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皇紀八三六年植月二十八日二時00分
モワル湖上 湖岸まで五
盛大な波を蹴立てて同盟の監視艇が俺の目の前を通り過ぎる。
目がくらむ探照灯で湖面を照らし、鵜の目鷹の目で侵入者を探し回ってるが、お探しのモンはここで御座いますよダ・ン・ナ。
ソガル島の川魚漁師から八百圓(五十一万円)ほどで買い取った小舟に、上流から流れて来たまだ青々と木の葉を茂らせた立木を括り付け偽装を施し舟自体を流木に見せかける。
出発の二日ほど前、崔翠河上流の中央大山脈で記録的な季節外れの大雨が降ったと聞きこの作戦を思いついた。案の定、上流域で起きた土砂崩れのお陰で崔翠河は根っこや葉っぱを付けたままの流木で埋め尽くされ、俺たちが出発した日もまだ川面は濁り流木が点在する有様だった。
こいつと夜陰に紛れれば、同盟の厳しい監視の目を逃れつつモワル湖西岸にたどり着けるはずだ。
今の所目論みは見事に成功中。湖面に生じている流れに逆らわず南東から北西へ斜めに進んでいるように見せかけているお陰で動きに不自然さは無く、偽装もいい塩梅なんで同盟の国境警備隊もまったく俺たちに気付いていない。
ただ問題はこの舟の操作性って奴だ。顔面や両手を墨で黒くお化粧したシスルが木陰からちょろりと目だけ出して、櫂を操る俺やザノガミ助手先生に右だの左だの監視艇が来たから止めろだのと指示するんだが、なるべく身を隠さなきゃならないから不自然な姿勢になってどうにも動かしづらい、おまけに派手に波を立てる訳にも行かねぇから櫂を大きく動かせず、速度が出せず距離が中々稼げない。
そしてうっとおしいのが木の葉に隠れた蚊なんかの吸血昆虫共。シスルお手製の虫取り粉で最初の内は何とかなったが、滝のように流れる汗のお陰ですっかり落ちて今じゃ皮膚の露出してる辺りは虫刺されでボコボコだ。
そんな悪戦苦闘の末5時間でやっと湖岸まで一
「ほれじゃ、舟とお別れ、ここから泳ぐぞ」
俺の言葉に即座に先生が反応した。
「え、泳ぐって、この湖を!」
「声がでかいよ、先生」とたしなめて。
「この舟引きずって湖岸に上がれって言うんですか?夜が明けりゃ俺たちが上陸したことはチョンバレですぜ」
「けど、この湖にどんな魚が棲んでるか、ご存じでしょ?」
食い下がる先生に多分暗くて分からねぇとは思うがニッコリ笑って見せて。
「ま、奴等の口に合わないことを祈りましょうや」
と言いつつ舟底の栓を抜いた。
あらかじめ積んでおいた石ころやレンガクズが重しに成り、ジャンジャン舟に水が入り込む、完全に沈み込むのを見計らい、立木を括り付けた紐を断ち切り湖面にも出してやると、見事舟は湖の底目掛け沈んでいく。
そして俺たちも湖面に浮かぶことになった。
油布で防水した荷物が浮き輪代わりになり、ゆっくり水を櫂で湖岸を目指す。
手足に水かきが出来るんじゃないかと思うほどいろんな形の水泳を叩き込まれた俺や、天然自然の野生児なシスルは問題ないが、心配なのは先生だ。
なんとか泳げてる物のそれほど上手くないのと大きな荷物が邪魔をして飛沫を上げるばかりでなかなか前に進まない。仕舞には溺れかける始末。
結局、俺とシスルで引っ張りながら泳ぎ切りなんとか湖岸の梢にたどり着くことが出来た。
潜水夫用腕時計を見ると時間は真夜中の三時前。いい時間だ。
警備艇の発動機の音が聞こえたので、へばった先生を引きずり木陰に隠す。
シスルはサッサと上がっていて辺りの様子を伺っている。
警備艇がすぐそこの湖面に姿を現し探照灯で岸をなめるように照らすが、砂浜が無く湖の縁まで木が迫っている場所なので足跡なんかの痕跡は見つからない。
とは言え、念のためドンパチになった場合備え、コンゴウ式散弾銃の銃口を覆っている避妊具を外しいつでも打てるように準備する。
警備艇が姿を消し辺りで聞こえるのが虫やら蛙やら獣の声だけに成る、と顔が真っ黒なままのシスルがにゅっ現れ俺に囁く。
「この辺りは大丈夫、誰も居ない。ここで夜明けを待つか?」
俺は首を縦に振った。
「そうだな夜の移動はやめといた方がいいだろ。ここで夜明かしだ」
二時間もすれば夜が明けるだろうから、寝ずの番は俺が引き受け、他のはちょっとだけ仮眠してもらう事にした。先生は「濡れたままの服で眠れる訳無いですよ」とかぶつくさ言うがそんなの無視無視。一方シスル姫はあの黒い
しばらくすると、視界の横で小さな光が見えたので、その方向を見ると、なんと先生が懐中電灯をつけて自分の背嚢の中身を覗いていやがる。
慌てて取り上げ。
「アホですかオタクは!こんな暗闇で灯なんか着けちゃ何
「着替えようと思って背嚢の中身を見るために点けたんです。すみません」
と言葉では謝ってるが、口調はそうは聞こえねぇ。そのまま懐中電灯は没収だ。
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