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 他のお客さんも有る手前、二階にある談話室サロンがこういう隠微な話をするには最適と考え、そこに少将閣下をお招きしてシスルと共に次の任務を受命する事とした。

 ユイレンさんが気を利かせて用意してくれた赤葡萄酒(お嬢ちゃんなシスルには龍珠果の果汁)を各々一口頂戴すると、閣下は一冊の本を卓の上に置いた。

 題名は『熱砂の花嫁たち~乾土州・ベルベフ族の女性の風習について~』

 表紙には『ホントに砂漠になんて行ったのかよ?』と思えるくらいキッチリと火斗アイロンの掛かったシミ一つない防暑服に身を包み、砂丘の頂上で虚空を見つめる甘い面相の美男子。これがこの本の著者だ。


「学術書としては異例の五十万部を売り上げたらしい、新領映画社も映画化権を莫大な金を積んで獲得したとか・・・・・・。著者については貴様も知っているな」

「ええ、存じ上げてますよ。国立拓洋大学民族学部教授チョル・ユハン、お父上はチョル財閥総帥のチョル・ホハン。掛け値なしの貴公子って奴ですね」 


 チョル家の始祖は望海京で炭や燈明用の油を商っていた問屋。これが帝国の南方大陸進出と産業革命に商機をえて石炭と石油の採掘と流通に手を伸ばし、ついには帝国でも有数の大財閥にのし上がった。今では新領における帝国の国策会社『南方開発株式会社』の大株主にもなっている。つまり政商って奴だ。

 で、この本の著者、ユハン先生はその家の末子。

 他の兄たちは傘下の企業の社長に収まり姉や妹は有力貴族や他の財閥に嫁ぎ一族の繁栄に大いに貢献してるが、末っ子だけはどうもそう言うのがお嫌いな様で学問の道を志した・・・・・・。らしいのだが。


「そう言えば、この前、座っただけで三十圓(六万円)はむしられそう高級酒場ナイトクラブから、金魚みたいに着飾ったベッピンさんを五、六人つれて千鳥足で出て来たのを見ましたがね、あれも学術調査の一環だったんでしょうかねぇ?『隆華街』では先生のお姿をしょっちゅう見ますよ」


 と、閣下にお坊ちゃんの放蕩具合をお伝えする。

 すると、閣下から意外な問いかけがあった。


「最近はどうだ?この辺りで見かけるか?」

「ポルト・ジ・ドナールに行く前から見かけませんね」


 そこで、出た。あのゾッとする微笑み、被虐趣味のある野郎ならその場で即昇天しそうなアレだ。


「それもそうだろう、チョル教授は先月の二十日を境に龍顎州叢林で姿を見せた切り行方を眩ませている。貴様の次の任務は彼の捜索だ」


 閣下の以降の話はこんな具合だ。

 苗月一日チョル教授は、帝国新領龍顎州と同盟共同統治海外領との境界線に成っている崔翠河の南部流域の調査旅行の為拓洋を発った。

 二日後には崔翠河の河口の大都市泰明に到着、そこから船で川を上り十七日には南部流域での開発の拠点に成っているモワル湖湖畔の街、叢林に入る。ここで探検の準備のため二日を過ごし、二十日には湖の上に浮かぶソガル島に上陸したのだが、そこから行方がプッリ途絶えたという。

 で、ここで疑問が二つ。

 なぜ俺がボンボン先生を探さなきゃならないのか?そしてなぜ閣下はボンボン先生の行動をここまで詳しく把握しているのか?

 俺は自分の頭の中に湧いて出た思う所を口にしてみた。


「チョル教授は、同盟の間諜スパイだったんですか?」

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