あの頃に戻れたら‥‥‥

本田 そう

あの頃に戻れたら‥‥‥

 人は何故、後悔するんだろう‥‥‥

 あの頃は、ああすればよかった、こうすればよかったと‥‥‥

 人に相談すれば、


 誰しもそんな過去を引きずっている。けど、それを乗り越えるから人は成長するんだ。そして努力し、頑張って生きていればいつかは、良いことが訪れると。



 けど‥‥‥、それはいつ?明日?明後日?何年か先?‥‥‥もしかしたら何十年先かも。



 心の中で呟きながら、フッと目が覚める。

休日の朝、1LDKのアパートのフローリングに敷かれた万年布団からモソモソとしながら起き上がろうとする1人の男性。

 カーテンの隙間から、朝日が差し込む。

 外ではスズメの鳴き声が聞こえる。

 布団から出ると、いつもと変わらない行動をする。

トイレに行き、顔を洗い、歯磨きをして、テレビをつけ、朝食の支度をし、平日と変わらない、いつもの行動。



 休日‥‥‥か‥‥‥



 そう思いながら、焼いたパンにバターを塗り、入れたインスタントコーヒーをすすりながらテレビのニュースを見る。ニュースではウイルスや緊迫した世界情勢の話ばかりだ。



 これで仕事があれば平日と変わらないか‥‥‥。

 ‥‥‥こんか生活を何年あと続けるんだろう‥‥‥、て、あと二年で六十で定年だからあと二年はこんな生活が続くのか‥‥‥。

 


 テレビを見ながらため息をつく。そのため息は、深いため息。希望も未来もない様な。



 けど、二年後仕事がなくなればどうやって生活してけばいいんだ?。この年では次の仕事がすぐに見つかるわけもない。ましてや年金だけでは暮らしていけない。くそっ!高い税金だけはしっかりととるくせに、年金は少ないってないだろう!



 そう言いながら、男は年金のニュースを見ながら、怒り呟く。


 この男には、家族はいない。兄弟もいない。いや、正確には居たが、既に他界していた。

 母親と弟は病死、父親は、男が高校生の時に不倫をして離婚。それに男は家族以外はコミュ障で、親戚とも距離を置いていた。

 何故コミュ障に?それは中学時代のいじめが原因。暴力とかは無かったが、物が無くなり、給食にはゴミが入れられていた。つまりは精神的に追い詰められていた。

 

 だったら誰か大人や先生に言えば良かったんじゃないの?それが出来れば苦労はしない。ましてや男は母親にだけは心配かけまいと我慢していたから。いや、逃げていたかも。自分のいじめから、これ以上いじめられない様に。


 じゃあ彼女は?結婚は?無論いないし、していない。しかし中学時代に女の子から告白はされたみたいだ。ただ男はそれに気づかなかった。いじめにより、それが告白だと気づかなかった。なにより人の言葉が信じられないでいたから。


じゃあ、この年で童貞?それも違う。三十の時に風俗に行き、自分よりも遥かに年上のおば様に捧げてしまった。


 じゃあ、一人だから貯金はあるんだ。そんな物もない。三十で派遣になり仕事を変えながらの生活を今もしているから、貯金なんて出来るわけない。


 天涯孤独‥‥‥

 この狭いアパートで死んでいくのか‥‥‥

 


 フッと男の頭の中を急によぎる孤独感。

 


 あの時‥‥‥中学時代のあの時、俺がしっかりとしていれば‥‥‥逃げてばかりいないでいたら‥‥‥断る勇気を、立ち向かう勇気を持っていたら‥‥‥。



 男は遠い眼差しで天井を見つめて、また深いため息をした。

 そしておもむろにスマホを手にすると、いつものムウチュウブに繋いで、動画を見出した。



 ‥‥‥過去に戻れたら‥‥‥



 男はそう思いながら、自然と指先がムウチュウブの検索で『過去に戻る方法』と打ち込んでいた。

 すると‥‥‥



 ‥‥‥えっ⁈、あるのか!過去に戻る方法が!



 男は検索結果の数に驚いた。かなりの数がヒットした。‥‥‥ただ、どれも胡散臭いものばかりや体験談みたいなものだった。



 ‥‥‥本当に過去に戻る方法てあるわけないか‥‥‥うん?これは‥‥‥



 男がその動画に目が止まると、動画を見出した。



 試しにしてみようか?‥‥‥



 男が見た動画の内容とは、夢で過去に戻る方法。寝る前に戻りたい時代の過去を思い描く事。そして夢の中で意識を集中する。するとその時代に意識が飛ぶと。つまりはタイムリープ。



 本当か‥‥‥これ?



 そこの動画には体験談も書き込まれていた。



 これなら自分でも出来そうだな‥‥‥まあ、出来ないだろうがな。ただ‥‥‥これはなんだ?



 その動画の最後には、こう記されていた。



 これを実際にするのは貴方の勝手ですし、出来るかどうかも保証はしませんし、すぐに出来るとは限りません。明日か明後日てか、はたまた数年先か‥‥‥。

 ただ出来たとしても、貴方の思い描いた過去に飛ぶとは限りません。何かが違う世界に行くかもしれない。



 ‥‥‥何かが違う世界?、なんだそれは?



 そして文面の最後にはこう記されていた。



 このやり方は片道切符。行ったら元の世界には戻れません。それが今の世界よりも酷い世界だとしても。



 今よりも酷い世界?この世界よりも酷い世界なんてあるものか!

 ‥‥‥やってみよう!ダメ元でやってみよう!

 何ヶ月、何年掛かるかわからないが!

 やらないよりもマシだ!



 男はその日の夜から実践した。

 あの中学時代のあの日に‥‥‥

 あのいじめられていた時代に‥‥‥

 あの時代を思い浮かべながら‥‥‥

 ‥‥‥‥‥‥‥

 ‥‥‥‥

 ‥‥

 ‥





 そんな時から1年半の歳月が流れた、ある5月の連休の深夜。

 男はまるで現実ではないかと思う様な夢を見た。それはまるで実際にあるのではないかと思える程の感じ‥‥‥感触。

 そして‥‥‥男は意識をいつもの様に集中する。あたかも今自分が夢の中の住人になったかの様に。

 すると次の瞬間、男の意識はまるで何かに吸い込まれる様に、スウッーと吸い込まれた。




 ‥‥‥‥‥‥う、う、う〜ん‥‥‥

 ‥‥‥ぉ‥‥

 ‥‥‥うん?

 ‥‥‥おきなさい!

 ‥‥‥うん?‥‥‥誰?‥‥‥



 まだ夢の中にいる男に誰かが声をかける。

 夢?それにしてはあまりにも現実味がありすぎる感じの懐かしい声。



 早く起きなさい!



 男は少し寝ぼけた様に唸りながら目を開ける。



 ‥‥‥かあ‥‥‥さん?‥‥‥


 まだ寝ぼけているの!朝ごはん食べる時間がなくなるわよ!


 かあ‥‥‥さん‥‥‥かあさん‥かあさん!‥‥‥ワアアアン!!



 男は母親を見ると、涙が頬をツウーと流れ、寝ていたベッドから上半身を起こすと、母親の腰にしがみつき声を出して泣き出した。



 な、な、何⁈どうしたのよこの子は?


 かあさん!かあさん!かあさん!‥‥‥


 何か怖い夢でも見たの?



 そう言うと母親は少し腰を落とすと、男の頭を優しく撫でた。男は、かあさんと言いながら暫く母親に抱きつき泣いていた。



 落ち着いた?


 ‥‥‥うん‥


 いったいなんの夢を見たのよ?


 うん‥‥‥



 男は下を向いたまま黙ってしまった。そんな男を見た母親は優しい笑顔を見せると、男に、早くしなさいよ、と言いリビングの方へ行ってしまった。

 男はパジャマの袖で涙を拭くと、周りを見渡した。それは懐かしい昔住んでいた団地の家。懐かしい香りの家。懐かしい場所。

 そして自分の姿が中学生だと気づくと、



 本当に‥‥‥本当に‥‥‥本当に、過去に飛べたんだ!



 男は喜びベッドから出ると、母親が朝食の支度をしてるリビングへと足を運んだ。 

 リビングに行くと台所に立つ母親が、心配そうに、



 大丈夫?酷い顔ね。今日、学校にいけそう?



 そう言いながら、母親は男に近寄ると男は



 うん‥だ、大丈夫だよ。うん。


 いったいどんな夢を見たのよ?まさか私が死ぬ夢?


 う‥うん、まあ、そんなところ。


 えっ?本当に?も〜うこの子はなんて夢を見るのよ。



 母親はそう言うと、少し頬を膨らませていた。けど、男が心配なのか、いつもの優しい笑顔に戻り、男に、



 早く食べて学校に行きなさいよ。


 うん。



 男は目の前の椅子に座ると、テーブルに置かれた朝食に手をつけ食べ出した。

 懐かしい味、懐かしい香り。

 いつも母親が用意した、焼いたパンにバターを塗ったパンと、小皿に盛られたサラダ、そして温かい甘めのコーヒー。

 男はコーヒーを一口つけると、また目から一粒の涙が流れた。

 それを見た母親は男の隣の椅子に腰かけると、



 本当に大丈夫なの?


 えっ?‥‥‥う、うん。ちょっとさっきの夢を思い出したら‥‥‥ね。


 それならいいけど‥‥‥



 心配そうに見つめる母親に男は、無理やり笑顔を母親に向けると、目の前の朝食を食べ始めた。



 と、ところで岬は?


 あっ、あの子ならもう学校に行ったわよ。

 誰かさんと違って早起きだから。



 椅子から立ち上がりながら言うと、母親はまた台所に立った。



 そうか‥‥‥学校に行ったのか‥‥‥あいつにも早く会いたいな。あいつ、弟のくせに俺よりも男っ気があったからな。



 そう思いながら男はテレビの時間に目を向けると8時近く、あっ!と言い、朝食をいそいで食べて学校に行く支度をして玄関に向かい、そして玄関先で足が止まる。



 ‥‥‥怖いのか俺は?‥‥‥学校が‥俺がいじめにあっていた学校が‥‥‥けど、けど、ここで逃げたらまた同じ未来がまっている‥‥‥



 男は立ち止まった自分の震えるふとももにパァン!と手で叩くと、今度は頬をパァン!と手で叩いた。



 ヨシ!‥‥‥俺は絶対にあんな未来にしない!せっかく過去に戻れたんだ!あんな未来にしてたまるか!



 そう気合いを入れると、男は学校へと向かった‥‥‥。



 学校に着くと、男は懐かしさのあまり正門の前で立ち止まっていた。古ぼけた木造校舎と新しい鉄筋の校舎が並ぶ学校。周りは田んぼに囲まれた学校。元いた世界では住宅地になり広い道路も通っていたが、今はその影すらない。細めの農道に、用水路が流れ、周りは民家がポッポッとあるぐらい。



 俺の‥‥‥俺の暗い未来が始まった中学。

 俺のコミュ障が始まった原因の中学。

 俺が初めて女の子から告白された中学。

 俺の‥俺の‥俺の‥‥‥。

 


 男は正門の前で深呼吸をする。

 そして心を落ち着かせ、校舎を見上げる。



 俺は逃げない!いじめから逃げない!必ずこの時代を‥‥‥俺にとって闇の時代を乗り越えてやる!。そしてあの子の告白を!



 男は両手をギュッと握ると、心に気合いを入れる。



 絶対大丈夫!大丈夫だ!

 そして変えてやるんだ!俺の未来を!



 男は正門を気合いをいれ、ゆっくりと校舎に向かい歩いて行った‥‥‥。

 この男がその後どうなったかは、わからない。ただ言える事は、この男は必ず未来を変えたんだと‥‥‥そう思う。だって‥‥‥男の目は未来を、明るい未来を見つめる目をしていたから。

 

 



 

 


 




 


 

 



 






 

 

 


 



 


 

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あの頃に戻れたら‥‥‥ 本田 そう @Hiro7233

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