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皇紀八三六年植月二十九日十時00分

ロバール川三角州付近。


夜が白々と明けると俺たちは行動を開始した。

 と、その前に身支度だ。

 荷物の防水に使った油布を適当な大きさに切りそれで両足を包む。足場の悪いとことじゃ外さなきゃならないが、こうすりゃ靴跡が地面に残らず追手は難儀するって寸法だ。 

 行軍その物はのっけから難航した。

 行く手はは鬱蒼たる密林。進みようにも山刀を振り回し枝や灌木を叩き切らなきゃならないが、そんなことをすれば敵に俺たちの居場所を教える様なもんだ。

 たかが百 メートル進むのに半時間は優に食われる。 

 そしてそもそもどこに向かえばいいのさ?

 一か月もたてば教授の残した痕跡は綺麗さっぱり消えている。

 この二つの重大な問題を一発で解決したのはなんとザノガミ助手大先生だ。


「この辺りの原住民は未開の蛮族と思われていますが、実は高度に発達した経済を営んでいます。獣を狩るのが上手な部族が魚の肉が欲しいと思えば魚釣りが得意な部族の元に行き、獣肉と魚を交換したり、装飾品作りが得意な部族は自分たちの作品を売りに歩いたりとね。この森には実はそんな交易のための道が隠されているんです。もし、教授がどこかの部族に厄介になっているとすれば、その交易路を辿り見つけ出すことが出来るかもしれないし、ダメでも原住民から話を聞けば手掛かりがつかめるかもしれません」


 俺は先生に抱き着きたい気分になったね。

 男は趣味じゃねぇけど。その交易路って奴を使えば藪を切り開く手間も省けるってもんだ。

 しかし、頭を振ってあの陰気な目で俺を上目遣いで見ながら。


「でも、問題はその道をどうやって見つけるか何です。情報として交易路の存在は知られていますが、私も実際に見たことは無いんです。申し訳ないですが」


 これが本当の耳学問って奴だ。

 落胆のあまり肩を落としそうになったが、そこで我らがシスル様が目から鼻に抜ける様なお言葉を発せられた。


「それならあがが見つけてやる。なれらはそこでまって居ろ」


 そう言うなり密林に消えていくシスル。俺たちは祈る気持ちで待つしかない。

 強烈な湿気と暑さにうだりながら待つこと二時間ちょい。あいつが戻って来た。


「そうじゃないかって奴を見つけて来た。獣道にしては大きい」


 付いてこいと言うので当然ながらそうする。本人は器用に身をかわしつつ灌木や枝、蔦を避けてどんどん進むがこっちは立派に成長した大人二人。何度も蔦に絡まれ棘に刺され葉っぱに切られ枝に強か顔面をしばかれながら後を追う。

 四十路の親父には正直辛いぜ。

 俺はまだいい、先生は成れない強行軍と無駄に多い荷物のお陰でしばしばへばり、何度か見失いそうになってシスルを止めて探しに戻る事二回。

 三時間ほど悪戦苦闘(野郎二人だけ)すると、突然木々がまばらな場所に出た。

 頭の上は樹幹に覆われ鬱蒼としているが、根元の方は下生えも少なく灌木や蔦もまばら。観ようによっては獣道だが確かにシスルの言うように幅が若干広い。


「・・・・・・。おそらく、これが交易路でしょう。すごいですね彼女は」


 息も絶え絶えに先生が評価を下さる。褒められた彼女はでも表情を変えずに。


「だったら行くか」


 と歩き始めた。さすが野生児。けど俺と先生は街の子だ。先生が死にそうな顔で俺を見てくる。金と出世の為付いてくることにしたんだが、今さらになって後悔してるっぽい。


「いや、もう十五時だ。森の中は暗くなるのが早い。今日はここいらで野宿しようや」


 小首をかしげるシスル姫だったが、しばらくすると。


なれが言うならそうしよう。この先に沢があった。水はきれいそうだから飲めるだろうし魚がいたから食い物も手に入る」


 と言いつつ“交易路”を横切り森に再び入ってゆく。

 先生を引きずり起こしそのケツに付いて行くとせせらぎの音と水の臭いがしてきて、やがて木々の間から小さな川面が見えた。

 確かに本流の様な濁りは無く川底が丸見えの清流だ。岸には野営地に持って来いな小高くなった小さな台地もある。よし、今日はこの岸で野宿だ。

 腰を落ち着ける間もなく、シスルは頭陀袋から折り畳み式の弓と組み立て式の矢を取り出し、手早く組み立てると。


なれは火を熾しといてくれ、あがは魚でも取って来る」


 と鋭く支持を飛ばし川をさかのぼってまた森に入る。

「へいへい承知しましたよシスル姫」と愚痴りつつ焚火の準備に入る。

 当然、薪を得るのに木を切ったりしない。落ちてる奴で間に合わす。これまた当然だが落ちてる枝は全部湿気てやがるが工夫一つで立派な薪なる。

 一晩中燃やせるくらい集めると野宿場に戻る。

 すると、先生がなんと天幕を貼ろうとしておいでだ。あの帆布製のごつくて重い奴、通りで荷物がでかくて重いはずだ、それに背嚢の中には缶詰や乾麺麭カンパンまで入っていた。

 思わず幼年学校で教官に苛め倒されてた時を思い出したぜ。石ころや土嚢を詰めた背嚢のクソ重さは一生忘れねぇ。


「先生、そんなたいそうなもん持ってきたんですか?これ以上そんなの背負ってたら動けなくなりますぜ」

「大丈夫です、教授の荷物はこんなもんじゃ無いですからね、それに貴方達みたいに鍛えられてませんから虫だらけの地べたで眠るなんてできませんよ。ところで貴方こそ焚火なんてして大丈夫なんですか?煙や炎で同盟に見つかるんじゃ無いですか?」


 と言いつつさっさと缶詰を開けそれをおかずに乾麺麭カンパンを齧り始める。

 俺に『お一つどうですか?』が無いのはどうでも良いとして、その空き缶、どうするつもりなのさ?先生?どこに捨てるの?


「ご心配無用、素人じゃないんでね」


 と、嫌みを嫌みで返しつつ焚火の準備を始める。

 まず、硬い木の枝を見つけてきて、そいつでひたすら地面に縦穴を掘る。適当な深さになったら今度は風向きを考えて縦穴に向かって斜めに下る横穴を掘る。縦穴と横穴が繋がればかまどの完成だ。

 外皮を剥いて乾いた芯を出しにした薪を横穴に突っ込み、樹脂の多い木の枝を小刀で削って毛羽立たせたヤツに点火器ライターで火をつけ薪の下に突っ込むと、横穴が空気を吸い込みあれよあれよというまに火が薪に燃え移る。

 常に空気が供給されるので温度の高い炎になるり煙は出ないし炎自体は穴の中なので他所からは見えにくい。

 第一特別挺身群に入ったころ受けさせられた生存術訓練で、原住民のおっさんから習った焚火の仕方だ。

 いい具合に火が熾った頃シスルがウナギの親戚みたいなぶっ太い魚を三匹しょって帰って来た。弓矢で仕留めたのかどいつも頭から血をながしている。

「お、大漁だな」と褒めてやると「なれも街の子という割には焚火が上手いな」と褒め返してくれた。

 お礼に料理は俺がする事にする。ウナギもどきは腹を開いて腸を出し、木の枝に包帯を巻く様に巻き付けて火にかざす。

 これだけじゃ寂しいので焼けるのを待つ間、森に入り何か探しに行くとすぐさま良いのが見つかった。

 シダの仲間の新芽だ。新芽と言っても子供の腕ほどもあるバケモノで、コイツを三本ほど切り取って持ち帰り、毛を丁寧に取ってぶつ切りにし水を張った飯盒に投げ込む。

 ウナギもどきも焼き上がり、シダの新芽も煮えて来たので夕飯の出来上がり。

 魚の方は見た目とは違いタンパクで嫌みのない味。シダの芽は予想通りサクサクホクホクとして風味もあり実に美味い。

 最近口が驕って来たシスルも魚もシダの芽は完全に平らげ、俺も骨までしゃぶり尽して間食。先生はって言うと、缶詰と乾麺麭カンパンで満足したのと、見た目が気持ち悪いのとで一切手を出さず丸々一匹と一本食材が残っちまった。ま、魚は焼き枯らし、シダの新芽は茹でて油紙に包んでおけば明日まで持つだろうから、朝飯にでもしよう。

 飯が終わると木の枝で作ったくじ引きで寝ずの番の順番を決める。結果一番が俺次に先生、シスルの順番となり先生は天幕に潜り込みシスルは円套マントを引っ被りあっという間に寝息を立てる。

 残された俺は蔦と空き缶でちょっとした警報装置を拵えた。野営地の周りに蔦を張り巡らせそいつに人や獣が触れたら石を入れた空き缶が転がって音が鳴る仕組みだ。

 それが終わると、かまどの横にすわりこみ方位磁石と書き留めた歩数を参考に地図上に現在位置を落とし込んでみた。

 まだロバール川三角州のホンの入り口あたり。先はまだまだ長げぇぜ。

 

 翌朝、ウナギもどきの焼き枯らしとシダの芽で朝飯を取ると野営地を片付ける。

 魚の骨なんかのゴミはかまどに灰と一緒に埋めてしまい、その上から犬の鼻をごまかす薬(コイツもシスル先生特製)を振りかければ跡形も残らない。その他、この野営地が万が一見つかった場合に備えて少し意地の悪い仕掛けを残しておく。

 支度が終わると例の“交易路”めざして野営地を後にした。

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