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聖歴一六三〇年五月三十日(皇紀八三六年植月三十日)十時00分
ロバール川三角州付近。
追跡用に訓練された軍用犬を投入し湖岸を捜索させた所、ロバール川三角州付近に何者かが上陸した痕跡を発見した。
どうやらまんまと侵入を許した様だ。獣の上につかえない男共の間抜けさにマーリェはこめかみの血管が浮き上がるのを感じる。
元猟師の
しかし、足跡が見つかったのはこの付近のみで後はいくら探しても見当たらない、足を何かで包み足跡が残らないよう工夫した様だ。その上犬も臭いをかぎ取れないようで同じところをぐるぐると回り出す始末。
「主人が無能なら犬まで無能なの?」
ゴルステスらに聞こえない様につぶやくマーリェ。それを聞きつけたズブロフは。
「おそらく香料か何かでで臭いをごまかしているんでしょう。そう言う技をもつ原住民が居ると聞いたことがあります。敵は中々手練れのようですね」
現状にイラついたゴルステスは足元に居た軍用犬を思いっきり蹴り上げる。飛び掛かられればまず命は無いとされる猛犬でも、あの巨漢の蹴りにかかれば子犬同然に吹き飛ばされ情けない悲鳴を上げるほかない。
「クソつかえねぇ犬っころだな!叩っ殺して焼いて食っちまえ!」
本当に食われかねないと思った担当兵が犬を引きずり下がってゆく。
肩を怒らせつつゴルステスはマーリェに近づいてくると。
「やっぱり偵察機で見つけた村を片っ端から潰して行くしかねぇな」
身を逸らし目を合わせずマーリェは。
「恐ろしく非効率的な戦術だわ、そんなやり方をしたら原住民たちは飛行機を見た途端村を捨てて森に消えるでしょうね。ひょっとしたら昨日の出来事がもう広まってこの辺りの原住民は逃げていないかもしれない」
反論する言葉が見つからないのか睨みつけてくるばかりのゴルステス。
ズブロフの元に彼の若い部下が駆け寄り耳元で何かささやいた。そして。
「同志ツェルガノン、向うの様です」と突然歩ぎだすズブロフとその部下たち、マーリェもその後に続きながら。
「奴等が向かった方角が分かったわ、付いて来なさい」
不満と不信で眉間に皺を寄せながらも兵士に移動を命しるゴルステス。一方マーリェ達委員会の部隊は山刀で藪を切り開きつつ南を目指す。
二時間半ほど進むとやがて藪がまばらになった場所にでた。
よくよく観察するとその空間は北西に向かって道の様に長く続いているように見える。
「これは・・・・・・?」
つぶやくマーリェ。それにゴルステスは。
「サル共が使ってる交易路かも知れねぇ」
「交易路?」
「敵もこれを使ってるかもしれぇぞ、ヨシ!野郎ども!この道を中心に一列横隊で西進!ここいら辺りで野営してるかも知れねぇ、痕跡を探せ!」
素早く長い横隊を組む索敵隊。委員会の部隊も背後からそれに続く。
濃厚な藪を強烈な湿気と暑さに茹だりながら切り開き進むこと一時間、索敵隊の無線が鳴った。
「南に下った場所にある小川の岸で何か見つけたらしい」
駆け出すゴルステスと索敵隊、それを追うマーリェ達。
交易路から五百
渡渉し台地に上がる。落ち葉や枝に覆われた地面には一見何の変哲も無いが、兵が差し締めた場所を目を凝らして見ると若干埋め戻した形跡がある。
その場にしゃがみ込み索敵隊の兵士が言う。
「かまどの跡じゃねぇすか?この辺りのサル共が同じようにしてるのを前に見ましたよ」
ズブロフが応じるように。
「あのやり方で火を熾せば炎は目立たないし煙も出にくい。やっぱり敵は相当高度な訓練を受けた奴等です。おそらく帝国の特別挺身隊あたりか・・・・・・。だとすると、この辺りにわ・・・・・・」
と言いかけたその時。
銃声と悲鳴が響き辺りに硝煙の臭いが立ち込める。
素早く伏せ、匍匐前進で移動しながら円陣を組み、密林めがけ一斉に銃口を向ける索敵隊と委員会部隊。
「くそ!狙撃か!?」
腰の銃嚢から半自動散弾銃を抜き構えるゴルステス、マーリェも拳銃を手に森を見渡す。視界に転げまわる索敵隊の兵士がの姿が飛び込んできた。かまど跡を見つけた者だ。
右足の踝から先が吹き飛びボロボロの肉塊になり果て、鮮血の飛沫を飛び散らせ泣きわめいている。
ズブロフが匍匐前進のまま彼に近づくと上から覆いかぶさり動きを止め、右大腿部を止血帯で締め上げ出血を止める作業に入る。
その間も一行は腹ばいのまま円陣を組み、次の狙撃に備える。が、弾は飛んでこない。
応急処置が終わったズブロフは何かに気付いたのか負傷者の足元に近づき自分の腰の銃剣を引き抜いて地面をほじくり始めた。そして。
「狙撃じゃありません、原因はコレです」
と立ち上がりつつ指先に摘まんだものをゴルステスに投げてよこした。受け取った彼は立ち上がると呻くようにつぶやいた。
「散弾の、空薬莢だと?」
「管状になった枯れ枝に尖った石とその上に散弾を込め、平たい石を下に敷いて縦に埋めるんです。そうすれば埋まった散弾が上から履まれると石が撃鉄の代わりをして弾の雷管を圧迫し点火、散弾が発射されるという仕組みです。実に簡単な対人地雷ですよ」
その場にいた一同が凍り付くお互いに顔を見合わせるが誰も声を発せない。
「ともかく、無線で応援を呼んで、この彼を後送しなきゃ」
マーリェがそうゴルステスに言うと、答える代わりに手にした半自動散弾銃を負傷者の頭に向け、引き金を引いた。
今度は頭が散弾で吹き飛ばされ、辺り一面に脳漿や脳の欠片が飛び散る。
「面白れぇ、全く持って面白れぇ!こんな愉快な気持ちになれるのはめったにねぇぞ!畜生!興奮してきやがったぜ!」
重苦しく垂れ下がった木の葉までも震わせる禍々しい大笑いを上げるゴルステスの姿を、マーリェは黙って眺める他無かった。
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