?

 それが奴等のやり方なのかもしれねぇが、野蛮人にしちゃまどろっこしすぎる。

 まさか、こっちの出方を伺ってる?

 どっちにしたって彼我の戦力差は一対十。地の利は向うにあるし有利なのは武器の性能だがそれだって奴等の動きが良ければあてになるかどうか怪しいもんだ。

 一発賭けに出ることにした。

 まずはいきり立つシスル様をなだめすかす。


「落ち着きな相棒よ、どうも様子がおかしい、仕掛けてくるならお前さんに気付かれる前に仕掛けてくるはずだ。わざわざ囲んで何もしないってのは通りが通らねぇ、何か考えがあるかも」

「確かに、もしあがが奴等なら、一番めんどくさい武器を持っているなれを真っ先に射殺す」


 シスルの答えを打ち消すように先生。


「奴等は野蛮人ですよ。そんな細かい考えなんてしませんよ!」


「声がでけぇよ!」とたしなめた後。


「細かい考えがないなら、なんでこんなめんどくさい事するんです?何かしらの意図があると考えるのが通りでしょうが、先生、今から俺が言う事をこの辺りの連中が使いそうな言葉で奴等に言ってください」

 

 そして俺が考えたセリフを先生は完全なビビり声で森の中に向かって叫んだ。


『我々ハ父親ニ頼マレ行方知レズニ成ッタ息子ヲ探シニ来タ者ダ。何カ知ッテルナラ教エテクレ』


 しばらくの沈黙の後、夕闇が迫りつつある密林の奥から、まるで染み出すように人影が現れた。

 薄明りの中で見える姿は、引き締まった濃褐色の体に同心円を重ねた刺青を入れ、鉢を被せたような髪形をし、大きな口と上を向いた鼻、小さな目を持つ小柄な男。尻からは太い尾が垂れ下がり、股間の一物を子供の頭ほどの木の実で作ったお椀の様な物で覆っている。

 なりは明らかに挿絵の通りのウルグゥ族なのだが、問題は表情だ。

 油断なく俺たちを見るその目は、野蛮人とは到底おもえねぇ、まるで頭の切れる軍人のそれだ。

 いきなり現れた男に警戒したシスルは条件反射で弓弦を引き絞るが、俺はそれを手で制する。その動きに反応して樹々の陰に潜む奴等も槍投げ器を構えるが、目の前の男が一声上げて動きを止めさせた。その所作もよく訓練された軍隊を思い起こさせる。

 重たそうな石の穂先を付けた三十本以上の槍。槍投げ器の勢いを借りれば、俺たちなんてアッという間に串刺しだ。不意を突かれれば無事じゃ済まねぇだろう。

 目の前の男は、双方の動きが無くなったことを確認したあと、俺にこう言った。


「その男、知ってる。知ってる事、教えていいかは、おさに聞く、今から長に聞きに行く、日の出まで待て」


 ・・・・・・。まほらま語だ。俺たちの使う言葉だ。どういう事だこりゃ?

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