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ポルト・ジ・ドナール空港 十四時四十五分


 空港の大溜間ロビーをマーリェは部下を引き連れ、乗降客や荷役夫を突き飛ばしながら飛行船の係留場を目指し駆け抜ける。

 老人や子供を何人か突き飛ばし地面に転がした気がするが構わない。

 検問が突破されたとの報を空港へ向かう車内で聞かされたのが十四時四十分、一味はもうここに来ているかもしれない。

 空港の建物は空港警備隊の監視下にあるから侵入は不可能。だとすれば直接係留場を目指す可能性が大だ。

 建物を出て広大な係留場に出る。巨大な翼型の飛行船が無数に係留されてる中、派手な破壊音が辺りに鳴り響いた。

 音の出所に視線を向けると、黒い辻待自動車が金網を突き破り支柱を引きずりながら係留場を掛けてゆくのが見えた。


「空港警備隊は何をやっているの!銃撃して止めなさい!」


 と叫びつつ自らも肩から下げた銃嚢ホルスターから小型自動拳銃を引き抜き再び駆け始める。

 車が目指す先には一際巨大な飛行船。あれに乗り込むつもりかと見当をつけ背後から追って来る空港警備隊の士官に向かい。


「あの飛行船の離陸許可を取り消し臨検を実施して!」


 即座に答えが返って来た。


「無理です!あの飛行船は帝国の外務卿フルベ・ノ・ソウリン公爵の船です!外交特権で守られています!」


 確かに飛行船の巨体を支える左舷 檣楼しょうろうには帝国の国章である蓮の花と、笹の葉を図案化したフルベ公爵家の紋章。

 車はすでに飛行船の真下まで来ており、乗り込んでいた四人が下車して左舷檣楼にある搭乗口から今にも飛行船に乗り込もうとしている所だった。

 立ち止まり拳銃を両手で構え狙いを付けるマーリェ。


「同志!やめて下さい外交問題に成ります!」


 背後で部下が叫ぶが知った事か、狙いはすでに鹿角が無くなった民族衣装の男、ショブシュタン教授に定める。帝国に渡すよりもここで殺した方が国益にかなう。

 照星と照門をしっかり重ね照星の上に的の頭を載せる。あとは引き金を引くだけ。


 しかし、銃の有効射程を思い出し引き金から指を離す。射程の四倍ある距離、撃ってもまず当たるまい。

 乗船してゆく四人を睨みつけ仁王立ちになる。

 悔しさのあまり奥歯を噛み締めすぎ頭痛がする。

 三人が乗り込み残る一人も搭乗口に立った。砂色の背広の男、不意に立ち止まり中折れ帽を脱いで此方をむく。

 マーリェの高い視力が捕らえたのは、がっしりした体躯を持ち、黒い瞳を持つ大きな目に、濃い眉毛、太い鼻に篤い唇、しっかり張った顎の、およそ東方人種とは思えない人相風体の男。

 そして彼は慇懃な所作で会釈して見せるのだ。

 頭に血が上る。再び銃を構え、当たらないのも構わず引き金を引いた。

 部下や空港警備隊員が何か叫んでいるが無視して立て続けに九発全弾を撃ち込む。

 乾いた銃声が空港中に響き渡るころには男は姿を消し飛行船の係留索が外され巨体がゆっくりと舞い上がる。

 左右八基の発動機が唸り回転翼プロペラが回り出し飛行船は速度を増して東の空に消えて行った。

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