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皇紀八三六年雨月三日九時00分

ロバール川本流付近。


樹虎に襲われたその日の朝、襲撃者の肉で朝飯を済ませ(予想通り中々野性味に過ぎるお味だったがね)俺が朝飯の材料から頂戴した両肩の傷を手当てし、防暑服に空いた穴も繕った後、再び“交易路”を辿ってロバール川添いを遡った。

 サガミノ先生も荷物を軽くしたおかげで俺たちの後ろをちゃんと遅れずに付いてくるようになり、移動する速度も良い感じに早くなった。

 そのおかげもあってか翌日、追跡される危険性を承知で“交易路”を使って来た甲斐ってヤツを実感する事が出来た。

 原住民と遭遇したのだ。

 尻には黒い毛の生えた尾、男は頭のてっぺんだけ毛を残し後は全部剃り、体中に縦じま模様の刺青。女は顔一面に細かい模様の刺青を入れ、髪は長く伸ばしている。

 サノガミ先生によるとチェチャモ族とかいう連中で、本来この時期なら焼き畑を作り定住しているはずと言うのだが・・・・・・。

 ところが、百五十人は居ようかってほどの大人数で老若男女取り揃えのご一行。中にはやっと歩けるような年寄りから乳飲み子を抱えたおっかさんまで居る。

 その上みんな持てるだけの家財道具を背負い、豚やら鶏やら犬やらと家畜家禽の類まで連れてやがる。

 まるで難民だ。

 オマケに俺たちの姿を見るなり奴さんらは大恐慌に陥り、男は槍投げ器を構えて威嚇してくるわ女はワァワァ叫び出すは子供はギャンギャン泣き出すはエライい騒ぎ。

 先生が何とかなだめすかし、俺たちに敵意が無い事を伝えると何とか伝え騒ぎは収まった。

 それから、頭のてっぺんに何にも無くなった年かさの族長っぽいおっさんに事情を聴くと・・・・・・。


「あんたらと同じ尻尾無しの白い奴らがこの辺のムラを手当たり次第に襲っては皆殺しにして回っているという噂を聞いた。それで自分たちも荷物まとめて逃げることにした。種芋を植えたばかりだし俺たちはどうしたらいいのか?飢えて死ねというのか?」


 てな具合の恨み節を長々と聞かされた。

 間違いねぇ索敵隊の奴等の仕業だ。

 全球大戦の時も、奴等のやり口と言えばとりあえず皆殺し、なんだかんだで皆殺し、そこはやっぱり皆殺しって感じで、行く先々で死体の山を拵えて回っていた。

 先生が訳して言ってくれるのを横で聞いてたシスルは、口をへの字に曲げ眉間に皺をよせると、丸めて肩から下げていたあの樹虎の毛皮を長っぽいおっさんに押し付け、先生に。


「気の毒で聞いてられない。暮しの足しになるかどうかわからないが、それを受け取ってくれって伝えてくれ」


 俺も図嚢から飴玉を出して子供たちに配り『口に入れて見な』と身振り手振りで教えてやる。

 見よう見まねで飴玉を口にした子供らは未知の甘露に目玉を丸くして大はしゃぎ。

 長は俺とシスルの手を取りモゴモゴと何かをつぶやいた。礼を言ってるんだろう。

 恩を売ったもりは無いが、ここで先生を介してチョル教授の事を聞いてみる事にする。


「この辺りで、俺たちと同じ感じの尻尾無しの男を見なかったか?見て無くても噂とか聞いたことは?俺たちはその男の父親から頼まれてさがしているんだが」


 すると、一瞬驚いて俺を見つめた後、言いにくそうに答えた。そしてそれを聞いた先生も顔面を強張らせたどたどしく。


「べつの種族の物からの伝聞らしいのですが、教授は、その・・・・・・。ちょと信じられないなぁ・・・・・・」

 

 それ以上何も言わなくなったので「何が信じられないんですか!?」と勢い語気を強めて答えをせかすと。


「彼は、教授らしい東方人種の男が、ウルグゥと一緒に居たのを見た者が居るって言うんです」


 先生の訳し間違えかと思ったが、どうも先生もそう考えた様でもう一度聞いてみても長は同じことを繰り返す。俺自身の耳も確かにおっさんの口から『ウルグゥ』と言う言葉を聞いた。

「やっぱり、東方人種の男がウルグゥと一緒に“交易路”を歩いているのを見た者が居ると言ってます。一月前ほどの事だとか」


 ・・・・・・ハイ、任務終了。

 今頃お坊ちゃんはこの世の人じゃない。

 シスルも同じことを考えて居た様で「もう食われてるな」と一言。

 俺たちの旅はここでおしまいだ。


「これで教授の死が確認されたも同然です。引き返しましょう」


 チェチャモ族と別れたあと、サガミノ先生は気が抜けたようにその場に座り込みつぶやいた。

 反対する理由は無い。ウルグゥの連中を探してキッチリ確認する必用もあるかも知れねぇが、実質戦力たったの二人じゃお話にならない。

 いずれ索敵隊が見つけるだろうから、人殺しが好きな連中と、人間の肉が大好きな連中と戦わせ、その情報を特務の間諜スパイが後でゆっくりかすめ取る方が効率がいいだろう。

 てなわけで、トガベ少将閣下、現刻をもって作戦は中止、本国へ帰還イタシマス!

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