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「今現在の入館者の一覧表を」


 命令を受け恭しく差し出された帳面に素早く目を通すと、彼女の視線は一組の来訪者の個所で止まる。

 成人男性二名、男児一名、十三時二十五分入館、十三時時五十五分退館。半時間の滞在か?

 当該するページを部下に指し示しつつ。


「この三人の入退館時の写真は?」


 別室の暗室に通されたマーリェは、赤い照明の中でまだ現像液でベタ着く一連の感光膜を拡大鏡を手に取り見比べる。

 写っているのは三人の人物。

 一人は明るい色の背広を身に着け、目深に中折れ帽をかぶった男性。地面に葺かれた石畳の寸法を基準に目測すると結構な偉丈夫に見える。

 もう一人、三つの枝をもつ鹿角を生やした有角人の男。中央大山脈の高原に住む原住民『ツォッコル族』だろう。精密な刺繍を施した外套を着ていることからもそうと知れる。

 残りは十代半ばくらいの少年。鳥打帽にチョッキに襯衣シャツ、ひざ丈の半下袴ハンズボン尻からは先に房の有る尾っぽ。観たところ背広の男の徒弟だろう。

 ツォッコル族の男と、有尾人の少年の背中には大きな布の包みが有ることから、ツォッコル族の特産品である毛織物を、税関に通すために高等弁務官事務所に持ち込んだ、と言うところか?

 しかし、なにか引っかかる所を感じたマーリェは退館時を撮影した感光膜をひっくり返し、入館時の物に重ね照明台に置いて拡大鏡で覗き込む。

 しばらくすると、彼女の眉間に深い皺が刻まれ、美しい眉が引き寄せられる。そして現像室を飛び出し開口一番。


「『弥栄広場』の路上監視員ウオッチャーを呼び出し、この三人組がどこへ行ったか聞きなさい!早く!」


 弥栄広場の路上には、揚げ鳥と汁麺の露店商に扮した二人の路上監視員ウオッチャーが居たが、それぞれが携帯無線機ハンディトーキーで呼び出された。結果。


「三人とも辻待自動車タクシーに乗り租界を出たとの事です」

「検問所を呼び出し、その辻待の行く先を聞き出して!今すぐ!」

「何か異常でも?」


 そう問うメガネの男を害虫でも見る様な軽蔑しきった視線でにらみつつ、現像室に呼びつけると照明台を指さし「貴方の目は飾り?よく見なさい!」

 眼鏡を外し拡大鏡を覗き込む。二重に重なった二枚の感光膜、背広の男と民族衣装の男、その後ろに続く男の子。何がおかしいのか解らず返答に困っていると。


「まだ解らないの?あなたそれでも委員会の一員?ツォッコル族の男の足元をよく見て次のコマと比較なさい!」


 言われた通り民族衣装の男の毛氈フェルトで出来た靴の辺りを左右のコマと見比べる。


「入館時の歩幅は石畳三つ半、けど退館時は三つ分、他のコマも見比べたけど入館時と退館時の歩幅が全然違う。それに歩き方も変わってる。入館時はつま先をしっかり上げまるで軍事教練で行進を叩き込まれた兵士の歩き方、でも退館時は足の裏を全部つけて引きずるよう、老人の歩き方だわ。いいこと?人の歩き方は指紋と同じで個人によってバラバラなの、つまり入館時と退館時で人が入れ替わってる」


 照明台から顔を上げ、呆けたように口をあけマーリェを見つめるメガネの男。

 その時無線手が現像室に飛び込んできた。


「検問所からです、三人組を載せた辻待は空港へ向かったとの事です」

「ここから空港までは車で半時間、まだ間に合うかも、民警と空港警備隊に通達!三人組を載せた辻待を直ちに検束!抵抗した場合は発砲も許可する!急いで!」


 あたふたと関係開所に連絡を取る部屋の中の男達。その右往左往をこれまたごみを眺める様な視線で眺めつつ。


「体形を隠しやすい民族衣装を着た人間なんて一番に疑うべきなのに。全く使えない男共だわ!」

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