第一章 貴公子の行方

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皇紀八三六年植月十六日十八時三十分 

アキツ諸侯連邦帝国新領拓洋市 旅荘ホテル月桃館げっとうかん一階 食堂レストラン


 俺とシスルの無事帰国の祝いに月桃館げっとうかん女主人マダムユイレンさんが用意してくれたのは、料理長の心づくしの品々。

 前菜は蒸し鶏を割いて散らした色とりどりの葉物野菜にゴマで作ったタレを掛けたもの、汁物はむき身のアサリと豆や刻んだ根菜を蕃茄トマトの汁で煮込んだやつ、そして主菜、腹に番紅花サフランで炊いた飯を詰め込んだ子豚の塩釜焼、その他色々。

 俺がここの世話になり始めたころは酒の肴に最高なこじんまりした料理が得意だった料理長も、シスルが来てからというものこんなそれ食えやれ食えって感じの豪勢な料理を喜んで作るようになった。

 てめぇの娘か何かと勘違いしてるんじゃないか?おまけに当のシスルも嬉しがって瞬く間に平らげやがる。今時の小娘共は太るだの服が入らないだの小鳥程度しか食わねぇって言うのに・・・・・・。

 ま、見てるこっちはその方が気持ち良いがね。

 ところでもう一つ見ていて目じりが垂れ下がってしょうがねぇのが今日のユイレンさんの姿。

青地に淡い桃色のシャクヤクが咲き乱れた意匠のシン族の女性用民族衣装『旗袍きほう』を纏い、俺が土産に差し上げた鮮やかな刺繍が施されたツォッコル族特産の毛織の肩掛ストールを肩に羽織って鏡の前でうっとり為さっておいでだ。

 腰のあたりまで入ったすその切れ込みから時々除くお見事なおみ足は、俺が厚顔・・の美少年だった幼年学校の頃に引き戻してくれる。


「素敵なお品ですわね、流石南方大陸中を飛び回ってご活躍されてるオタケベ様、素晴らしい審美眼をお持ちですのね」


 確かに絹と見紛うほど極上の羊毛を、昔ながらの製法で染め上げ織り上げた一級品なんだが、作戦で変装用の荷物を作るため国費で仕入れた奴をたまたま持ち帰った奴とはとは口が裂けても言えまい。


「いやいやユイレンさんだからこそお似合いなんです。アナタが身に着ければ河原の小石も宝石に変わりますよ」

「まぁ、お上手です事」


 そんなやり取りをシスルの奴は豚のあばら骨にしゃぶりつきながら冷ややかに眺めてやがる。

 おめぇもあと五年もすりゃそうやって言い寄って来る野郎の五、六人は来るだろうぜ。


「私には土産は無しか?ライドウ少佐」


 背後から聞き覚えのある冷え冷えとした声が降って来たのでまさかと思い振り返る。

 そこには白い釣り鐘型の帽子を目深に被り、体の線に沿った丈の長い黒いワンピースを身にまとった若い女。帽子からこぼれ出た硝子細工の様な白銀髪に気付いて総身が凍った。


「トガベ少将お見えでしたか、お声がけ頂ければよろしかったに、それにしてもそのような装いも、じつにお似合いで」


 多分、俺の右頬は引きつっていたことだろう。何でこんなとこに居やがる、いや失礼、お出でに?

 俺の渾身のゴマすり(確かに似合ってるのは似合ってるのだが柄に無いのも事実ですぜ閣下)を無視して。

 

「小官の部下がお世話に成っております。何かご迷惑なことでもございませんでしょうか?」


 と、優雅な所作でユイレンさんに頭を垂れる。それを受けて。


「ご迷惑なんて少将閣下、逞しい将校さんが当館をご利用いただいているとの評判のお陰で、安心して商いが出来るようになりましたわ。女が切り盛りしているとなると、おかし気な人たちが良からぬことを企んで参りますもの」


 そう言えば、俺がここに厄介になり始めたころ地回りと思しきあんちゃん五、六人が「女将を出せ!」と凄んできたことが有った。

 たまたま居合わせた俺が「まぁまぁまぁ」とそいつらを裏路地に呼んで一人頭五、六発“軽く撫でて”追い返し、次の日には地回り連中のヤサにお邪魔して親玉を呼び出し「ご挨拶に参りましたよ」とまた五、六発“軽く撫でて”ついでに西塞川で水泳させてやったら、二三日後に顔面を真っ赤に腫らした親玉が菓子折り持って土下座しにきやがった。

 ユイレンさんを泣かすような奴は、この俺が許さねぇ。


「それはようございました。何分、無芸大食な男でございますので早々お役には立たぬとは思いますが、そう思っていただけるのでしたら有難いことです。オイ!聞いたか少佐、貴様も番犬位の役には立っていると仰せだ良かったな」


 そう、失礼極まるお言葉のあと、辺りを見渡し少将閣下。


「ところで、先の作戦のもう一人の功労者は何処だ?この宴に呼ばれて然るべきと思うのだが?」


 ああ、ウォン少佐の事かと思いつつ「誘ったんですけどね、賑やかなのは性に合わないって、あのスカしたところは昔っから変わりませんよ」

 俺の返答に閣下は意味ありげな微笑で答えると。


「宴が終わった後で構わぬ、新しい任務の話があるから顔を貸せ」

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