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皇紀八三六年植月十四日

ポルト・ジ・ドナール近郊 空港から五 キロメートル地点 十四時三十分


「少佐、どうやら検問してるみたいですね。どうします?」


 帽子の両脇から牛角を生やした運転手が言葉の中身と裏腹なえらく緊張感のない物言いで訊いて来た。

 運転席の向こう側を見るとナルホド、サトウキビ畑に延々と続く一本道の向こうに民警の車が二台、道を塞ぐように止まってる。


「ぶつけて無理やり突破します?」


 と、また運転手。イヤイヤそれはダメだろと思い。


「年代物の大衆車で警察車両相手に取っ組み合いは不味いだろ?それにこっちにはお客さんもいるんだし。ねぇ教授」


 と、車内鏡越しに後部座席に目をやると、民族衣装姿の鹿角を生やした初老の紳士が頷いて。


「鍛えられた皆さんとは違って私、深窓の学徒でございましてね。荒っぽいのはなるべくなら避けて頂いた方が」


 なんとものんびりとした口調でおっしゃられる。

 この人、我が帝国の宿敵、同盟に加盟するウンハルラント民主国の高名な化学者ロンデル・ショブシュタン教授。

 飛行戦闘艦や飛行船を浮かすのに欠かせない『浮素瓦斯ふそガス』の世界権威。因みに角はニセモノ。

 言わば生きる戦略物資みたいなお方なのだが、根っからの自由奔放な考え方が災いして、自由という言葉が大嫌いな彼の国の独裁者、終身大執政ゾンハルト・ブゲル閣下の逆鱗に触れ強制収容所にブチ込まれる前に帝国租界に逃げ込んできたという次第。

 当然、我が国としては下にも置かぬ扱いで是非ともお越しいただきたいところだが、国境と言う奴が邪魔をする。で、俺の出番となった訳だ。

 救出作戦の実行者として、お怖い上役トガベ・ノ・セツラ閣下より任じられた夜、俺は寝ずに考えて、外務卿の視察と祝日に挟まれ人出でごった返す機会を利用し、人間を入れ替えるって秘策を編み出したわけだがこいつを見破った奴が居る様だ。

 一度お会いしてみたいね。野郎なら麦酒ビール瓶でド頭をカチ割ってやりたいし、女なら寝台ベッドに縛り付け朝までヒィヒィ言わせてやる。(ただし美人に限る)


なれよ、成らば何とする?コレから降りて一戦交えるか?」


 そう言いつつ、鋭い棒手裏剣を抜き出したのは鳥打帽にチョッキ姿の少年、いや、失礼少女。つい最近俺の相棒になったシスルだ。

 カモシカみたいな角を生やした頭に縮れた黒髪、濡れた黒曜石みたいな瞳、喋る口元には小さな八重歯が二本、磨き上げた紫檀のような褐色の肌を持つ、あと十二、三年 熟成ねかせればイイ女に成るだろう娘だが、傭兵や殺し屋など物騒な仕事を長年生業にして来た原住民の出身。

『ヤレ』と言えば、そりゃ瞬く間に死体の五、六個もこさえるだろうがそれはそれで不味いのは不味い。

 さて、どうしたもんか? 

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